第5話 言葉
私がトウモロコシ収穫の歌を口ずさみながら歩いていると、先行していたキクラゲが足を止めた。そこは灰色の岩でできた柱の根元だった。周りを見まわしてみると、木々の梢の合間から同じような柱が立っているのが見える。
キクラゲがつま先でトントンと地面を叩く。これが
二人で地面を掘り進んで行く。地面を掘る早さは私の方が少し早い。くるぶしが埋まるほどの深さを掘ると、硬い感触を感じた。土をシャベルの先で払いのけると、赤色の波打つ鉄板が露わになる。この巨大な鉄箱も
キクラゲは腰のベルトに提げた鞘から弓の付いていない小型の弩のようなものを取り出した。その弩をかんてなの鉄板に向け、引き金を引いて円を描くように動かすと、鉄板が丸く切り取られ、大きな穴が開く。仕組みはわからないが、やはり
『天啓を与える鉄板』を弄った後、キクラゲがこちらに目くばせをする。今度はキクラゲが細い筒状のものを投げ渡して来た。小型の『火のないかがり火』である。横の突起を押すと、筒の先端から眩いん光が飛び出した。光が出てこない方の先端を口に咥え、かんてなの中を覗く。行けそうだ。私は穴の中に飛び込んだ。
かんてなの中は錆びだらけだった。
私はその手提げ鞄を持って、キクラゲの開けた穴に飛びついた。
キクラゲの差し伸べる手を取って、穴から這い上がる。
「これしかなかった」
私はキクラゲに手提げ鞄を渡す。キクラゲに言葉は通じないが、そう言うことで気持ちは伝わる気がするのだ。
キクラゲが地面に手提げ鞄を置き、開ける。その中に入っていたのは、手のひらに乗るくらいの黒い箱と、紐でつながった白い二つの半球体だった。それを見たキクラゲは跳びはね、わたしに抱き着いてきた。
どうやら大当たりだったらしい。これほどキクラゲが喜んだのは初めてだ。
次いで、キクラゲは黒い箱を懐に仕舞い、紐でつながった白い二つの半球体を私の首に掛けて、半球体同士の平面を合わせた。すると、半球体同士がくっついて、球体になる。キクラゲは私の頭を撫でて、笑った。
全く綺麗には見えないが、これはヒトの装飾品のようなものなのだろうか。
「あ、ありがとう」
私は礼を言い、耳を伏せた。
キクラゲに首飾りを貰ってから数日が経った。
気配を感じて目を開けると、私の寝床の傍にキクラゲが立っていた。キクラゲが私を起こしに来るのは、初めてここで寝た時から初めてのことだ。
『おはよう』
キクラゲが言った。私は驚いて、心臓が止まるかと思った。
『ずっと君と話がしたかった』
「言葉が……」
『自立翻訳器が回収できたのは幸運だったね』
キクラゲは笑った。
『わたしの名前はアリッサ。国防団の使者なの。わたしたちは大量破壊武器による世界の終末に備えてずっと準備してきた。人々が生き残れるように各地に冷凍睡眠洞窟を建築したり、大量破壊武器が産む汚染除去のために、あなたたちが機獣と呼ぶ自立機械を造ったりした。ここも冷凍睡眠洞窟だよ。わたし、こう見えても三百歳のおばあちゃんなんだ。冷凍睡眠のおかげで身体は二十四歳のままだけど。わたしが他の人たちより先に目覚めたのは、外界が人類の住める環境になっているか調べるためなんだけど、外に出てみて本当に驚いたよ。もうすっかり汚染は無くなってるんだから。思った以上に機獣の自己繁殖機能が優秀だったみたい。それで、わたしは目覚めの信号を各地の冷凍睡眠洞窟に送るために、人工星と連絡しようとしたんだけど……ダメだった。わたしたちの人工星は全部落とされてたみたい。そこで副計画の通信装置を使おうと思ったんだけど、これも経年劣化で壊れてて……。でも大丈夫、子犬ちゃんのおかげで部品が大分揃って来たから! 協力してくれて本当にありがとう。一人でやってたら――』
キクラゲがこんなにもお喋りだったことにも驚かされたが、私には彼女の言っていることがさっぱりわからなかった。ぽかんとしているとキクラゲは慌てて手を振った。
『ごめんね。自立翻訳も完全じゃないから……正確に対応する語彙がない時もあるし、話がわかりにくかったかも』
キクラゲは頭を下げた。
「なんで言葉が通じるの……」
『ああ、それはね、君の首に掛かってる自立翻訳器のおかげだよ。君が喋った内容、独り言とか歌とかを――ええと、いろいろして!私の言葉を君たちの言葉に代えてくれるの。便利でしょう』
キクラゲはにっこりと笑った。確かに、落ち着いて聞いてみると、キクラゲの言葉は私の首飾りの球体から響いてくる。キクラゲの口からは相変わらずもごもごとした音が聞こえてくるだけだ。
『これからもよろしくね!』
キクラゲが私の手を無理やり取り、強く握った。
あれからというもの、私たちは言葉は通じるようになったのに、話は通じなくなってしまった。キクラゲ――ではない、アリッサが語る、失われた文明を復活させる義務だとか、八十億の人類の希望だとか、そういった話に私が全くついていけなくなってしまったのだ。
なんとなく手伝っていた
彼女のころころ変わる表情を見て、これは良い部品なのだとか、お目当ての部品ではなかったのだとか判断していた頃の方が、よっぽど楽しかった。
アリッサと会話をする度に、私は自分と彼女の間にある断絶を強く感じるようになった。
彼女の語る故郷、雲を擦る程の塔が林立する街。幾万のヒトが住み「かあ」という乗り物で走り回る光景など、想像すらできない。平原で獣を追い、畑で僅かばかりのとうもろこしを得る私の暮らしとはまるで違った。
アリッサが歩んできた道のりと私が歩んできた道のりが、まるで違うことが日々明らかになる。
彼女の隣を歩いていたつもりだったのが、それは全くの幻想で、実は彼女との間に千尋の谷があったことに気付く。しかも、その谷は少しずつ大きくなっていく。そんな気持ちだった。
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