第4話 朝食、会話、今後の方針

『ああ!そう言えばトイレの場所をお伝えしていませんでした!すいませんでした!ところで使えました?』

笑顔全開で勢いよく右手を上げた。

『よかったです』

ホッとしたように胸をなでおろす少女。

この仕草は地球と共通だな。

「×××××、××××××××」

横にいた親父が少女に声をかける。

『あ、そうでした。ゲンジさん、組合長の部屋に向かいましょう』

『その前に、そこの穴に手を突っ込んで下さい。手がきれいになります』

少女が指差す先には、手が入れられる穴が二つあった。

そこに両手を突っ込むと、一瞬風が吹いて、手を抜くときれいになっているようだった。

ようだった、というのは、元々目に見える汚れがなかったためだ。

『それでは、組合長の部屋に向かいますので付いてきて下さい』

もう案内されなくても行けるのだが、言われた通りにする。

親父はまた別の場所に仕事に向かうようで、途中で別れた。

『昨夜のお食事は美味しかったですか?我々にはすごく美味しいと感じる料理が出たはずなのですが』

また右手を上げる。

『それはよかったです。「落ち物」の方もこの辺りのものを食べても平気なんですね』

どうやら彼女たちも地球人に食えるものかどうかわかってはいなかったらしい。

そんなもん出してきたのかよ、と心の中でツッコむ。

『朝食は昨晩とはまた異なる料理が出るはずなので楽しみにしていて下さい』

と言われたところで、組合長の部屋に着いた。

少女は特にノックをせず入っていく。

『ヒダルさま、ゲンジさまをお連れしました』

『おお、ありがとう。それでは朝食にしようか』

4人で席に着く。

あれ、一人知らない現地人がいるぞ。

左手の知らない現地人を不思議そうに見ながらヒダルさんの向かいの席に着くと、ヒダルさんが説明してくれた。

『そちらは領主さまの家臣のゼニスさまです。エランでは各方面との連絡・折衝役をなさっておられます』

とりあえず笑顔で右手を差し出してみると首を傾げられたが、すぐにゼニスさんも右手を差し出してきたので握ってぶんぶん振ってみた。

『それはそちらの世界の挨拶でしょうか?』

ゼニスさんとの握手を解いて右手を上げる。

『なるほど、それでは私もしておきましょう。昨日も名乗りましたが港湾組合長のヒダルです』

「ニッポンから来たゲンジです」

と日本語で答えながらヒダルさんとがっちり握手。

『それでは私も・・・昨日助けていただいたヘナです』

「ヘナというのか。ようやく名乗ってくれたな。ゲンジだ。よろしくな」

『あれ?昨日名乗っていませんでしたか?あ、そう言えば名乗ったときは統一語でした!すいませんすいません』

ヘナはやたら腰が低いなぁ。

「ドンマイドンマイ」

と言いながらサムズアップしておいた。

『さきほどもトイレでそれ、されてましたけど、『良い』とか『問題ない』って意味ですか?』

右手を上げる。

こちらから伝えられることは少ないが、少しずつ伝わるようになってきたな。

『それでは、食べながら話しましょう。朝食は芋パンと生野菜サラダ、ピクという果物のジュースです。おかわりもありますよ』

この世界に来て初めての会食が始まった。


それぞれの料理を指差しながらヒダルさんが教えてくれる。

『まずは私がこの世界について簡単に説明しますので、食べながら聞いて下さい。終わったらこちらからいくつか質問します』

ひとまずそういうことになったので、朝食をじっくり観察しながら食べる。

特に生野菜サラダは、かかっているドレッシングも含めて詳細に調べてメモを取りながら食べていった。

『既にお聞きでしょうが、ここは港湾都市エランデルで、城壁内の街がエランです。このような街が30ほどと城壁のない村が数百、この国にはあります。国名はイグニス。国王陛下を頂点として、陛下に任命された領主が各都市を治めております』

『エランはゲンジさんもご存知の大河のほとりにあり、川の名はグレアス。この川を下っていくといくつか都市があって、河口付近にデーレという大都市があります』

『デーレから北上するとあるのがイグニスタ川で、王都イグニスタがこの川を少し上ったところにあります。この街から直接陸路で行くこともできますし、下流ではグレアス川とイグニスタ川を繋ぐ運河がありますので、船で直接行くこともできます。この辺りは豊富な水を生かした大耕作地帯となっています』

『この街から反対に東へ向かうと険しい山岳地帯があり、これを越えると東部の最大都市テラハがあります。東部は山脈が近く平地が少ないのであまり耕作に向いていませんが、漁業と林業が盛んです』

『他国も色々ありますが、地理に関しては当面これでいいでしょう。次に時間の単位に関して。1秒が最小単位で、今から手を叩く間隔がおおよそ1秒です』

と言って、ヒダルさんが何度か手を叩く。

『60秒で1分、60分で1時間、20時間で1日になります。そして、5日で1週、25日で1月、15月で1年になります』

『イグニスでは、1月から5月までは雪が融けて暖かくなっていく季節、6~10月が徐々に寒くなっていく季節、11~15月は雪が降ることもある寒冷期となっています。この辺りはたまにしか降りませんが、北部は家が雪に埋もれるくらいです』

1秒が地球に比べて長いと感じた。

おそらく1日と1年の長さは地球とかなり近いんじゃないだろうか。

分と時が60進法で共通しているのも面白い。

俺の体のサーカディアンリズムは地球の1日に合わされているはずだが、今のところ違和感がない。

念のため、今後も時間感覚に影響がないか注意する必要があるだろう。

『さて、それでこちらからの質問なのですが、ゲンジさまはこちらの世界に来て何日くらい経っているのか知りたいのですが、10日以上経っていますか?』

左手を上げる。

『それでは、6日以上経っていますか?』

左手を上げ続ける。

『では、5日ではどうでしょう?』

右手を上げる。

『ありがとうございます、5日ですね。それで、その間こちらの世界の物をお食べになっていますね?』

再度右手を上げる。

『それで心話が通じるのでしょうね。私もさきほどゼニスさまから聞いたばかりなのですが、実はこの心話は魔法のない世界から来られた方には通じないそうなのです。おそらく、こちらの物を食べて、この世界に体が馴染んだことで通じたのだろう、ということです』

『これはつまり、こちらの物を食べ続けてさらに体が馴染めば、ゲンジさまも心話が使えるようになる可能性がある、らしい、ということです』

これはすごい。

この自動翻訳機能付きテレパシーが俺にも使えるようになる!

今までは受信しかできなかったわけだが、発信もできるようになるわけだ。

ヒダルさんの後にゼニスさんが続ける。

『そういうわけで、ゲンジさまには、毎日こちらの物をたっぷりと食べ続けていただき、できるだけ早く心話を覚えていただきたいのですが、いかがでしょうか。もちろん、お食事と心話の技術指導はこちらが何とかいたします』

即座に右手を上げる。

『お、そちらもやる気がおありのようですね。では、今後の方針はそういうことにいたしましょう。心話の技術指導は、エランデルの初等学校におられる導師にお願いしてあります。本日、これから向かいたいのですがよろしいでしょうか』

右手を上げて同意する。

『では、今後の方針はそれでいいとして、こちらとして把握しておきたいことがいくつかあります』

『現在ゲンジさまが乗ってこられた船がこの港に係留してありますが、盗難防止のためドックに移したいのですがよろしいでしょうか』

右手を上げる。

『それで、もし船に危険物が乗っていたら教えていただきたいのですがございますか?』

右手を上げる。

拳銃は携帯しているしナイフは泊まった部屋だが、一応ガソリンは危険物だろう。

『それは触れると危険でしょうか?それとも触る程度では問題ないでしょうか』

右手を上げる。

『問題ないという意味で間違いないですね?』

上げ続ける。

丁寧な確認に好感を抱く。

ここで勘違いがあると担当者が怪我とかしかねないからな。

それで俺の立場が悪くなっては困る。

『ありがとうございます、では担当者にはそのように伝えておきます』

『次の質問ですが、ゲンジさまが乗ってこられた船と船に乗っているものをこちらでお調べしてよろしいでしょうか』

船と言っても、アルミボートであり、船外機、ガソリンタンク、釣具、サバイバル用品、ポリカーボネートシールドくらいしか乗っていないので、右手を上げておく。

『ありがとうございます。こちらの船と材質や構造が異なっていて、ドックに引き上げるとおそらくこちらの技術者を止められなさそうなので、大変助かります。触るだけに留めるようには伝えておきます』

『それと、心話を覚えてからでいいのですが、その技術者にゲンジさまの船と積載物の解説をお願いしてもよろしいでしょうか。持ち主からの解説を約束しておけば分解を止めやすいのでぜひお願いしたいのですが』

なんか制御不能な技術者がいるようだ。

俺も研究者だから気持ちはわかるのだが、この人はちょっと気の毒になるな。

船外機の詳細な構造は知らないんだが、まぁ知ってる範囲で説明するくらいいいだろう、ということで右手を上げておく。

すると、ゼニスさんは心底ホッとしたような表情をする。

どうも、現地人の仕草が持つニュアンスはあまり地球と変わらないようだ。

クネクネするボディランゲージを見たときにはこれは難儀しそうだと思ったのだが、あれが例外だったのかもしれない。


ともあれ、これで今後の方針が定まった。

ガンガン飯食って、心話とやらを覚える。

将来が全く見えなかったのがなかなか辛かったが、それはおおよそ解決したと見てよさそうだ。

心話さえ覚えれば、コミュニケーションの不安はほぼ解消される。

と、思っていたときが俺にもありました。

そう、魔法が使えない=心話も使えない人も、かなりの割合いたのだ。

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