公私はしっかりと

 5種類の香水とお酒、甘ったるいケーキの香りが混じり合うリビングで、俺は真っ白なソファの真ん中に座り、中庭のシャーペンについて考えていた。


 シャーペンと言ったら、普通は書くための道具だ。それ以外にどんな使い方があるのだろうか? 外見はシャーペンでも中身は違う物とか......?


 考えても答えが出ないことは分かっているが、考えられずにはいられない......。


 柚月の学校生活がかかっているのだ。



 ............おいおい、しっかりしろ。今の俺ではダメだ、私情を挟み過ぎている。


 ひとまず、手にしたジンジャーエールを一口飲み、頭を冷やす


 ......はずだった。


「......お姉さん方? 俺のジンジャーエールに、からしとわさびとにんにくとタバスコを入れたのは誰ですか?!」


「蒼! 惜しいわよっ! アルコールもちょこーっと入ってるの~」


「姉が5人いるんだから?」



「............5種類入ってる」



「そ、ご名答!」


「蒼もまだまだね~」


「私たちと暮らさないから鈍っちゃってるのね~」


「「「「「ね~!!!」」」」」



 実家に帰ってくるとこれだ、確実に俺は姉たちのおもちゃにされる。


「あの、俺は未成年なんだけど......」


「いいじゃないの~、ちゃんと寝てアルコールを抜けば大丈夫よっ!」


「しかも今日は私の誕生日よ? 私が考案した特製ジュースが飲めないのかしら?」



 みんな酔っぱらっているからしょうがないのだが、お酒が入っているとしてもからかい方がいつも以上だ。


 きっと俺が考え事をしていたことを見抜いた上でからかっているのだろう。こんないたずらをする姉たちだが、俺の表情や態度にはすごく敏感なのだ。


 ここは、姉たちなりに心配してくれたことに甘えて、相談してみるのもアリ......か。色んな男たちを手玉に取ってコロコロと転がしている姉たちなら、知っていることがあるかもしれない。


「実はさ、今......」



 って、話を聞いてくれんじゃないんかーい!!


 思わず不似合いなツッコミをしてしまった理由は、もちろん俺で遊ぶだけ遊んでおいて、リビングで雑魚寝している姉たちを見たからだ。こんな姿を男たちが見たらなんというのだろうか......。


「まぁ、柚月からの連絡を待つか......」


 自由奔放な姉たちのお陰か、特製ジュースのお陰か、俺の頭は冷えたようだ。




 各々の自室からタオルケットを持って来て、最後の一人に掛け終わった頃、ちょうど柚月から連絡が入った。


【鳥海くんが、中庭くんのシャーペンを入手。取り急ぎ】


 入手......借用ではなく? どういうことだろうか?


 まあ詳しい話は明日聞くとして、【了解♡】と......




ピロン


 ん? やけに返信が速い。


【今からいつもの場所に集まれますか?】


 何だ? 今回はそんなに重要案件なのだろうか?自室に向かいながら手早く【すぐ向かう】と打ち、送信して気が付いた。


 誕生日プレゼントを完全に渡しそびれてしまった。


 とりあえず、分かるように置いておこう。目ざとい姉のことだ、すぐに気付くだろう。ついでに、言いそびれていた「おめでとう!」をクリーム色のテディベアに託し、俺は実家を後にした。



 住宅街を抜け、少しさびれた商店街を通り、早歩きで駅に向かう。


 湿った空気を含んだ生暖かい風が、頬に当たる感覚がやけに気持ち悪い。


 セミメディと言えど本職は学業であるため、学校にいる時間以外で呼び出されるのはごく稀だ。それに、公私を分けることはメディエーターにとって重要であり、これは、ボスのポリシーでもある。


 つまり、呼び出されたということは相当ヤバいことが起こる、または起こっているということ。


 ピピッという機械音を聞き、ホームへと駆け上がる。


 少し息を切らしながら電車に飛び乗ると、そこにはボックス席から外を眺める制服姿のうぐいすと、彼女の隣の席に誰が座るかと揉めている大学生たちがいた。


 彼らの横をスッと通り抜けて隣に座り、大きめに声をかける。


「......あらっ、奇遇ネ! こんばんは」


 いくら恋敵とはいえ、ピンチになりかけている女の子を見捨てることはできない。まあ彼女の場合、ピンチになりかけていることすら気付いていないようだが......。


「こんばんは、監査委員長。私も今日は用があって先に帰ったのですが、慎吾から連絡が入って......」


「あたしもよ、時間外に呼び出されるなんて久しぶりだわ」


「中庭くんのシャーペンってそんなにマズい物なのでしょうか?」


「どうかしらね......? 慎吾ちゃんは何も言ってきてないの?」


「それが......。シャーペンを入手したってだけで、詳細は後ほどとしか送られてきてないんです」


 大学生たちを横目でけん制しつつ、ボスの思考を推理する。


 文章として残しておきたくないほど生徒が持っているとヤバい物なのか、それとも説明が複雑になることを予想して敢えてチャットでは説明させていないのか。もしくは、両者か。


「中庭くんのシャーペンは、文章化したくないほど生徒が持っているとマズい物なのでしょうか? それとも説明するのが難しいのでしょうか? またはどっちもとか......」


 さすが、と言うべきか、テレパシーか! とツッコむべきか。


 その時、ちょうど電車が曲道に差し掛かり、通路に突っ立って何にも掴まっていなかった大学生たちが、ボックス席の方に倒れてきそうになった。


 そして、その直後


カタンッ コロコロコロコロ


 という音が聞こえ、うぐいすの足元に見覚えのあるの何かが転がっていった。


「ちょっと、ごめんなさいね」


 と言いつつ、念のためハンカチを被せを拾い上げる。


「これって......」


「ええ、全く一緒だわ」


 良く見ると、芯の濃さを示す小窓には小型カメラ、持ち手部分より上には千鳥格子状に散りばめられた小型ソーラーパネル。


 間違いなく、だ。


 日本のものづくりの技術がに使われているとは。


 大学生たちをチラリと見るとあからさまに目を反らされた。


「ちょっとそこのお兄さんたち、これがどんな物か教えてもらってもいいかしら?♡」


「はぁ?! 何だよそれ、俺たちのじゃねぇーけど?」


「あら、そうなの? じゃあ、このまま警察に届けようかしら? きっと指紋がベッタリついてるから持ち主もすぐわかるわネッ! あたしってなんて良いレディなのかしらっ♡」


「ちょ、ちょっと待て!」


「あら、なにかしら?」


「それが何かも、使い方も教えてやるから! なっ? 警察には届けないでくれっ! 頼む!!」


「本当に~? じゃあ、あたしたち次の駅で降りるから一緒に降りてそこで教えてもらえるかしら?♡」




To be continue

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なんで、俺が。なるべくしてなったメディエーター 藤堂棗 @natsumecholo

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