第15話 また今年も!!


「タマさん、これをはこんでくださいな」


 女将さんが、タマさんに声をかける。

 綺麗に作られたおせち料理を、キッチンから手渡されたタマさんは、おじゅうめていく。

 すったもんだの一日から一夜いちや明けて、今日は大晦日おおみそかだ。

 俺は形ばかりの大掃除にいそしみ、酒吞さけのみさんとヤギカガチさんが、鏡餅かがみもちやしめかざりの用意をしてくれている。

 正月飾りは今年は飾らないつもりだったが、お二人がニコニコと用意してくれたので何も言わないことにした。


「おや、お二方ふたがた。31日は一夜飾いちやかざりになるから、正月飾りは飾らないんですよ?」


 そう言って、家司けしくんは年末特番を見ながらお茶をすすっている。


「家司くーん!せっかくお二人が用意してくれたのにそういうこと言わないの!」


 だが彼は、俺が慌ててした注意などにもかいさず、さらりと言い返してくる。


「だって、これは逆に言わないと失礼かと思って」


 家司くんのいらぬ気遣きづかいで、場の空気が少しばかり冷える。

 不遜ふそんな態度で、まだなにか言おうとする家司くんをとがめるように見ると、不満そうに押し黙る。


「俺、一夜飾りってことは知ってたんだけど、一応、必要かなって思ってさ……余計なことしたか?」


「そんな文化もありましたねぇ、失念しつねんしてました。でも歳神様としがみさまも飾らないよりは飾ってあったほうが嬉しいんじゃないですか?」


 申し訳無さそうにする酒吞さんと、家司くんよりも尊大そんだいな態度のヤギカガチさんから、正月飾りを受け取った俺は、丁寧にたなに飾る。


「俺もそう思います。せっかくお二人が用意してくれた正月飾りですから、歳神様にも見てほしいんです。それに取らずにずっと飾っていれば一夜飾りじゃないでしょう?」


 そんな一休さんのとんちみたいな意見が通用するかは、わからない。

 けれど俺は飾りが遅れたことを、心の中だけで歳神様に頭を下げて、鏡餅を飾る。


「ふふふ、大丈夫ですよ。心の持ちようですから」


 食材を取りに来た女将さんが、俺たちに明るく声をかけて笑った。


「あ、俺もお手伝いします」


 女将さんが手に持とうとした荷物を持って、声をかける。


「大掃除は大丈夫ですか?」


「一応、切りが良いのでここまでにしようかなと。これ以上広げてしまうと、取り返しがつかなくなりそうですし」


 俺がそう言うと女将さんは楽しそうに微笑んで、キッチンに俺を誘う。


「ふふふ、じゃあ、お願いしますね」


 慌ただしくも穏やかな時間が流れていく。


「わたしもぉ、お手伝いしますよぅ!」


 聞き慣れた甲高かんだかい声が、穏やかな空気を破る。


「小娘、何しに来やがったんですか?」


 女将さんが笑顔のまま問う。


「お手伝いでーす!」


「そうではなくて、さっさと帰れと言っているんですよ、小娘」


「だってぇ、せんせぇのことは解決しましたけどぉ、家司さんがぁ、心配じゃないですかぁ!」


 昨日、しきみさんを家へ送ろうとしたのだが、バスや電車は見合みあわせていたし、タクシーはつかまらず、いつも通れる道が進入禁止になっていたりと、なぜか帰り道がことごとくふさがれていて、送ってあげることが出来なかった。

 帰りたくないと騒ぐしきみさんのために、まるで世界が味方をしているようだった。

 結果、しきみさんも急遽きゅうきょこちらに泊まることになったのだが、その時の女将さんと家司くんの視線が痛いのなんのって。

 昨日はこってりとしぼられた。

 そして、今日になっても、しきみさんは当然のようにここにいて、一向に帰るきざしがない。

 俺から言うのも、叩き出すようでなかなか難しい。

 そのまま今にいたる。

 お茶のおかわりを取りに来た家司くんが、じっと冷たい視線を送ってくる。


「なんだい?説教は昨日だいぶ受けたと思うけど」


 大げさにため息を吐いてから、家司くんがあごでしきみさんのことをして、ひとり言のように言う。


「ほんと、先生の警戒心けいかいしんのなさにはいつも驚かされます。女将さんの店に行ってきてもよいとは言いましたが、お持ち帰りしていいとは言った覚えはないんですけどね」


「家司くん、言い方!!言い方には気をつけてくれないか!?」


 冷ややかな空気を身にまとい、じっとこちらに顔を向ける俺の担当が怖くて目を合わせられない。


「……ごめんなさい」


 俺の謝罪しゃざいを聞くと、再び大きなため息を吐いてから、家司くんはお茶のおかわりを持ってソファーに戻っていった。

 ここって誰の家だっけ、と思ったが決して口には出さなかった。


「物書きさん、それでは、この料理をタマさんとお重に詰めるのを手伝っていただけますか?」


 俺はすぐに返事をして、女将さんとタマさんのもとへ向かう。

 キッチンに入ると、なにやらこちらに背を向けて、こそこそとしているタマさんの姿が目に入った。

 もしかして、と俺が思ったと同時に、女将さんが彼女の頭を容赦ようしゃなくはたく。

 キッチンを前にして、スパーンッ、と大きな音が響いた。


「つまみ食いしない。お行儀ぎょうぎが悪いですよ」


「ごほっ!!女将さんっ!と物書きくん!!」


 慌てて振り向いたタマさんは、頭をおさえながらも、目があった途端に、にこやかな笑みを浮かべる。


「物書きさんはタマさんがつまみ食いしないように見張っていてください。タマさんはこれ以上食べたら年越しそば無しです」


「うえーーん!!」


 悲しむタマさんをなぐさめながら、俺はお重に料理を詰めていった。

 キッチンの奥では、女将さんがせわしなく料理を作り上げていく。

 その隣でしきみさんが食器を出したり、使ったものを洗ったりしている。

 阿吽あうんの呼吸みたいなものが、そこにはあった。

 もしかしたら案外、気が合う二人なのかもなと思ったが、女将さんには怒られそうなので口にはしないことにする。


「すごいですねぇ、ぜーんぶ手作りなんてぇ。うちの母は、ぜんぶ市販品しはんひん出来合できあいでしたよぉ……」


 だから作り方なんて一つも知りません、と寂しそうに笑うしきみさんを、その場にいた全員がみつめた。

 タマさんは困ったような表情を浮かべ、女将さんは何事もないと言った様子で言葉を返した。


「私は料理が好きだから作るだけです。作れない人なんて今は珍しくないでしょうし、作りたいならいくらでもレシピがありますよ。ただ、作るより市販品のほうが美味おいしい場合もありますけど」


 フライパンを器用に動かしながら、しきみさんと目を合わすことなく女将さんは言う。

 女将さんの言葉に俺は頷きながら、眉尻を下げたしきみさんに言う。


「出来合いが悪いわけじゃないよ。何におもきを置くかは、人それぞれでしょう?お金をどう使うかと同じように、時間もどう使うかは、その人次第だと思うんです」


 はげます、というわけではないけれど。

 彼女の先程の表情を思いながら、俺は殊更ことさらに、気にすることではないと強調する。


「母は料理が得意な人じゃなかったんですよぉ、でもいつも年末は家族でゲームして楽しく過ごしてましたし、母のことも大好きですけどぉ。ただ、おせちって手作りできるんだなって思って」


 静かにおせちをみつめるしきみさんに微笑んで、俺は言葉を続ける。


「なら、しきみさんのお母様は苦手な料理に時間をついやすより、おせちは買って、時間を有効に使いたいと考えるかただったんじゃないでしょうか。たとえば、その分の時間を、家族とゆっくり楽しく過ごすことにしていたとか」


 俺がそう言うとしきみさんは、ぱっと顔を明るくしてうなずいた。


「はい!きっとそうです!!せんせぇ!!やっぱり大好きですぅ!!」


「あぶ……こら、あぶないですよ!しきみさん!料理!!料理が落ちちゃいますから!」


 キッチンから抱きつこうとするしきみさんを必死に止めながら、女将さんをおずおずと見る。


「ふぅ、まったく。物書きさんは天然たらしさんで困ります。でも……あなたのそういう優しいところも愛しているので、私も困ったものですね」


 優しく耳元でささやく女将さんの言葉に、俺は顔を一気に紅潮こうちょうさせる。


「ほら!次の料理来ないと食べちゃうぞぉ!」


 タマさんの言葉に、女将さんは何事もなかったかのように、さっさとおせち作りに戻ってしまう。


「俺も、ちょっと玄関に行ってきます。しめ飾り、酒吞さんたちが用意してくれているので」


 真意を問う間もあたえてもらえなかった。

 俺は誰にもこの顔をバレないように、顔を手でおおいながら慌てて外に向かう。

 冬だというのに、体が熱くて風が心地よく感じる。

 冬の風が俺の熱をそっとゆっくり冷ましてくれた。


 部屋に戻ると、テレビ番組のことで、しきみさんとタマさんが言い合いをしていた。

 どうやら、見たいバラエティ番組のことでめているらしい。

 テレビのリモコンを取り合っている。


「こら、そこまでにしとけって」


 酒吞さんが二人を窘めた時、良いタイミングで女将さんが、美味しそうな匂いをまとわせてやってきた。


「みなさん、年越しそばができましたよ」


 タマさんとしきみさんが二人同時にリモコンを手放し、席につく。

 家司くんが下に捨てられたリモコンを拾い上げ、定番の歌合戦にチャンネルを変える。


「家司くんはこれなんだね」


「いいえ?」


「ん?」


 俺が不思議そうに彼を見ると、家司くんはふわりとうすく笑って言った。


「先生がいつもこれでしょう?」


 そう言って家司くんも、お蕎麦を食べるために席につく。

 いつも好き勝手しているようで、きちんと俺を見てくれている。

 本当にこの人にはかなわない。

 そう思いながら俺も席についた。

 年越しそばは、じんわりとお出汁だしの良い香りをさせている。

 そして、お蕎麦の横にはちょこんと卵焼きがえられていた。


「実はおせち用に作ったんですけど、作りすぎてしまったので」


 女将さんが少し照れているように笑った。

 お蕎麦をすすると心地の良い音がした。

 そして、お出汁の匂いがしたたるおつゆと、それが染みた天ぷらを頬張ほおばる。

 じゅわり、と美味しさが口の中に広がっていく。


「天ぷらは、サクサクなのも、こちらにありますから。お好きにどうぞ」


 女将さんの持った皿には、大きな海老の天ぷらや、野菜などのかき揚げが山盛りにのっていた。


「人数が多いのに、食器が足りなかったですね」


 俺が申し訳なく思いそう言うと、女将さんは、にっこりと笑って言う。


「いいじゃないですか、それも楽しい思い出になりますよ」


「ねぇ、せんせぇ!卵焼き美味しいよぉ!!」


 そう、しきみさんに声をかけられて、つられたように俺も卵焼きを口に運ぶ。

 むと、じんわりと、お出汁があふれる。

 そういえば、俺が最初に女将さんのお店で食べたのも、卵焼きだったよな。

 俺はそう昔ではないことなのに、懐かしく感じた。


――あの日から、俺の人生は大きく変わったよな。


 たしか大変なこともあったはずなのに、今は楽しいことしか思い浮かばない。

 これからの人生が、楽しみで仕方ない。

 もう、あと数時間でおとずれる新しい年が、どおしくて仕方がない。

 俺はこの幸せにむくいられるように、この幸せをつないでいけるように、人に優しくできるように生きていこうと思った。


「先生、もうすぐカウントダウンが始まりますよ」


 酒吞さんたちと何気ない話に花を咲かせていると、家司くんが声をかけてくれた。


「もう!?」


 いつのまにか歌合戦も終わっていたようだ。

 あとで、家司くんに結果を聞こう。

 そんなことを思いながら、慌ててテレビの前に向かうと、画面には、日本にあるいろんなお寺や海外の風景が映し出されていた。

 これを見ると年末だなぁと思う。

 女将さんに、にこやかに声をかけられた。


「物書きさん、今年はお世話になりましたね」


「こちらこそ!!」


「そうだなぁ、物書きには世話になってばかりだったなぁ」


「何言ってるんですか!それは俺の台詞せりふですよ!」


「物書きくん!来年もよろしくねぇ!」


「今年もまだ、あと数分ありますよ!」


「物書きさん、これからも楽しくお話してくださると嬉しいです」


「はい!こちらこそよろしくお願いします!」


「せんせぇ!!いろいろぉ、ご迷惑かけちゃったと思うんだけどぉ、これからもよ」


「私たちは、今までもこれからもあまり変わらないと思いますが、よろしくお願いしますね」


 しきみさんの言葉を邪魔するように、家司くんが、ずいと前に出る。


「ちょっとぉ!!家司さんのいじわるぅ!!」


 騒ぐしきみさんを、心底小馬鹿にしたように家司くんが鼻で笑う。


「そうだね!……しきみさんもよろしくね」


 テレビに映る人たちの声が、にわかに大きくなる。

 見れば1分前だ。

 お寺の人が108回目の鐘をつこうとしている。

 今年のうちに何かやり忘れてはいないかというような焦燥感しょうそうかんと、来年への期待がおのずとふくらむ。

 言葉にできないドキドキを今、みんなで共有している。


「10!!……」


 息を整えてから、テレビを見るみんなの顔をみつめる。


「……7!!」


 しきみさんを見る。

 彼女は結局、今日も泊まるのかな?


「6」


 家司くんを見る。

 なんだかんだ言って、彼には迷惑かけっぱなしだな。


「5」


 ヤギカガチさんを見る。

 ヤギカガチさんみたいに頼れる大人になりたいな。


「4」


 酒吞さんを見る。

 酒吞さんはかっこよくて優しくて、面倒見のいいお兄さんみたいだ。


「3」


 タマさんを見る。

 タマさんにはこれからも、楽しく笑っていてほしいな。


「2」


 女将さんと目が合う。

 はじまりはこの人からだった。

 これからも、みんなとずっと一緒にいられたらいいな。


「1」


 テレビに薄く反射して映る俺たちを見る。

 そして……


「あけましておめとう!!」

「あけましておめでとうございます!」

「あけおめー!!」

「ハッピー ニュー イヤー!!」


 口々に言い合って、誰が何を言ってるのかわからない。

 それでもいい。


「今年もよろしくおねがいします」


 これからも語られる彼女の話と、これからも続く美味しく楽しい時間と、みんなと過ごす日々。

 俺はみんなと過ごす、これからの日々のことを考える。

 小説家としての俺と、みんなと笑い合うただ一人の人間としての俺。

 そのふたつが幸せなものとなって、喜びと期待を噛みしめている。

 遅れてきた青春を、俺は謳歌おうかしている。


「これから、初詣はつもうでに行きませんか?」


「行く行くぅ!」


「おい、タマ!コート!」


「まったく酒吞くんまで、みんなして騒がしいんですから」


「先生、そのついでにこれ捨てて帰りましょう」


「ちょっとぉ!!家司さぁん!?」


「物書きさん、これからもよろしくお願いします。そう、末永すえながく」


 みんなと過ごしていると

 冬の夜更よふけの暗さも

 冬の風の冷たさも

 世界では全て色とりどりにいろどられ

 そして末永く幸せに暮らしましたとさ。


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