第15話 また今年も!!
「タマさん、これを
女将さんがタマさんに声をかける。
作ってくれたおせち料理をキッチンから手渡されて、タマさんはお
すったもんだの一日から
俺は形ばかりの大掃除に
正月飾りは今年は飾らないつもりだったが、お二人がニコニコと用意してくれたので何も言わないことにした。
「おや、お
そう言って、
「家司くーん!せっかくお二人が用意してくれたのにそういうこと言わないの!」
だが彼は、俺が慌ててした注意など
「だって、これは逆に言わないと失礼かと思って」
家司くんのいらぬ
「俺一夜飾りって知ってたんだけど、一応、必要かなって思ってさ……余計なことしたか?」
「そんな文化もありましたねぇ、
申し訳無さそうにする酒吞さんと、家司くんよりも
「俺もそう思います。せっかくお二人が用意してくれた正月飾りですから、歳神様にも見てほしいんです。それに取らずにずっと飾っていれば一夜飾りじゃないでしょう?」
そんな一休さんのとんちみたいな意見が通用するかはわからない。
けれど俺は飾りが遅れたことを心のなかで歳神様に頭を下げて鏡餅を飾る。
「ふふふ、大丈夫ですよ。心の持ちようですから」
食材を取りに来た女将さんが、俺たちに明るく声をかけて笑った。
「あ、俺もお手伝いします」
女将さんが手に持とうとした荷物を持って声をかける。
「大掃除は大丈夫ですか?」
「一応、切りが良いのでここまでにしようかなと。これ以上広げてしまうと取り返しがつかなくなりそうですし」
俺がそう言うと女将さんは楽しそうに微笑んでキッチンに俺を誘う。
「ふふふ、じゃあ、お願いしますね」
慌ただしくも穏やかな時間が流れていく。
「わたしもぉ、お手伝いしますよぅ!」
聞き慣れた
「小娘、何しに来やがったんですか?」
女将さんが笑顔のまま問う。
「お手伝いでーす!」
「そうではなくて、さっさと帰れと言っているんですよ、小娘」
「だってぇ、せんせぇのことは解決しましたけどぉ家司さんがぁ、心配じゃないですかぁ!」
昨日、しきみさんを家へ送ろうとしたのだが、バスや電車は
帰りたくないと騒ぐしきみさんのためにまるで世界が味方をしているようだった。
結果、しきみさんも
昨日はこってりと
そして、今日になってもしきみさんも当然のようにここにいて、一向に帰る
俺から言うのも、叩き出すようでなかなか難しい。
そのまま今に
お茶のおかわりを取りに来た家司くんが、じっと冷たい視線を送ってくる。
「なんだい?説教は昨日だいぶ受けたと思うけど」
大げさにため息を吐いてから、家司くんが
「ほんと、先生の
「家司くん、言い方!!言い方には気をつけてくれないか!?」
冷ややかな空気を身にまとい、じっとこちらに顔を向ける俺の担当が怖くて目を合わせられない。
「……ごめんなさい」
俺の
ここって誰の家だっけ、と思ったが決して口には出さなかった。
「物書きさん、それではこの料理をタマさんとお重に詰めるのを手伝っていただけますか?」
俺はすぐに返事をして、女将さんとタマさんのもとへ向かう。
キッチンに入ると、なにやらこちらに背を向けてこそこそとしているタマさんの姿が目に入った。
もしかして、と俺が思ったと同時に、女将さんが彼女の頭を
キッチンの前にスパーンッ、と大きな音が響いた。
「つまみ食いしない。お
「ごほっ!!女将さんっ!と物書きくん!!」
慌てて振り向いたタマさんは頭をおさえながらも、目があった途端ににこやかな笑みを浮かべる。
「物書きさんはタマさんがつまみ食いしないように見張っていてください。タマさんはこれ以上食べたら年越しそば無しです」
「うえーーん!!」
悲しむタマさんを
キッチンの奥では、女将さんが
その隣でしきみさんが食器を出したり、使ったものを洗ったりしている。
もしかしたら案外、気が合う二人なのかもなと思ったが、女将さんには怒られそうなので口にはしないことにする。
「すごいですねぇ、ぜーんぶ手作りなんてぇ。うちの母はぜんぶ
だから作り方なんて一つも知りません、と寂しそうに笑うしきみさんを、その場にいた全員がみつめた。
タマさんは困ったような表情を浮かべ、女将さんは何事もないと言った様子で言葉を返した。
「私は料理が好きだから作るだけです。作れない人なんて今は珍しくないでしょうし、作りたいならいくらでもレシピがありますよ。ただ作るより市販品のほうが
フライパンを器用に動かしながら、しきみさんと目を合わすことなく女将さんは言う。
「出来合いが悪いわけじゃないよ。何に
彼女の先程の表情を思いながら、俺は
「母は料理が得意な人じゃなかったんですよぉ、でもいつも年末は家族でゲームして楽しく過ごしてましたし、母のことも大好きですけどぉ。ただおせちって手作りできるんだなって思って」
静かにおせちをみつめるしきみさんに微笑んで言葉を続ける。
「なら、しきみさんのお母様は苦手な料理に時間を
俺がそう言うとしきみさんは、ぱっと顔を明るくして
「はい!きっとそうです!!せんせぇ!!やっぱり大好きですぅ!!」
「あぶ……こら、あぶないですよ!しきみさん!料理!!料理が落ちちゃいますから!」
キッチンから抱きつこうとするしきみさんを必死に止めながら、女将さんをおずおずと見る。
「ふぅ、まったく。物書きさんは天然たらしさんで困ります。でも……あなたのそういう優しいところも愛しているので、私も困ったものですね」
優しく耳元で
「ほら!次の料理来ないと食べちゃうぞぉ!」
タマさんの言葉に、女将さんは何事もなかったかのようにさっさとおせち作りに戻ってしまう。
「俺、ちょっと酒吞さんたちの用意してくれたしめ飾り飾ってきます」
真意を問う間もあたえてもらえなかった。
俺は誰にもこの顔をバレないように、顔を手で
冬だというのに、体が熱くて風が心地よく感じる。
冬の風が俺の熱をそっとゆっくり冷ましてくれた。
部屋に戻ると、テレビ番組のことでしきみさんとタマさんが言い合いをしていた。
どうやら、見たいバラエティ番組のことで
テレビのリモコンを取り合っている。
「こら、そこまでにしとけって」
酒吞さんが二人を窘めた時、良いタイミングで女将さんが美味しそうな匂いを
「みなさん、年越しそばができましたよ」
タマさんとしきみさんが二人同時にリモコンを手放し席につく。
家司くんが下に捨てられたリモコンを拾い上げ、定番の歌合戦にチャンネルを変える。
「家司くんはこれなんだね」
「いいえ?」
「ん?」
俺が不思議そうに彼を見ると、家司くんはふわりと
「先生がいつもこれでしょう?」
そう言って家司くんも、お蕎麦を食べるために席につく。
いつも好き勝手しているようで、きちんと俺を見てくれている。
本当にこの人には
そう思いながら俺も席についた。
年越しそばは、じんわりとお
そして、お蕎麦の横にはちょこんと卵焼きが
「実はおせち用に作ったんですけど作りすぎてしまったので」
女将さんが少し照れているように笑った。
お蕎麦を
そして、お出汁の匂いがたつお
じゅわりとうまみが口の中に広がっていく。
「天ぷらは、サクサクなのもこちらにありますからお好きにどうぞ」
女将さんの持った皿には、大きな海老の天ぷらやかき揚げが山盛りにのっていた。
「人数が多いのに食器が足りなかったですね」
俺が申し訳なく思いそう言うと、女将さんはにっこりと笑って言う。
「いいじゃないですか、それも楽しい思い出になりますよ」
「ねぇ、せんせぇ!卵焼き美味しいよぉ!!」
そう、しきみさんに声をかけられて俺も卵焼きを口に運ぶ。
そういえば、俺が最初に女将さんのお店で食べたのも卵焼きだったよな。
俺はそう昔ではないことなのに懐かしく感じた。
あの日から、俺の人生は大きく変わったよな。
大変なこともあったはずなのに、楽しいことしか思い浮かばない。
これからの人生が、楽しみで仕方ない。
もうあと数時間でおとずれる新しい年が、
俺はこの幸せに
「先生、もうすぐカウントダウンが始まりますよ」
酒吞さんたちと何気ない話に花を咲かせていると、家司くんが声をかけてくれた。
「もう!?」
いつのまにか歌合戦も終わっていたようだ。
あとで、家司くんに結果を聞こう。
そんなことを思いながら、慌ててテレビの前に向かうと、画面には日本にあるいろんなお寺や海外の風景が映し出されていた。
これを見ると年末だなぁと思う。
女将さんに、にこやかに声をかけられた。
「物書きさん、今年はお世話になりましたね」
「こちらこそ!!」
「そうだなぁ、物書きには世話になってばかりだったなぁ」
「何言ってるんですか!それは俺の
「物書きくん!来年もよろしくねぇ!」
「あと数分ですよ!」
「物書きさん、これからも楽しくお話してくださると嬉しいです」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
「せんせぇ!!いろいろぉ、ご迷惑かけちゃったと思うんだけどぉ、これからもよ」
「私たちは、今までもこれからもあまり変わらないと思いますが、よろしくお願いしますね」
しきみさんの言葉を邪魔するように家司くんがずいと前に出る。
「ちょっとぉ!!家司さんのいじわるぅ!!」
騒ぐしきみさんを、心底小馬鹿にしたように家司くんが鼻で笑う。
「そうだね!……しきみさんもよろしくね」
テレビに映る人たちの声がにわかに大きくなる。
見れば1分前だ。
お寺の人が108回目の鐘をつこうとしている。
今年のうちに何かやり忘れてはいないかというような
言葉にできないドキドキを今、みんなで共有している。
「10!!……」
息を整えてから、テレビを見るみんなの顔をみつめる。
「……7!!」
しきみさんを見る。
結局今日も泊まるのかな?
「6」
家司くんを見る。
なんだかんだ言って迷惑かけっぱなしだな。
「5」
ヤギカガチさんを見る。
ヤギカガチさんみたいに頼れる大人になりたいな。
「4」
酒吞さんを見る。
酒吞さんはかっこよくて優しくて、面倒見のいいお兄さんみたいだ。
「3」
タマさんを見る。
タマさんにはこれからも、楽しく笑っていてほしいな。
「2」
女将さんと目が合う。
はじまりはこの人からだった。
これからも、みんなとずっと一緒にいられたらいいな。
「1」
テレビに薄く反射して映る俺たちを見る。
「あけましておめとう!!」
「あけましておめでとうございます!」
「あけおめー!!」
「ハッピー ニュー イヤー!!」
口々に言い合って、誰が何を言ってるのかわからない。
それでもいい。
「今年もよろしくおねがいします」
これからも語られる彼女の話と、これからも続く美味しく楽しい時間と、みんなと過ごす日々。
俺はみんなと過ごす、これからの日々のことを考える。
小説家としての俺と、みんなと笑い合うただ一人の人間としての俺。
そのふたつが幸せなものとなって、喜びと期待を噛みしめている。
遅れてきた青春を俺は
「これから、
「行く行くぅ!」
「おい、タマ!コート!」
「まったく酒吞くんまで、みんなして騒がしいんですから」
「先生、そのついでにこれ捨てて帰りましょう」
「ちょっとぉ!!家司さぁん!?」
「物書きさん、これからもよろしくお願いします。そう、
みんなと過ごしていると
冬の
冬の風の冷たさも
世界では全て色とりどりに
そして末永く幸せに暮らしましたとさ。
ホラ一話 売ります うめもも さくら @716sakura87
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