第5話 仮説、学校訪問、最初の師
朝食を終えて、そのままゼニスさんと外に向かう。
エランデルの初等学校に行って心話の技術指導を受けるためだ。
『ゲンジさま、歩きながらで構いませんので、そちらの世界についてお尋ねしてよろしいでしょうか』
右手を上げる。
『ありがとうございます。他の世界から来られた方の記録によると魔法がないらしいですが、本当でしょうか?』
当然右手を上げる。
『本当なのですね。我々には想像できないことです。それでは、何か別の技術・学問が発達しているのでしょうか?』
右手を上げる。
『やはりそうですか。そうすると、ゲンジさまの出身世界とこちらの世界の技術・学問を融合させることで何かが得られる可能性は高そうですね』
話しながら歩いていくと、商店通りというか、市場通りのような場所に通りがかった。
「ゼニスさん、商店を見ていきたいのだが構わないか?」
通じないことはわかっているが、一応話しながら青果店らしき店を指差す。
『寄っていきたいのですか?少しでしたら構いませんよ』
「ありがたい。ちょっと見てくる」
ここでサムズアップしておく。
さて、青果店を覗いてみると、柑橘系に見える果物やアブラナ科っぽい野菜が並んでいる。
見たことのない果物や野菜だが、科レベルでは同定できそうな範疇である。
ここで一つの仮説が導かれる。
【この世界と地球とは、昔から相互、もしくは一方向的な交流がある】
ということだ。
こう考えると、動物はかなり異世界感があるが、植物は案外そうでもないことにも気付いた。
木と草と水草が生えていたのだ。
交流のなかった異世界なら、もっとわけのわからない植生でもおかしくない。
最初に襲われた肉食獣や今まで食ってきた魚の骨格を確認したとき、脊椎(のような骨)が左右に1対2本あった。
これがここが異世界だと感じた最大の理由なのだが、他の生物はそこまで劇的な違いではないように思える。
「もしかして、植物は地球から来て適応放散している?いや、そう言えば虫も6本脚が多かったな」
などと考えながらブツブツ言っていると、店主らしき方に話しかけられる。
「××××××××、×××××」
もちろん何を言っているのかわからない。
店主はこれまで会った人間風、獣人風とは異なり、爬虫類風だ。
爬虫類風と言っても、体表が鱗で覆われているものの、頭部・顔の形状は人間風である。
ただし、目は3つある。
俺が観察していると首を傾げるが、思いついたように心話で話しかけられた。
『もしかして統一語がわからないのか?見たことのない種族のようだが、これでどうだい?』
右手を上げるが、そういや、左右の手による否定・肯定のルールは広範に受け入れられているルールなのだろうか?
『うん?右手を上げたのは肯定ってことかい?』
もう一度右手を上げた。
『やっぱりそうか。あんたは心話は使えないのか?』
右手を上げたが、これで「使えない」という意味になっているだろうか。
英語だと「使えないのか?」に「No」で「使えない」という意味になるよな。
ここでゼニスさんが助け舟を出してくれた。
『彼は統一語も心話もまだ使えない。左右の手で否定と肯定しか意思疎通できんのだ。そういう前提で頼む』
『おいおい、そんなんで生きていけるのかよ。まぁいいや。それで、さっきからそのピクが気になってるみたいだが買うのか?』
ピクと言われて気付いた。
さっきの朝食に出てきた赤いジュースじゃないか。
味は柑橘系だったな。
右手を上げるが、ゼニスさんに止められてしまう。
『すまんが荷物が増えるので帰りにしてもらえないか。今は帰りに買う物の目星だけ付けておいてくれ』
仕方なく右手を上げて了承する。
『それなら取り置きしておくよ。どれがいい?』
すぐにピクの実を指差した。
『あいよ。それじゃ、とっとくから、帰りに寄ってくれ』
『そろそろいいか。約束の時間が近いのだ』
ゼニスさんに促され、青果店を後にして、初等学校へ向かった。
初等学校に来ると、その建物の構造が他の建物と違っていた。
港湾組合や商店通りは、中世から近世のヨーロッパ風なところがある。
装飾が簡素だが、それ以外はかなり中世風異世界ファンタジー風と言っていいだろう。
だがこの学校は、現代日本の5階建てビルである。
ただし窓が見当たらない。
校庭やグラウンドはないようだ。
建物が大きいので、室内にあるのだと予想する。
『ここが初等学校です。まずは校長室に向かいます』
中に入ると、天井がかなり高い。
外見からは5階建てくらいかと思ったが、他の階も同じなら3階くらいまでだろう。
左右に教室らしきドアがあるが、それに構わずまっすぐに奥へ向かう。
突き当りにガラス張り庭園があった。
上を見ると空が見えている。
吹き抜けのようだ。
ここで左に曲がり、庭園を右手に見ながら右に曲がった廊下を進んでいく。
庭園は円形らしい。
このガラス、継ぎ目がない。
水族館の巨大水槽に似ている。
興味深く庭園を観察しているうちに校長室に着いたようだ。
「×××××××。××××××××××××××、×××××××××××××」
ゼニスさんが何やら言うと扉が開いた。
『エランデル初等学校へようこそ。お話は伺っています。お二人共こちらへどうぞ』
どうやらこの方も心話が使えるようだ。
『はじめまして、私が校長のアーサナです。こちらは導師のフィヨン先生です』
こうして、この世界での一人目の師匠と出会った。
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