第10話「剣客からひとつ」
「昨夜、観測された火球は海上に落下しました」
早朝のニュースをラジオで流しながら、ベクターフィールドのソアラが行く。
助手席には
「深夜だった事で船舶への被害もなかった事が不幸中の幸いでしたね」
コメンテータの声に、亜紀が「はぁ」と溜息を吐いた。
「被害出してねェから見逃せよ」
ベクターフィールドが舌打ちを繰り返していた。
「それどころか、天体ショーだと好意的だぜ?」
「結果オーライで笑ってすます訳には行かないでしょ」
「他に手がねェもん。他の魔法だと竜巻もあるが、そっちのがよかったか?」
「バカじゃないの!?」
そんな遣り取りに、滝沢が吹き出した。
「ありがとうございます」
滝沢が礼をいったところで、柳が開けた窓が見えてきた。
「ここでいいですか?」
亜紀が振り向くと、滝沢は「はい」といった後、柳を背負った。
「ここで」
車から降り、窓へ向かう滝沢は光の中へ入る直前で一度、足を止めた。
――今生の別れだ。
名残惜しいと感じたからだ。亜紀とベクターフィードの二人と過ごしたのは、ただ一昼夜に過ぎないが、それでも名残惜しさを感じるメンタリティがあるからこそ、滝沢は亜紀に助力を頼めたし、また死神博士が柳の追撃に選んだ。
違う世界の違う時代に生きる者同士であるから、自由自在に行き来などできない。
「滝沢先生?」
同じく車から降りていた亜紀へ、滝沢は一度、振り返った。
「
振り向いたのは、何も残せない世界であるが、滝沢だからこそ残していけるものがあると気付いたからだ。
「剣は、
へその下を指差す滝沢の言葉は一言であるが、その一言で亜紀も理解できる。
同じく「はら」と読むが、腹と肚は意味が違う。
「
重心を低くし、崩されない体勢を作る事――剣の教えならば、この場に残しても問題ない。
寧ろ残せる事が、滝沢にとって幸せでもある。
――私は、人の命を奪う
命を奪う事を楽しんだ事は決してないが、滝沢は人を守るためでも、命を奪う選択をしなければならない時があった。
――甘粕さんは違う。
だが亜紀は、その経験がない。また人を守るためでも、命を奪うのではなく捕らえる技術として剣道を修めている。
――素晴らしい。命の遣り取りではなく、勝負を愛せる剣を持っている。
だからこそ、滝沢は一つ、自分の教えを残していきたくなった。
「はい」
返事をした亜紀は、一瞬、ぐっと力を入れる。
丹田式呼吸と共に意識を集中させただけで重心をコントロールする事は達人の域でなければできないのだが、その姿に滝沢は満足そうに微笑んだ。
マグレなのだろう。
マグレだろうが、この時、このタイミングでできる事は、
「そうです」
滝沢は笑みを残し、窓を潜っていった。
「ありがとうございました」
亜紀の声を滝沢が聞いたかどうかは分からないが、それは双方にとってどちらでもいい事だ。
今生の別れであるが、滝沢の教えは常に亜紀と共にあるのだから。
宵へ向かう星-剣客×喪女×魔王- 玉椿 沢 @zero-sum
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