視線は始まり
次の日の放課後
「これより持ち物検査を始める」
いつもより何倍もハリのあるボスの声が教室全体に響き渡る。
紺色の細いフレームのメガネをかけ、シャツを七分丈ぐらいにまくり、きっちりとベストを着こなしている。昨日、俺が持ち物検査を打診した時とはまるで別人だ。
今はちょうど、うぐいす、いや、東雲凛のクラスで持ち物検査が行われている。俺はそれに生徒会役員として、柚月と同行しているわけなのだが......。
正直、業務を半ばほったらかしにして東雲凛をガン見している柚月が気になって仕方ない。
「ゆづちゃん?」
「なんですか? 蒼さん」
「手が止まっているわよ。いくら意中の人がいるからって業務をほったらかすのは良くないと思うわ?」
嫉妬するなんて格好悪いと思いながらも、小声で柚月をたしなめた。
業務と言っても、特に校則に反するものが入ってなければ○、入っていれば×と記入し、何が入っていたかをメモするだけ。しかも俺と柚月で記入漏れがないように二重に記入しているので、柚月の目がハートマークになっていても、手が止まっていても問題はない......が、俺には問題がある。
東雲凛、俺には顔の整った普通に可愛い女の子にしか見えないが、彼女の何がそんなに柚月を惹きつけるのだろうか。
セミロングのゆるふわな黒髪、上向きにカールした睫毛、少し茶色がかった目にローマ鼻、厚すぎず薄すぎない唇、そして整った姿勢。
たしかに、彼女にしたいランキングの上位に食い込めるぐらいの容姿を持っているのは事実なのだが、性格はイマイチつかみづらい。
ただ一点、不愛想だということは分かっている。
やはり柚月を惹きつけているのは、俺が知らない彼女の性格なのだろうか。
それにしても、これだけ見つめられて気付かない東雲凛も東雲凛だ。もし本当に気付いていないのなら、彼女はある意味でセミメディ失格だ。
そんなことを考えながら○×を記入していた時、視界の端でボスの動きを慎重に観察する男子生徒を見つけた。
一度も親に反抗したことがありませんと顔に書いてあるような、大人しそうな真面目君、第一印象はそんな感じだ。
彼は誰だ? 気付かれないよう小さなモーションでリストをめくり、席順と出席番号を照らし合わせて名前を確認する。
なかばまこと。俺は脳内で名前を反芻した。うん、苗字は気になるけど真面目君にピッタリな名前だ。
なぜ彼はあんなにボスの動きを気にしているのだろうか。何か隠し持っているのだとしたら、早々に対処しなければならない。
リストを確認したが、幸いなことに彼の持ち物検査はまだ済んでいない。とりあえず、ボスにアイコンタクトを送ることにした。
「蒼さん、何かあったんですか?」
業務をほったらかしにしていても、こういう時は鋭い。ボスへのアイコンタクトが終わった瞬間に柚月が話しかけてきた。
「えぇ、28番の生徒が気になるわ。さっきからボスの動きをずっと気にしているみたいなの」
「なるほど、少し調べる必要がありそうですね」
「持ち物検査をする前に何か隠されても困るわ。こっちは一人で十分だから、教室の後ろから様子をうかがってみてもらえるかしら?」
「了解しました」
「あたしもマークしておくからお願いね♡」
柚月が俺の隣を離れてから数秒もしないうちに、不意に鋭い視線を感じた。
誰の視線だ? あの真面目君か?
俺は視線を感じてもすぐには視線を合わせないようにしている。なぜなら、視線を送ってきている相手が女子だとしたら敢えて振り向かせようとしている可能性が高いからだ。
これは姉たちからの受け売りだが、好きな男子に視線を送ってその男子が振り向いてくれたら脈ありなんだとか。
男子の代表として言っておこう。それは、ほぼない。
視線を送られた相手が送った相手に気があるなら話は別だが、むしろ振り向くのは、その視線を送ってくる相手が誰なのかをを知りたいだけであって、そこから恋愛に発展するというのは男子全員に共通することではない。
さて、そろそろ振り向いてもいいだろう。視線を感じたとき特有の肌のピリピリ感が無くなった。
リストから顔を上げ、不自然にならないよう教室全体を見渡してから視線を感じた方を向いてみる。
その時、さっきと同じ鋭い視線を感じた。
少し茶色がかった目と俺の目が合う......
大丈夫、絶対に恋は始まらない。
一体何の用だ、東雲凛。
彼女の口が薄く開き、何かを口パクで伝えてきた。
「な・か・ば・の・し・や・ぺ・ん」
なかばのしやぺん、中庭のしやぺん。あぁ、中庭のシャーペンか。それがどうかしたのだろうか?
中庭の机の上を見てみると、何の変哲もない銀色のシャーペンの持ち手部分より上だけがパンパンに膨らんだ紺色のペンケースから飛び出ていた。きっと家用のシャーペンでも間違えて持って来てしまったのだろう。
この時の俺は、そんなふうにしか考えていなかった。
そうこうしているうちに、全員の持ち物検査が終わった。中庭にも特に問題はなく、めでたしめでたしかと思いきや、教室を出て階段を下りようとする俺のシャツの襟を誰かが引っ張った。
もしや柚月か? でも襟を引っ張るのは可愛くないぞ! と思いながらも頬が緩みそうになるのをなんとか耐えて振り向くと、そこには、うぐいす、いや東雲凛が立っていた。
「監査委員長......私の口パク、読み取れてなかったのですか?」
「いいえ? 読み取ったわよ? 中庭のシャーペンでしょ?」
「そうです、中庭くんのシャーペンを調べた方が良いと思います。あのシャーペン、いつもペンケースから飛び出ていて、中庭くんの周りに男子生徒が集まる時だけ、ペンケースから消えているんです」
「それは、変ねぇ。でも、いくらあたしでも顔見知りじゃない男の子からシャーペンを借りてくるのは無理よ? 女の子ならまだしも」
「......そうですよね。分かりました、慎吾に頼んでみます」
「それがいいわ。慎吾ちゃんなら誰とでもすぐにお友逹になれそうだし。何かあったら連絡してちょうだい、今日は生徒会室に寄らないで久々に実家に帰る予定なの」
「了解しました」
「じゃあ、よろしくネッ!」
階段を下りながらボスと湊に連絡を入れる。
中庭のシャーペン、一体何のためのものなのだろうか。俺自身で調べたいところだが、4番目の姉の誕生日会に参加しないわけにはいかない。
とりあえず柚月にも、連絡を入れておこう。中庭と学年が違う慎吾だけだと心配だ。
柚月をサポートに付かせて、俺のところにも随時情報が来るようにすれば、何もしないよりかは状況も把握しやすいだろう。
そういえば、何も誕生日プレゼントを用意していなかった。今年は、何が良いだろうか......。
To be continue
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