第4話 キクラゲ

 朝の日差しが木漏れ日となり、草や木の根に覆われた地面を斑に照らす。

 立ち並ぶ木々の間を縫い、なだらかな斜面を登っていると、チュイチュイ鳥の鳴き声や、一角鹿のいななきが遠くの方から聞こえてくる。

 先行するキクラゲが一定の間隔でちらりちらりとこちらに振り向く。そんなに、私が付いてくるか不安なのだろうか。私は成人の儀式を受けてはいないが、ほとんど大人と言って良い。過剰に心配されるのは心外である。

 まあ、キクラゲにそう抗議したところで、言葉は通じないのだが。

 ヒトのことを、勝手に私は『キクラゲ』と呼ぶことにしていた。耳の形がキクラゲそっくりだからである。あちらもそのことを承知していて、私が「キクラゲ」と呼びかけるとこちらを振り向くようになった。

 キクラゲも私のことを「ぱぴ」だとか「どっご」とかと勝手に呼ぶので、公平である。何度か身振り手振りで私の名前が「シーシェ」であることを主張したのだが、キクラゲが私のことを「しーしぇ」と呼ぶのは、そのあとの数回だけなので、キクラゲに本名を呼ばせるのは諦めた。

「ふう」

 私はため息をつき、二本のシャベルの分重みを増した背嚢を背負いなおした。

 

 ここ最近、なりゆきで私はキクラゲと行動を共にしていた。


 私が木から解放されたあのあと、私はキクラゲに導かれて彼女の巣穴を訪れた。巣穴は川の上流をずっと遡った上にある。そこは一種の人工的な洞穴のようだった。

 このような遺構は以前にも見たことがあった。村の北側の山にある隧道ずいどうである。灰色の岩を綺麗に半円柱状にくり抜いてつくったと思しきその洞穴は、大人十人が横に並んで歩けるほどの幅があった。それをずっと歩くと、山向こうの『黒い角』の一族の縄張りへと続いている。族長によると、こういった隧道は大きなミミズに似た機獣が掘ったのだと言っていた。

 キクラゲの巣穴は北の隧道とほぼ同じ広さと構造だったが、途中で鉄の門によって閉じられている。キクラゲがその前に立ち、なにごとかをもぐもぐと言うとその門は勝手に開いた。

「お前、魔術師だったのか」

 私がそう言うと、キクラゲはにっこりと笑ってこちらを見る。彼女の呪文は村の魔術師たちが遺物アーティファクトを使う時の呪文によく似ていた。

 鉄の門の先には、また鉄の門がある。私たちが前に進むと、後ろの開いていた鉄の門が閉まり、前の閉まっていた鉄の門が開いた。その先にキクラゲの巣穴はあった。

「なんてことだ……」

 私は驚いた。隧道ずいどうの一部を間借りしているようなその巣穴には、遺物アーティファクトである『火のないかがり火』が数え切れないほどあり、内部を昼間のように照らしていたのだ。

 それだけではない。私の身長の何倍もある大きな棚がいくつも置かれていて、その中には木箱が心狭しと詰め込まれている。いくつか壊されている木箱があり、そこに遺物アーティファクトが入っているのが見えるのだ。木箱の中には、族長が持つ『天啓を与える鉄の板』や、『風のように走る二輪車』もある。

 しかも、その棚は隧道ずいどうの行き止まりの鉄壁まで続いていた。

 一体、ここにはどれほどの遺物アーティファクトが貯蓄されているのか。時々、遺物アーティファクトが地下空間でまとまって見つかったというのは聞くが、ここの比ではないだろう。よくもまあこんなところを見つけたものだ。さすが『灰の森』に居ついているだけのことはある。

 私はこの途方もない宝物の山を見て、動けなくなっていた。

 圧倒されていた私の手を、キクラゲが急に掴んだ。

「なに」

 私が抗議の声を上げ終える前に、キクラゲは私の手を引いて、ずんずんと林立する棚の間を進んで行った。私がキクラゲの手に引かれるまま歩いていくと、彼女は壁際のドアの前で止まる。すると、そのドアが勝手に開いた。ドアの向こう側には小部屋があった。その小部屋は洞窟の壁を掘りぬいてつくられているようである。

 小部屋に入ってすぐの壁の突起にキクラゲが触ると、天井にある『火のないかがり火』が輝きだした。

 こんなところにも遺物アーティファクトを使っているのかと感心していると、ヒトは私を置いてどこかに行ってしまった。

 戸惑いながら部屋を見まわす。私は壁際に低い棚のようなものがあるのに気が付いた。

 その棚には見たこともないほど白い布がかかっており、その端に綿を詰めた袋が置いてあった。なにかの祭壇か。そう思って、棚の上の布を撫でてみると、それが凄まじく柔らかいことに気が付く。私の頭の中に稲妻が走り、合点を得た。これは、寝床だ。

 ひらめきに感謝しながら、荷物を下す。見事な白い布を汚したくはなかったし、家主の許しを得ぬまま寝床に入るのも非礼だが、それを気にできないほど私は疲れていた。まあ、キクラゲへの非礼についてはいいだろう。こちらはあちらに殴られたり蹴られたりしているのだ。

 自己正当化を行いつつ、寝床に横たわる。

「おお……」

 思わず声が出てしまうほど、寝床は柔らかかった。私の身体を緩やかに受け止めて、どこまでも沈みこんでいくように思えた。

 試しに目を瞑ってみよう、と考えてからあとは記憶にない。翌日の朝に目覚めた私の上には、これまた見たこともないほど白い布がかかっていた。


 ブナの木陰で、キクラゲが少し足を止めた。『天啓を与える鉄の板』を確認し、また歩き出す。

 私たち――というか、キクラゲが探しているのは遺物アーティファクトだ。あれだけ遺物アーティファクトを持っていて、まだ欲しいのかとも思うが、どうやらどんなものでも良いわけではなく、目当てがあるらしい。

 キクラゲの持つ『天啓を与える鉄の板』がしめす地点に向かい、その地点を掘ると遺物アーティファクトが出てくる。それを彼女が調べると、嬉しそうな顔をしたり、悲しそうな顔をしたりする。

 掘り出した遺物アーティファクトはどちらにせよ持ち帰るのだが、嬉しそうな顔をした方は、キクラゲが自室に持ち帰り、そこで組み立てられている巨大な遺物アーティファクトの集合体の一部になるのだ。


 キクラゲがなにをしているのか、私にはさっぱりわからない。それでも、私が彼女に協力しているのは、寝床を貸してくれている恩と好奇心といずれ果たすべき雪辱の為である。

 私としてはもう一度キクラゲと戦い、前回の雪辱を果たしたいのだが、どうも上手くいかない。私の闘志がキクラゲに伝わらないのだ。

 キクラゲの目の前で両手を構えてみても、彼女は私の頭を撫でてにやにやするだけである。軽く蹴ったりしてみて、彼女の反撃を引き出そうとしても、帰って来るのは手加減された打撃だ。だいたいはそのまま、組手が始まる。お蔭で、組手を通してキクラゲから技を盗んだ私は、以前とは比べものにならないほど強くなりつつあった。

 しかし、私が望んでいるのは決闘なのだ。不意打ちやキクラゲの意を得ない戦いでは、屈辱を雪げない。雪辱ができるのは、正当で公平な決闘だけだ。

 まあ、試練の為にあと一年はこの『灰の森』に留まるのから、キクラゲをその気にさせる方法はそのうち思いつくだろう。

 それに、私はキクラゲがつくっている巨大な遺物アーティファクトの集合体がなにに使われるのか気になってしょうがない。いつも、ふわふわとして笑顔を浮かべているキクラゲが、なぜあれの組み立てだけは一生懸命やっているのか。それを知りたいのだ。

 それまでは、キクラゲに協力するとしよう。

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