【5】
「やあ、すいません。夜分遅くに」
「いえいえ、呼んだのは僕の方ですから。さあ、外は冷えます。中へどうぞ」
「ああ、すいません。お邪魔します。・・いやあ、やはり社長の邸宅ともなれば、雰囲気が違いますねえ。家具のひとつひとつが、気品に満ち溢れているようです」
「はは、褒めても何も出やしませんよ。さあ、こちらへどうぞ。ああ、それと、ここへ来ることは誰にも口外しておりませんね?」
「もちろんですよ。私も色々と抱えている身です。ええと、・・ここは、地下室ですか?」
「ええ、すいませんねえ。自宅で人と話す時は、どうもここじゃないと落ち着かないもので」
「はあ、・・・これは何ですか?」
「ああ、それはいわばオブジェですよ。ちょっとした芸術品です。変わっているでしょう?」
「変わっているも何も、これは1500tクラスの油圧プレス機ではないですか。それも、見たところ四方向から圧縮できるように改造してある。使われている鉄骨も、明らかに重量鉄骨造だ」
「ははは、いやあ、さすがは日本有数の鉄鋼メーカーの方だ。これは特注品ですからね」
「それにしても、この中央にある金属製の箱は一体何なのですか?まるで、この箱を圧縮し続けているかのようだ」
「それですか?ふふ、何と言ったらいいか・・・、そうですねえ。一族に代々伝わる相続財産、とでも言ったらいいのでしょうか」
「はあ・・・、まあ、それはともかく、お話とは一体何でしょうか?もしや、私の口の堅さを疑っておられるのですか?」
「ははは、そうではありませんよ。少し、お話をと思いましてね」
「私を見くびらないで頂きたい。あの一件は既に情報管理を徹底し、秘密裏に揉み消しています。死亡事故のことを知っているのは、この世界に私とあなただけだ」
「そう気を張らないでください。僕は何も、あなたを疑っているわけではありませんよ。落ち着かれてください。そうだ、紅茶でもいかがです?香りのいい茶葉があるんですよ」
「いえ、だからこそです。私を口封じのために殺すとでも?そんなことはやめた方がいい。私の死体が見つかった瞬間に、あなたは日本に居られなくなるでしょうから」
「はは、殺すだなんて、そんな物騒なことはしませんよ。どうぞ、そこの椅子に掛けてお待ちください」
僕が戻ると、地下室にはもう誰もいなくなっていた。僕は持ってきたブランデーをグラスに注ぎ、一献傾けながらもの思いに耽った。
あれから長い月日が経った。僕は今や、社会的に結構な地位に立つほどの男になった。
それもこれも、この祠のおかげだ。もう祠としては見る影もないが。
最初はベルトや鉄製のクランプだった。祠を見えなくなるくらいガチガチに固定した。
ところが、それらは生贄を供えていく内にボロボロと朽ち果ててしまった。
僕は次に、鉄板とボルトで祠を固定した。ところが、幾日もしない内にそれは錆びついてしまった。
業を煮やした僕は、鉄鋼板と鉄鋼ボルトで祠を固定した後、コンクリートで固めてしまった。完成したそれは、まるで美術館に飾ってあるような工芸品のようだった。
しばらくはそれで持ったが、やがて生贄を供えていく内に、コンクリートにひびが入り始めた。
僕はそれを補修しながら、金属を取り扱う勉強を始めた。なんせ自分の命がかかっているかもしれなかったから、それは必死に勉強した。まさに命がけだった。
やがて、結果が付いてきた。僕は社会をのし上がり、着々と地位を手に入れていった。
僕の道を邪魔する者は全て祠に供えた為、人生において障害を排除することは容易かった。
僕は財力と地位を手に入れ切った後、祠の封印に尽力した。最強硬度を誇る合金で祠を固め、さらにその周囲を超硬度圧縮することで、完璧に祠は封印された。
生贄を捧げる度に祠は、いや、祠の中にいるほにゃらら様は外に出ることを諦めていないのか、1500tもの外圧を押し返している。もう何人か生贄を捧げたら、5000tクラスの油圧プレス機を導入予定だ。
僕の一族は馬鹿だった。迷信に囚われ過ぎるあまりに、封印する方法を模索しなかったのだ。いかに人知を超える力であろうと、現代の科学力を以てすれば、不可能はないというのに。
一族は皆、僕に感謝するだろう。もっとも、僕以外の一族はとうの昔に生贄に捧げてしまったが。
グラスの中のブランデーを飲み干した。僕は静かなところが好きだ。ここは静かでいい。誰もいない。誰も、僕の邪魔をする者はいない。
——————ピキッ。
・・・・ふふ、いいだろう。そろそろ、何もかも上手くいきすぎて、人生がつまらなくなっていたところだ。欲しいものは全て手に入れた。いい頃合いだろう。
ブランデーを注ぎ直すと、祠の前の椅子に向かった。座り込むと、ゆっくりと目を閉じ、ブランデーを口に含んだ。
僕は静かなところが好きだ—————。
—————————————————————————。
贄の祠 椎葉伊作 @siibaisaku6902
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