第16話 (最終話) その女 ステファニー


 ステファニーは、川の傍に羽を休めた。早く仲間の蝶達の住む森に帰りたい気持ちとは裏腹に、丸一日、蜘蛛クモの巣の上で過ごした自分の容姿が気になっていたからだ。大変な目に合っていたとはいえ美しさを保っていてこそ、仲間たちの本当の同情が集まるということを彼女は良く理解している。


 例え彼女自身、何の罪もなく単純に蜘蛛の巣に監禁された被害者だったとしても、醜い姿になってしまっていたとしたら、蝶達は『可哀想に』と慰めの言葉を口にしながら、心の中では、不幸が自分に降りかからなかったことを喜び、最後には彼女の落ち度を探し出して、ステファニーが危ない目に会うのは彼女自身に原因があったのではないか?と噂し合うだろう。


 蝶達の社会は、自分達より恵まれた者を普段は賛美しているが、一旦落ち目になると容赦しない。そのことを蝶になってからのステファニーは十分に学習していた。

 特に容姿に恵まれて生まれてきた者は、いつも妬みにさらされている。笑顔で近づいてくる雌の蝶たちに十分に警戒しなければならない。いつでも女の敵は女なのだ。

蜘蛛の糸や牙、蟷螂カマキリの鎌の代わりが美しさという武器なだけで、蝶たちの闘いは同じように熾烈を極める。その中で生きることこそが彼女たち蝶の《掟》なのだ。


 ステファニーは、川面に頭を出す石のひとつに飛び移った。

(水に映る自分の姿は、変わりないのだろうか?)

 そう思いながら、川面を覗き込んでみる。その顔は、少しばかりやつれた様子が伺えるものの、そのことが逆に新しい彼女の魅力となっているようだ。彼女を見た者が彼女の為に何かをしてあげたくなるような、そんなはかなさが加わっている。彼女は少し安心し今度は全身を水に映してみた。


「私は美しい」

 ステファニーの不安は完全に解消された。 

水に反射する自分を見ながら、ダンスのポージングをチェックしていると、どこからか歌声が聞こえてくる。蝶達が暮らす森はもうすぐそこだ。


 ステファニーは歌声のするほうへと飛び、歌声の主を探した。

川岸のどこかで、誰かが大きな声で叫ぶように歌っている。それは、若い力強さが輝く羽から感じられる一匹の雄の蝶だった。彼は、突然現れたステファニーに驚いて歌うのを止めたが、すぐに笑顔になり彼女に声を掛けた。


「こんにちは」

 若さゆえの粗削りなところが残っているが、なかなかにハンサムな若者だ。ステファニーも笑顔で応じる。

「こんにちは」

 ステファニーはさらに雄に近づいた。

「ああ、あなたは!あなたはこの間のダンスコンテストで優勝した方ですよね?」

「ええ、私を知っているの?」

「僕、偶然にあの場所にいたんですよ」

 興奮気味に雄の蝶は続けて言う。

「僕は、ダンスとかあんまり興味がなかったんだけど、あの時はコンサートと間違えてあそこにいっちゃたんです。ダンス自体はよく分からなかったけど、出場選手が最初に紹介されて並ぶでしょ。僕はあの時から、あなたが優勝すると思ってました。そう思って応援していたんです」

「まあ、そうなの、ありがとう」

「いや、お礼なんて…」

「なぜ、わたしが優勝すると思ってくれたのかしら?」

「なぜって、それは、あなたが一番きれいだなと思ったんです」

「皆、きれいな娘ばっかりなのに、私なんて大したことないと思うけど」

「そんなことはないですよ、あなたよりステキな蝶はいませんよ」

「あなた、お上手ねフフフ」

「ところで、ここで何されていたんです?」

「言っても信じないわよ、きっと」

 謎めいた答えはステファニーの外見と相まって、雄の蝶の関心をより強く彼女へと惹きつける。

「あなたこそ何をしていたの?」

「歌を歌っていたんです、聞こえてたでしょう?上手くはないけどすごく好きなんです」

「上手くない?そんなことないと思うわ。才能あるんじゃない?」

「いや、そんな…」

「聞かせてもらえる、あなたの歌」

「えっ、恥ずかしいな」

「恥ずかしがらなくても、もう、私少しだけは聞いたし」

「あっ、そうか。でも、うーん」

「ねっ、お願い。聞かせて頂戴」

「わっ、分かりました、じゃあ歌います」

 雄の蝶は、やけくそ気味に歌い始めた。



≪誰かが俺達を呼んでいる、どこからか遠く暗い場所で。本当の自分を探してもお前以外にはなれはしない。夢とかゴール誰かが繰り返しても、時間だけが只虚しく過ぎ去っていくだけさ。奴らの価値観でお前を縛り続けている絡んだ糸を断ち切って今、高く舞い上がれ

FLY UP!FLY UP!FOR YOUR LIFE

お前だけの、その羽を広げ

FLY UP!FLY UP!FOR YOUR LIFE

お前に夢を見させる奴らから

FLY UP!≫

                         作詞 アゲハ成二郎

                         作曲 敏也“RAN”モルフォ

             BUTTURAC copyright 199


 最後は、下手くそなシャウトを顔を真っ赤にしてのハイトーンボイスで締めた。

「素敵だったわ」

「ほんとですか?なら嬉しいな」

「この歌は、誰が作ったの?」

「メタリックバタフライナイヴズです」

「知らないわ、有名なの?」

「いや、かなりマニアックなグループで、知る蝶ぞ知るって感じです」

「そうなの、でも私チョット響いたわ」

「良かったですか?」

「この歌詞、凄く考えさせられる所があるわね」

「うーん、僕も何だか勇気が湧いてきて、何かと戦える気がするんですよ」

「私は、≪時間だけが虚しく過ぎ去っていく≫ってところかな、夢とかもう言ってる場合じゃないなって、私ももうおばさんだし」

「えっ、あなたはおばさん何かじゃないですよ。大人の女性です」

 雄の蝶は、ステファニーを見つめる目に力を込める。

「お世辞でも、とっても嬉しいわ」

 ステファニーは上目遣いに雄を見上げる。若い雄の蝶は、頬を赤らめた。

「そっ、そうだ、今から一緒に蜜を吸いにいきませんか、この近くにいい場所があるんですよ。紫の花が沢山咲いているんです」

「紫の?」

「ええ、僕がダンスコンテストに行った時、たまたま審査員席の近くにとまっていたんですけど、これからは紫が流行するって言ってました。もう黄色は古いって」

「そう、私もそんな気がしていたの。もう黄色の時代がおわりかけてるって」

「さすがですね、やはりコンテストに出て地区のチャンピオンになる方は、分かるんですね」

「その紫の花の所へ連れて行って下さる?」

「もちろん、よろこんで。でも、その前に」

「なに?」

「何か、あなたの脚に付いているようです」

「えっ?」

 ステファニーの中脚の裏側に黄金色に輝く液体が付着している。

「何処で付いたのかしら?いやだわ」

そう言うと、雄に背を向けて川の水で急いで洗い流そうとし始めた。


「僕も手伝いましょうか?」

「いえ、大丈夫よ」

 雄は、ステファニーに近づいてその液体を洗い流すために水を掛けたが、取れそうもない。何やらとてもいい匂いがしてくる。


「蜜のようですね」

「そうなの?」

「これは、おいしそうだ」

 雄は、おもむろにステファニーの脚についた蜜を舐めた。

「あっ」

 ステファニーは、ピクリと身体をよじった。

「じっとしてて下さい」

 雄は、ステファニーの脚に付いた全ての蜜を吸い取った。

「さあ、取れましたよ」

「ありがとう」

「とても、美味しいですね。これは何の花の蜜なんです?黄色い花の蜜なのかな?」

「さあ、分からないわ、黄色なんてそんなところに行った覚えもないし。知らないうちについてしまってたの」


「そうですか、不思議だな」

 若い雄は、自分の連れていく紫の花の蜜が今味わったものより、美味しい物なのかが気になりだした。ステファニーをガッカリさせたくないのだ。それは、彼女が彼自身にガッカリすることに直結する。


「どうしたの?」

「いえ、何でもありません」

 若い雄は、話題を変えた。

「ところで、次のコンテストも出場しますよね」

「ええ、でも次で最後にするわ」

「えっ、勿体ない。あなたなら何度でも優勝出来ると思いますよ」

「フフ、ありがとう、でも次で引退するわ。私、卵を産みたいの」

「そっ、そうですか…」

 若い雄の蝶は、急にそんなことを聞いて、ドギマギとしているのか声がひっくり返った。


「さあ、行きましょう、紫の花楽しみだわ」

「はい、僕についてきて下さい」



 二匹の蝶が、川岸を飛び立とうとしたその時、対岸から水しぶきが上がる音が聞こえた。魚か何かが跳ねたのだろうか?。だが蝶達は、そのことを少しも気に留める様子がなかった。  


                  了






                   

                 あとがき

 


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。この作品は、2020年4月後半からノートに手書きを始め、7月28日、一先ずの脱稿をしました。それからも多少の付け加え、削除を繰り返しながら、この場所で皆さんに読んで頂く事が出来ました。

 アドバイス頂きました友人たち Kさん Sさん Iさん 二階のTさん 

お店のお客様、小説を書いてみれば?と何度も勧めてくれたイギリス人英語教師 Aさん ついでに、小学校4年生の時の担任、清水先生(当時、宿題の小説を褒めてもらいました)この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。


さて、小説なるものを書いてみると、不思議な事が起こります。例えば登場人物が(この場合は虫達ですが)私が思ってもみなかった事を喋りだして、「あんた、そんな性格やったん?」と自分でツッコミを入れたり、デジャヴのようなことが何度か起こりました。そこで、私が思ったのは、≪全てが繋がっている≫ということです。今までの全てに感謝などと言うと優等生的で嫌なのですが、それでも、それに近い気持ちになる瞬間があったとでも言っておきましょうか。


 全世界が巻き込まれたコロナパンデミックの中での生活、明日への不安を支えてくれたのは、初めての小説を完成させる事と、皆さんの応援です。

 物語の完結までお読み頂いた皆さんに、感想を聞かせていただけると幸いです。では、次回作でお会いしましょう(ほんまかいな?)さいなら、さいなら、さいなら

                     2020年 8月    清水 涼資

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六つ目と蝶 The dreaming spiders 清水 涼資(しみず りょうすけ) @barshuryousuke

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