其の七十六・とある発掘家の話(元桑673・狴犴)

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 修理屋のお話には続きがあるんだ。彼は狴犴の国で随一の修理屋になって、王様の力を封印した時の事故で折れてしまった国宝の杖の修理を依頼された。そして彼は壊れた杖の中から信じ難いものを見つけた。それは……

 声の主はもったいぶるように声を潜めた。

「なに、なに?信じがたいものって?」

 案の定、子供は食い付いてきた。

 骨だ。建国の時から神様に授かった神器の中に、長くて丈夫な、動物の足の骨らしきものが長年――おそらく六百年以上――しまわれていた。

「なぁんだ、それなら知ってるよ、神様の力が宿った『ご神体』ってものでしょう。あっ……でも、足の骨……どこかで聞いたような……」

 子供は首を傾げて必死に記憶を探った。

 じゃあ、とある発掘家のお話をしましょうか。

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 火の国狴犴には、古い時代の墓や遺跡がいっぱいあった。始まりの国と讃えられただけあって、それらの古跡には、過去の出来事を記録した品々がたくさん眠っていた。

 しかし、獣との戦で、多くの古跡は暴かれ、荒らされた。古跡の管理を担う墓守らは迫害を受け、古跡を守って命を落とすか、国の外へ逃げるかしかなかった。

 戦が終わり、人々は、少しずつ自分たちが失ったものの大事さに気付き、古跡の修繕に目を向け始めるが、戦が残した爪痕は深く、損傷の激しい古跡の修復は困難を極めた。

 ほったらかしで五十年経ち、盗掘者たちが頻出してまた五十年経ち、古跡の保護と警備が整うまでさらに五十年経った。

 それでも古跡の修復に生涯をささげる人たちがいて、彼らは職人の国から人手を募り、協力して建物や遺物の修繕方法を研究し、過去の面影を現世に蘇らせようと努めた。

 いつからか、土埃や瓦礫の中なら古跡を掘り返す人たちは、発掘家と呼ばれた。


 発掘家の家に生まれた少年がいた。広くない家には、古跡の発掘や修理に関わる多くの人が頻繁に出入りしていた。その人たちはいつも地図を広げて相談し合ったり、ぼろぼろの置物などを囲って議論し合っていた。

 関係者の八割は職人の国負屓から来た職人で、この国の者ではない独特な訛りは、なんだか面白くて、少年は好きだった。いつもたくさんの人が集まり、一つの大きな家族みたいだった。

 しかし、火の国の女王が職人の国に宣戦布告し、両国の関係は一気に悪化した。敵国の人間は徹底的に駆除すべきだ、と兵隊が動いた。

 私たちの発掘隊にいる職人の国の人たちは、何一つ悪いことをしていない、彼らは共に一生懸命働いているだけだ――

 発掘家の両親の訴えは届かず、敵国の人間を匿った罪で極刑に処された。少年はまだ幼いため処刑を免れたが、両親が目の前で八つ裂きにされ、首を広場の高台に掲げられた光景は、消えない悪夢として彼の心に刻み込まれた。


 両親の死から十数年、乱戦の時代を生き延びた少年は青年に成長した。

 ある日、人気の少ない竹林の奥で、彼は行き倒れた子供に遭遇した。抱き起してみると、その子供の額には小さな触角が生えており、ゆっくり開けた目は、昆虫のような複眼だった。

 北の極地に獣の国ありとの噂を耳にしたことのある青年は、これは人の姿に化けた獣だと悟った。

 傷だらけで衰弱しきった姿が哀れで、彼は獣の手当てをした。

 獣の子が少しずつ元気を取り戻し、命の恩人である青年に感謝し、色々話した。

 自分は力の弱った守護神の代りを探すために集落を抜け出して来たはぐれ者であること。

 獣の世界では、言葉を交わすすべての生物は仲間だが、病で知性をなくすと容赦なく駆除されること。

 危機に瀕した時、弱い個体から切り捨てられていくことが当たり前のように受け入れられていること。

 病にかかった友人を救うために、神様の力が必要であること。

 残忍非道で強者ばかりだと伝えられた獣の実態も、案外人間の世界と大差ないな、と青年は獣の子の頼りない姿を見ながら、そう思った。


 獣の子は、守護神の御首と同じ生き物を見つけ出せば、守護の力を授けてくださるに違いない、と希望を込めて語った。

 じゃ、私の仕事を手伝ってみるか。私は発掘家だ、神様のことを書き記したものを掘りあてたら、手掛りも見つかるかもしれない。

 青年は咄嗟に提案したが、別に非力な獣の子の助力なんて当てにしてはいなかった。彼はただ退屈凌ぎの話し相手が欲しかった。その拙い言葉の発し方は、懐かしくも暖かく感じた。


 青年と獣の子は方々の古跡を回った。獣の子は人に見えない何かが見えるようで、罠を察知して回避したり、より高価な遺物を識別したりした。

 青年も、動物を狩る度に皮と肉を落とした頭蓋骨を獣の子に見せた。どれも違うようで難航した。

 もっと神様のほかの身体特徴はないのか、と青年が聞くと、お御首しか御神体がないのです、と獣の子は悄然と答えた。

 それでも一人と一匹は神様探しの旅を続けた。

 青年と獣の子はやがて、大岩に塞がれた古跡にたどり着いた。山崩れの起こりやすい地形のせいで殆どの発掘家らが諦めた古跡を、青年は岩で塞がれた正面を避けて、器用に脇道を固めながら掘り進め、数週間かけて古跡の中へ通じる道を開いた。

 その古跡の中へ踏み込み、獣の子は、長年探し続けていたものを見つけた。


 あった!そっくりのお骨があった‼私たちを六百年守り続けてきた神様と同じお骨が‼

 獣の子は歓喜の声を上げ、恭しく地に伏した。

 青年は目を凝らし、夜闇に溶け込んでいる骨の正体を見分けようとした。

 それは何年経過したか分からないくらい、すっかり白骨化して、服の欠片も残っていない、人の骸だった。


 青年は、獣の守護神にまつわる言い伝えを思い出した。

 神様は九柱の守護神を人に与え、人たちはその力で獣らを狩りつくそうとしたが、人の行き過ぎた殺戮を見かねた一柱の守護神は、人間の守護神の座を降り、獣たちの神様となった。

 青年の親は肩身の狭い異国の人を守るために八つ裂きにされ、見せしめに首をさらされた。

 獣らの守護神も、もしや他の守護神らに裏切り者と罵られ、八つ裂きにされ、首しか残らなかったのではないだろうか。


 所詮は言い伝えで、神様なんて最初からいないのかもしれない。

 いたとしても、ただの人に獣を救う力はない。

 獣の子に、これが人の骨だと真実を伝えるべきか、青年は迷った。


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「この獣の子って、触角と複眼だよね、もしかして逃亡者のお話に出てた胡蝶の子じゃない?二人が見つけた骸骨は、墓守のお話に出てた父親のものだったりして」

 それなら三百年越しの伏線回収だ、と子供は手を叩いた。

 胡蝶の子は地上の世界へ逃亡した後はずっと人目を忍んで友を助ける神様探しをしてたけど、その間に獣たちが人の国と約束を交わし、堂々と地上へ戻ってきたことなんて全然知らなかった。けれど彼の努力は全て無駄というわけじゃない、発掘家の男が彼との出会いに感銘を受け、人は獣を救えないと分かっていながら、獣と人との懸け橋になろうと決意した。数十年の時間をかけて、断絶状態にあった獣の国と人の国の行き来を実現させたんだ。

 声の主は補足した。

「でもこの青年、本当は発掘家じゃなくて、盗掘者でしょう?発掘家なら遺物を高い安いで判断しないし、夜中にこそこそ遺跡に忍び込んだりしないよ。数十年後にすごいことをやり遂げる人だからって、最初からいい人みたいに作っちゃダメだよ」

 子供はまた斜め上のダメ出しを繰り出した。

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