其の七十七・とある仕立て屋の話(元桑698・贔屓)

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「思い出した、足の骨のこと!雷の国狴犴の狂王は人の足の骨を収集してたよね!変な趣味だなって思ってたけど、首を発見した発掘家の話と関係してるのかな」

 子供は独りでに推理を始め、

「龍のウロコ、杖の中の足の骨、墓の中の頭蓋骨……もしかして、それをかき集めたら神様の正体が分かったりするの?」

 と閃いたようだ。

 そうだね、もし神様が再び降臨したら、どの国が一番喜ぶと思う?

 声の主は聞き返す。

「うーん、どの国だろう……」

 子供は思考を巡らせる。

 じゃあ、とある仕立て屋のお話をしましょうか。

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 長い戦を経て、職人の国負屓より、各国の軍が駐在していた地区が独立を宣言した。

 どこの国の支配も受けず、またどこの国とも敵対しないとうたったこの新しい国贔屓は、出自や身分など関係なく、平等に生きられる国を目指した。人に限らず、かつて人々と敵対しながら戦乱の終結に一役買った獣らにも、その権利が与えられた。

 新しい国は、獣と人が共存する唯一の国となった。

 とはいえ、獣が過去人々に害をなし、長らく憎まれてきたのも事実で、共存するに際して、条件が課せられた。

 一、国にいる獣は、人の姿を保ち、人と同じように振舞わなければなければならない。

 二、人の姿を保てない獣はいかなる権利も保障されず、家畜同様に扱われる。

 三、獣が罪を犯した場合は人の法が適応されるが、殺人に限り、情状酌量なく死刑に処される。


 規則に従い、この国に生きる兎の獣とふくろうの獣がいた。

 二匹は変幻の力が弱く、完璧に人の姿に化けることができなかった。兎はぴんと立った長い耳を上手に引っ込めず、梟はいつも腰回りに風切り羽を残していた。

 その姿はやはり人の目には奇異に映ってみえ、街を歩く時も常に遠巻きにされ、陰口を叩かれるのだった。


『なんだその長い耳は、わざと見せつけて、人に合わせるつもりはないってのか』

『梟って肉食だろ、捕まったら空から投げ落とされて食べられるから、近付いちゃだめだ』


 兎は耳がよく、噂が聞こえてくるたびに、悲しくて耳をしょんぼりと垂らした。

 梟は目がよく、じろじろ見られるたびに、緊張でつい風切り羽を毟ってしまうのだった。


 人の輪に溶け込みたい二匹は、町の仕立て屋を訪れた。

 私の耳をうまく隠せる帽子をください、と兎が注文した。

 私の羽根を上手に収める外套をください、と梟が注文した。

 仕立て屋の主人はしばし考え、いい服を繕ってやろうと約束した。


 それからしばらく経ち、町では長帽子と腰帯が流行った。

 固めの皮で作った無地の長帽子に、糸や金具などの装飾品を巻き付け、特別な一個を作るのである。蕾のついた枝を模した装飾を付けて春の季節を楽しんだり、家紋の施された装飾をつけて身分の象徴にしたり、とひと手間で色んな趣向を表すことができる。

 素朴な長帽子とは逆に、腰帯は細工された派手な作りで、素材も布から金属、木材まで様々である。小作人ならちょっとしたものを収納できる布帯を、貴族なら華やかさに満ちた金細工の腰帯を、と選択次第で利便性も装飾性も向上させられる。


 兎は仕立て屋にもらった帽子をかぶった。帽子には耳を出す穴があり、耳を隠したい兎の注文とは真逆だった。

 しかしそれを見かけた人々は絶賛した。

『古木のような渋い色の帽子に、柔らかい色の耳がお似合いです。優しい雰囲気が感じられて素敵だ!』


 梟は仕立て屋にもらった腰帯を巻いた。前面だけ綿毛が編まれた腰帯を付けると、 梟の風切り羽を収めるどころか、それと繋がって、輪をなした。

 そしてそれを見た人々は驚嘆した。

『控えめな綿毛から徐々に派手な羽毛に変ずる多彩さが素晴らしい。爽やかな風情に目を奪われるよ!』


 人々は親しげに二匹に話しかけ、あっという間に仲良くなった。


 二匹は仕立て屋にお礼を言いに行った。服一つで人々の心まで変えるなんて夢のようだった。

 仕立て屋は微笑んで、昔話を語った。

『私は昔、国々を巡る芝居小屋の衣装係だった。

 芝居小屋の連中には訳ありのやつが多くて、境遇や出身地の似た者同士でかたまることが多いんだけど、芝居の衣装をまとってる時だけは違った。豪華な衣装をまとう者同士が、貧相な衣装をまとう同士がかたまるんだ。

人は案外見た目に影響されやすい生き物です。馴染めないやつに居場所を作る一枚を仕立てるのが、仕立て屋の本望だからね』


 夜も深まり、寝静まった街を見下ろしながら、兎は仕立て屋に聞けなかった言葉を呟いた。

 仲良しの芝居が終わり、芝居衣装を脱ぎ捨てた後に、私の居場所はどこにあるの――


 それに答えたのは、獣の姿に戻り、兎を乗せて夜空を翔けるする梟だった。

 人が認めるのは人の姿形だけで、私たちの居場所は、我らの守護神が授かった「楽園」だけだろう――


 兎と梟は、力尽きた守護神に代る新しい神様を探す役目を背負っていた。非力を装い、人々の警戒を搔い潜り、兎は耳で情報を収集し、梟は翼で方々を探索。

 いつか獣たちを庇護してくださる神様と共に、獣らが暮らす覇下に帰るために。


 仕立て屋にもらった帽子も、腰帯も、人の衣装を全て脱ぎ捨て、二匹はありのままの姿で、音もなく夜空を駆けていく。


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「そうか、人々は神の力に振り回されてこりごりだったから、一番神様に戻って欲しいのは獣たちか……」

 子供は一つの答えを導き出した。

 神の力にこりごりでも、自国の守護神をやすやすと手放す国はない。そして、どの国にも属しておらず、数百年ぶりに海の向こうから帰還したフリーの神様が、一柱だけいらっしゃる。そう、不死の神、嘲風。獣たちが人の国に潜り込んだのも、その在処を探すためなんだ。

 声の主は補足した。

「そういえば、仕立て屋は国々を渡る芝居小屋の衣装係だったよね、なんで今この国に住んで仕立て屋やってるんだろ」

 子供は思い出したように、ささやかな疑問を口にした。

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 何年前だったか、まだ衣装係だった仕立て屋が芝居小屋の仲間と共に、とある国で芝居を上演した。

 上演後、極悪人の主役を務めた座長が姿を消した。全員で方々を探し、殺されて溝に投げ込まれた座長の死体を見つけた。

 その土地は演目の中の極悪人が悪事を働いた場所で、昔散々辛酸をなめさせられた老人が、座長の衣装を見て、その極悪人と勘違いして殺したという。

 人はいとも簡単に見た目に左右され、見たままにしか物事を理解しようとしないことを知り、衣装係は芝居小屋を離れた。

 結局服を作るしか能がなく、気付けば流れ着いた町の大人気の仕立て屋になっていた。


 やっぱり獣に服など無用だ。ありのままの姿がこんなに凛々しくも美しいのだから。

 仕立て屋は煙草の煙をくゆらせ、夜空を飛翔する獣の姿を悠々と眺めた。

 やつらは服を着ることがあっても、着られることはない。着る努力は惜しまないし、脱ぎ捨てる勇気も持っている。

 いつか人々が君たちの今の姿を見ても、美しいと心から言えたら、世の中も今よりは少しましなっているのかもしれないな――

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