第5話


 全力疾走で校内を駆け抜け、校舎脇に駆け込んだ辺りで息を整える。

 こんなに全力で走ったのは中学校最後の体育祭以来だろう。自主トレなどはやっていなかったので多少体力が衰えてるのを感じる。

 軽く息を整えながら非常階段へと向かう。


 非常階段に着くとさっきと変わらない位置にツムグが居た。


「ただいま。」

「おかえり……ってそれ私のカバンじゃ?」

「ご名答。」

「私の名前も知らないのにどうしてカバンがわかったの?」

「ミキ様に聞いたら教えてくれた。」

「へぇ、ミキがねぇ……ん?様?」

「気にしないでください。」


 俺は誤魔化すようにツムグの前に立ち、バックをつき出す。


「弁当入ってんだろ?」


 ツムグはカバンを開け弁当を取り出し、膝の上に乗せた。


 が、弁当を見つめたまま開ける気配がない。


 あれ、もしかしてこれ『いらんことすんじゃねぇ!』って怒られるパターン?いや覚悟はしてたけども。


「どうして……?」

「あぁえぇと……。」


 やっぱり怒っていらっしゃる?

 しかし、『弁当と母親という単語で過去の後悔を思い出し、自分勝手な正義心でお前のカバンを持ってきました。』とは流石に恥ずかしくて言えないので。


「パン1つじゃ足りないと思って……ね?」


 咄嗟に冗談っぽく振る舞ってみるが、こちらを軽く睨み


「私これでも一応なんですけど。」


『女子』の部分をすごく強調してきた。これは俺の冗談のセンスが悪かったな、反省しよう。


 いや、そんなことより。

 こいつは冗談とかではなく本当の理由を知りたいのだろう。かといって本当の理由は恥ずかしすぎるので言いたくない。

 となると、話は平行線で埒が明かなくなる。


「あーもう…。」


 俺は愚痴るように言うと、ツムグの横に座り膝の上に置かれている弁当箱を取り上げる。


「ちょっと!私のお弁当!」


 横から聞こえる文句は無視して取り上げて弁当を自分の膝の上に広げ合掌する。


「いただきます。」

「『いただきます。』じゃないわよ!」


 あ、このハンバーグうまー。表面の焼け方からして冷凍食品でないのは分かる。冷えても美味しいハンバーグを作るのは難しいと前に母さんが言ってた気がする。


「ねぇっ!聞いてるの!?」


 こっちは……だし巻き卵か。これもうまい、好みの味だ。俺個人的には煮物や味噌汁に並ぶお袋の味だと思っている。これを作ったツムグ母はうちの母さんと似てるとこがあるのかもしれないな。


「すいません!今よろしいですか!?」


 ホウレンソウのソテーはシンプルな醤油とバターの味付けでこれまたうまい。こういうシンプル味付けの方が逆に


「あのー!!聞こえてますか!!??」


 耳元で大声を出さないで欲しい。鼓膜破れるかと思ったわ。


「うるさいなぁ…、なに?」

「それ!私のお弁当!!」


 まだボリュームが下がりきってない声で俺が食べている弁当を指差す。


だからパン1つでお腹一杯なので弁当食べられないんだろ?」

「さっきのは女の子対するデリカシーがないから注意するために言っただけ!私自身はまだ食べ……られるわよ…。」


 変なとこは堂々としてるのに、ここで照れるのか。よくわからん。


「じゃあ…、ほれ。」


 だし巻き卵を箸で掴み、ツムグの前に差し出す。


「………へ?」

「まだ食べられるんだろ?」

「これは違うんじゃ………。」

「他の女子より少し多く食べるくらいで恥ずかしがんな!俺ら男子から見れば差なんてねーよ!」

「いや…あの…そうじゃなくて……。」

「早くしろ!落ちる!!」


 だし巻き卵のお亡くなりが迫ってるのを箸を通じて感じたので急かすと、ツムグは何かを決心したようにだし巻き卵を食べた。

 おい、人の持ってる箸を目をつぶって口に入れるのは危ないぞ。


「うまいだろ?」

「お母さんが作ったんだから当たり前よ。それよりなんであなたが得意気なのよ。」


 俺は『ふふん♪』とドヤ顔をすると残りの弁当を一気に食べ、蓋を閉めてまた合掌する。


「ごちそうさまでした。」


 言い終わると空になった弁当箱をツムグに返す。

 ツムグは弁当箱を手に持ったまま口を開く。


「どうして?」

「だからそれはお前がパン1つじゃ」

「それはもういい。」

「はい。」

「どうして私に構うの?」


 これは困った。最初にパンをあげたのはほんとに冗談半分の気まぐれだったし、カバンを取りに行ったのは俺の自己満足、弁当を食べたのはカバンを取りに行った理由の追及から逃れるためだ。

 なんて言おうか悩み、返答ができないでいると。


「やっぱり私ことが好きなの?」

「ちげーよ!」


 これには即答できた。


「じゃあ何で?」


 さっきみたいに冗談を貫き通して逃げることも考えたが、今はそれが何か違う気がした。



「まず、俺はお前に『構った』訳じゃない。」


「なんていうか……全部俺の理由。俺の理由だ。」


「だからきっと俺にしか解らないことだと思う。」




 彼女は『なにそれ』と言うと俺の前で初めて笑った。

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カナリアは青空の夢をみる。 奈愛郎 @yarakasita0000

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