短編集:雨と月
ぷろとぷらすと
🐲 雀榕樹
緑の地獄と呼ばれるジャングルの奥深く、
歳月を経た巨大なガジュマルの樹洞に、
血のように赤い服を着た少女が、
残忍で狡猾な竜に護られて暮らしていた。
竜は何かを護るために生まれてくる。
それが時には古代の王朝が遺した財宝であったり、聖人の住居であったりするのだが、
この竜の場合は、宝石のように美しい一人の少女だった。
そして竜は、己の護るべきものを、決して放棄してはならない。
もし放棄しようとすれば、呼吸が出来なくなって死んでしまうように、強力な呪いがかけられているのだ。
だから竜は、この少女を注意深く外敵から防衛し、食物を与え、密林の病や湿気に冒されぬよう気を配った。
少女はあまりにも無力で、
竜に護られていなければ、この苛烈なジャングルで、一時たりとも生き延びられないように思われた。
竜にしてみれば少女は、自分の力によってではなく、自分の意志すらなく、
ただそうせざるを得ない生来の運命によって、彼女を護るよう条件づけられた竜に生かされている、
哀れな、まがいものの生き物だった。
それでも強大な力を持つ竜に護られて、少女は美しく成長していった。
少女が美しくなればなるほど、竜に働く呪いの力は強くなり、竜は少女を少しの危険にもさらさないように気を配り、より上等な食物を与えた。
だから少女はますます美しくなり、さらに強い呪いの力を生んだ。
やがてあまりにも美しく成長した少女を我がものにしようと、
国中から腕の立つ男達が密林を訪れたが、みな竜に追い払われ、あるいは殺されて餌食となった。
彼らはまた、命を懸けてまで得ようとした少女の食物にもなっていた。
その生贄は、少女を何よりも美しくした。
底知れぬ不安すら呼び起こすほどに。
ある時、国一番の剣士として知られるこの国の王子が現れ、竜に戦いを挑んだ。
長い死闘の末、王子は遂に竜を倒した。
こうして少女は解放され、王子の妃に迎えられた。
一方竜の死骸は、一片の肉も残さぬよう、
餓鬼の餌に供せられることになった。
緩慢な肉体の崩壊につれ、
竜にかけられていた呪いが解けていった。
少女は今、ガジュマルの樹洞を出て、王宮で暮らしている。
竜ではなく王子に護られて、けれど確実に自分自身の生命で。
竜はようやくにして悟った。
血のように赤い服を着た少女は、いついかなる時も決して哀れではなかったのだ。
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