第6話 嵐が来る
それから数日後、私はアリッサに連れられて、私たちが住む冷凍睡眠洞窟の設備の説明を受けていた。やはり、たいていの物はちんぷんかんぷんだったが、一部については理解できた。
アリッサの自室の隣に私が入ったことのない部屋があった。彼女に続いてその部屋の中に入ると、細長い白い箱が二つあった。大きさは大人が入れるほどで、箱から天井まで、何本かの太い管が繋がっている。彼女は片方の箱を指差した。
『これは冷凍睡眠棺。これでわたしは三百年間眠ってたんだよ』
「こっちのやつは」
私は片方の箱を指差した。
『こっちのも冷凍睡眠棺。ジェフのやつ。ジェフは私の先輩だったんだけど、わたしが目覚めた時にはもう死んじゃってた』
「なんでそんな」
『冷凍睡眠はまだあまり試されたことのない技術だったから、こういう失敗もあり得るんだよね。そう聞いてたけど、実際こうなってみると』
アリッサは唇を強く噛んだ。
「アリッサも死んでたかもしれないってこと?」
ジェフというアリッサの仲間が死んだ事実よりも、彼女が死ぬ可能性があった、ということの方が私には重く響いた。
『うん、わたしは運が良かったのかも。実のところ、三百年間となると、冷凍睡眠がどれくらいの確立で成功するのかわからないんだ。他の冷凍睡眠洞窟で、どれくらいの人がまだ生きているのか……。そもそも、冷凍睡眠に入れた人の人数もわからないし。終末戦が始まった時、私はたまたまここの近くに居たから良かったけど、建造途中の冷凍睡眠洞窟もたくさんあったから……』
アリッサは俯いた。
『でも、だからこそ通信装置の修理を急がなくっちゃね』
アリッサは泣きそうに笑った。
わからないなりに、この数日間でアリッサに教えてもらったことを整理するとこういうことになる。
アリッサは『正義と自由の国』の国防団という組織の一員で、来たる世界の終末戦に対して準備をしていた。各地に冷凍睡眠洞窟――ヒトを老いさせずに眠らせ続ける為の施設――を建設したり、機獣を造ったり。これが三百年ほど前のことだ。
なぜ、冷凍睡眠洞窟や機獣が必要だったのか。それはヒトが終末戦で使った『核』という武器の性質にあった。その奇妙な名前の爆弾は、強力なだけでなく、爆発したあと、周囲を汚染し『熱く』するのだという。この『熱い』というのは一種の比喩で、『熱い』土地は生命を蝕み、病ませ、殺す。『熱い』土地を清浄化する為に造られたのが、『機獣』である。
機獣が浄化を済ませるまで冷凍睡眠洞窟でやりすごす、というのがアリッサたちの目論見だったらしい。そののち、彼女や他の国防団の一員が、折を見て冷凍睡眠を解除する信号を送るのだ。
あの火を吹いたり、矢じりを高速で飛ばしてくる肉と鉄の混じった奇妙な獣たち。あれがヒトが造ったものだったとは。伝説でヒトは生命を思い通りに生み出す力があったと聞いていたが、あれはまさに言葉の通りだったということになる。
あまりに途方もないことばかりが明らかになるので、頭がクラクラしてくる。
そして、いつも疑問に思うことは、なぜヒトはそれだけの知性を持ち合わせていながら、同胞同士で殺し合うような愚を犯したのかということだった。それをアリッサに尋ねると、バツの悪そうな顔をして、主義主張の違いの為だと答えた。
一番気になるのはそこだった。アリッサを見る限り、ヒトが戦い好きなのだとは信じがたい。本気で彼女を殺そうとした私を許すくらいのお人よしだ。だがしかし、ヒトが自らで自らを滅ぼしたのは、紛れもない事実だった。
果たして、そのようなヒトを眠りから蘇らせるのが本当に正しい行為なのか。私は悩み始めていた。
ある暑い日の夕食、私とアリッサはいつものように食卓を囲んだ。献立は私が仕留めたシダブタのモモ焼きと、アリッサの食糧庫にある信じられないほど硬いパンを水でふやかしたのものだった。
「なんでそんなにヒトを蘇らせたいの。使命の為?」
私はそう聞いた。アリッサの懸命さ、健気さがどこから来るのか気になっての質問だった。
『だって、一人じゃ寂しいもの』
アリッサはそう言ってはにかんだ。
それを聞いた瞬間、後頭部を石で思いきり殴られたかのような衝撃を感じた。
寂しさ。私はこの灰の森に入ってから、寂しさを感じたことはなかった。母を恋しいとも思わなかった。アリッサに出会ったからだ。だが彼女にとっては、私など頭数にも入っていなかった。その真実は、私の心を嵐のようにかき乱した。
私は食事のあとすぐに自室に戻り、部屋の隅っこでこっそりと泣いた。悔しくて悲しくて、堪らなかった。
アリッサにとって私は、使命の旅の途中でたまたま出合った未開人の一人、ふわふわの可愛い『
こんな気持ちになるなら、いっそ真実など知りたくなかった。心の底からそう思った。ずっと勘違いして、
アリッサが使命達成に近づいた喜びから見せる笑顔を、感謝や好意によるものだと、ずっと勘違いしていられたらどんなに良かったか。もうなにも聞きたくなかったし、なにも知りたくなかった。
これ以上協力するのは止めて、アリッサと距離を取るのが賢い判断だとはわかっていた。
それでも、なぜか私はアリッサの元を去らなかった。
それからも、私はアリッサの
アリッサによると、二人による作業のおかげで、通信装置修理も九割近くまで済んだらしい。だが一つ問題があった。
夏の終わりには嵐が来る。私は嵐の到来が近いことを背筋で感じ取っていた。夏を終わらせる嵐は七日間ほど続き、その雨と風はあまりにも激しい。その間は
「その間は自分だけで外に出るから大丈夫」
アリッサはそう言って微笑んだ。なにが大丈夫なものか。私は必死で彼女を説得しようとしたが、頑として聞かなかった。彼女が通信装置修理を焦るばかりに、冷静さを失っていることは明らかだった。
私は嵐の到来ができる限り遅くなるよう祈った。だが、無駄だった。私はアリッサとの
嵐が来る。私は確信した。
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