第7話 エラン、領主との会談、売り込み

今日は、エラン内の領主屋敷に呼ばれている。

俺が心話を習得して会話可能になったからだ。

統一語も幼児レベルの会話はできる。

エランに入るのは初めてである。

『ゼニスさん、エランに入るに当たって注意することはありますか?』

『エランデルと大差ありませんよ。商店の取扱商品がやや高級品寄りで高価なくらいです』

『心話が使える人はエラン内の方が多いと聞きましたが、使えない人はどれくらいいますか』

『うーん、個人商店だと使えない方も多いでしょうね。使えるが、滅多に使わないから心話で話しかけられても統一語で返事をしてしまう人はかなり多いと思います。エランデルだと使えないから統一語で返事をするのが、エランだと使えるけど統一語で返事をする、に変わるだけですね』

『なるほど。「個人商店だと」ということは、大店ではそうでもないということでしょうか』

『そうですね。魔法は必需技能なので、大店では店主も店員も使える人が多いと思います。大店で扱っているのは魔導具が多いですし』

そんな会話をしてるうちにエランの入り口に着いた。

ゼニスさんが門番に話しかけると、そのまま通された。

『通行証とかはないのでしょうか。不用心では?』

『通行証は偽造や盗難もあり得るので、人相で判別できるならその方が安全なんですよ。通行証を使うのは、人相を知られていない一般人が初めて訪れる街に行くときくらいですね。領主や主だった家臣は、他領の領主や家臣と顔見知りなので、通行証が必要ありません』

そんな会話をしながらエランの街を観察してみるが、エランデルと実際大差はなかった。

いままでこちらから質問をすることができなかったので、道沿いの商店の店頭に並べられている商品について質問攻めにしながら領主屋敷へ向かった。


「ゼニスです。ゲンジさまをお連れしました」

「おー来たか。入ってくれ」

気さくそうな声が部屋から聞こえて、中で挨拶する。

『はじめまして、たぶん異世界から来たゲンジと申します』

「エラン領主のフォークトだ。まずは座ってくれ」

領主自ら席に案内してくれるとは、こちらの世界の身分の格差はあまりないのだろうか。

『ありがとうございます。ところで、領主がどこの馬の骨ともしれない異世界人とこのように接するのは普通のことなのでしょうか』

『いや、普通とまでは言えないな。特権意識を持っている領主もいるぞ。そういう連中の方が多いだろう』

『そうでしたか。それでしたら、私がこの街に最初に来られたのは運が良かったのですね』

『そうだな。治安部隊が手荒なことをする都市もあるし、運は良かったろう』

『さて早速だが、ゲンジのいた世界とこの世界の違いはもうおおよそ把握できたのではないか?それについて聞きたい』

『色々ありますが、まずは学問の違いからにしましょうか。私のいた世界では、魔法は存在せず、当然魔導学もありませんでした。代わりにあったのが科学です』

『魔法がないのであれば、どうやって船を動かしているのだ?ゲンジの船を見せてもらったが、動力が何なのかわからなかったぞ』

『我々の世界、面倒なので「地球」と呼びますが、地球には地中から採れるよく燃える油があり、これを燃焼させたエネルギーを動力に変換する装置が普及しています』

『それがどのような装置なのか説明はできるかね』

『紙とペンをいただけましたら』

『ではこれをお使い下さい』

後ろに控えていた執事が引き出しから出して渡してくれたので、レシプロエンジンの構造を描いて説明する。

『こちらの経路から、この空間に霧状もしくは気化した油を供給して閉じ、ピストンを押し込んで空気を圧縮して点火すると、爆発的な空気の膨張が起き、ピストンは押し出されます。この動きが、こちらのコネクティングロッドとクランクシャフトを経由して回転運動に変換される、というものです』

『ふむ。かなり精密な加工技術が要求されそうだな。魔法と比べて良いところ、悪いところはわかるかね?』

『良いところは、魔法よりも出力が大きくできることでしょうか。悪いところは、かなりのエネルギーが熱になって失われてしまうこと、油を大量に使用し、燃焼させるので空気を汚すことですね』

『空気を汚す問題は魔法で解決可能なのではないか。油がネックだな』

『フォークトさま、そんなことを考えなくても、魔法で似たような装置を作れるのではないでしょうか』

『魔法では出力を上げられないと言わなかったか?』

『ええ、出力を上げるのは難しいと思いますが、物を動かすのに必要なエネルギー量を減らせば問題ないのではないでしょうか』

『そんなことが可能なのか?』

『地球では、「ベアリング」という器具を用いることで、摩擦抵抗を削減することに成功していました。これはそのままこちらの世界でも使用できると思われます』

『ベアリングの原理は単純です。重い物を運ぶとき、持ち上げられなければ引き摺りますよね。そのとき、重い物の下に丸太などを並べることで、引き摺る抵抗を小さくできます。これを器具にしたのがベアリングです』

『これを使えば、船と同じように、魔法で陸地を移動する車が実現できるかもしれません』

この世界では、船は魔法で走るが、魔法で走る車はない。

船は水に接しているため魔法で容易に走らせられるが、車は地面、つまり固体に接している上、ベアリングがないので魔法では出力が足りずに走らせることができない。

陸上移動の際は、飼いならすことができる大型草食獣「ベルング」に乗るか、ベルングに車を引かせるしかない。

ベアリングが普及すれば、ベルングに車を引かせる場合も、ずっと速く移動できるようになるはずである。

『この世界の加工技術レベルにもよりますが、同じ大きさの鉄の球体を多数作成可能であれば、できるはずです。魔法を使わず、従来通りベルングに引かせる場合もより高速に、長距離走れるようになるはずです』

ここで領主が釣れれば、この世界でも研究者として生きていけると踏んで売り込みをかける。

『魔法で鍛冶を行う職人であればできるはずだ。融けた鉄は液体だからな』

物体の大きさや形状を高精度で把握する魔法はあるらしいので、それと組み合わせて融けた鉄を魔法で操作して球形に加工すれば、ベアリングが実現する。

『私は地球では科学者だったのです。この世界でも研究・開発で生きていけるなら助かります』

『ならば、地球の優れた科学技術をこの世界にもたらすことができると?』

『機材、人員、予算の手当をしていただければ』

『売り込みがうまいのう。確かに地球の知識・技術はほしい。だがここは国内では辺境と言っていい地域だ。あまり懐に余裕はないのだ』

『私にはこちらで自分の要求を実現するのに必要な予算はわかりません。フォークトさまの方で見積もって、出せそうであれば投資する、ということで構いませんよ』

『そういうことなら検討はしよう。だがあまり期待はせんでくれ。いつかは王都に行くこともあるだろうから、国王陛下に売り込んだ方がよいぞ』

『いきなり国王陛下が雇っていただけるならそれでも構いませんが、何の実績もない異世界人を雇ったりはしないでしょう?』

『そりゃそうだな。陛下に売り込むにしても、まずはここでの実績が必要ということか』

『では次の話題に移ろうか。次は社会制度、それから地理歴史だな』

そうして、この日は長時間地球の話をして、結局領主館に泊めてもらうことになったのだった。

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魔想魔造 橘一灯彩窓月 @windowmoon

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