【4】
僕は中学生になった。
あれから学校に通うようになり、晴れがましい日々を送ることに成功した。
色々と問題はあった。竜二君を失ってリーダーがいなくなったクラスは、竜二君にいつも引っ付いていた金魚の糞が幅を利かせ始めた。
僕は例のごとくその金魚の糞にいじめられたが、本物の金魚と一緒にそいつを祠にお供えした。
3代目のリーダーは僕に優しかった為、祠にはお供えしなかった。
後は先生だけだった。僕は家庭訪問の日に、先生を祠にお供えした。
次々と問題を解決した僕に、敵などいなかった。
僕は高校生になった。
僕はいじめられることはなくなったが、邪魔な人間はみんな祠に供えた。
僕に目を付けてきた不良の先輩や、からかってきたクラスメート、恋敵の優等生や、僕の思いを受け止めなかった女、因縁をつけてきた先生や、そいつを殺している時にたまたま通りがかった老人など、僕の行く道を邪魔するものはみんな祠に供えた。
祠に次々と人間を供えていく内に、僕はあることに気が付いた。
生贄を供える度に、祠は封が解かれていくのだ。
それは釘であったり、麻紐であったりする。一人供えると、ひとつの釘が錆びて朽ち果て、また一人供えると、ひと巻きの麻紐が千切れて朽ち果てていくのだ。
それが何を意味しているのか、僕は知らない。ただ、中にいるものが外へ出ようとしているのではないか、そんな気がしていた。でも、邪魔な人間を都合よく消す快楽には勝てない。中から何が出ようとしていても、僕の知ったことか。
「もう、おやめ」
僕の言う事を聞かなかった担任の女教師を祠に供えている時に、いつの間にか背後に佇んでいたおばあちゃんが言った。
「これ以上人間を供えると、ほにゃらら様が出てきてしまう。虫や動物ならまだしも、お前がたらふく人間を供えたせいで、ほにゃらら様は力をつけ過ぎた。このままだと取り返しのつかないことになる」
いつもニコニコして優しいおばあちゃんの顔は、まるでどこか遠くを見つめているかのように無表情だった。
「でも、おばあちゃんだって、おじいちゃんをほにゃらら様に供えたんでしょう?」
僕はニッコリとおばあちゃんに笑いかけた。
「だったら、いいじゃない。僕も邪魔な人たちをほにゃらら様にお供えしてるだけだよ」
おばあちゃんは無表情のままだった。
「・・・致し方ない」
おばあちゃんは後ろ手に持っていた草刈鎌を取り出した。よく研いだのか、刃は光沢を帯びていた。
「これ以上、ほにゃらら様に力をつけさせてはいかん。外に出すわけにはいかん。幸いにも、釘と紐の封にはまだ余裕がある。お前で最後だ」
僕はおばあちゃんの顔から笑顔が消えたことが酷く悲しくて、泣きそうになった。
大人の笑顔は大嫌いだった。嘘と悪意と下心に満ちていて、大嫌いだった。
でも、おばあちゃんだけは違った。その笑顔はいつだって優しさと温かさと愛に満ち溢れていた。
そのおばあちゃんの顔から、笑顔が消えていた。
「・・・許しておくれ」
おばあちゃんが草刈鎌を振り上げた。
僕はおばあちゃんにもう一度笑って欲しくて、泣きながらポケットのナイフをおばあちゃんの胸に突き立てた。
「こんなことして何になる。やめなさい」
まだ生きているおばあちゃんが足元で苦しそうに言った。
「ほにゃらら様って、一体なんでこの祠に閉じ込められてるの?」
僕は担任の女教師を祠に供えた後、鼻歌混じりにおばあちゃんに聞いた。
「それは誰も知らない。先代の、先代の、そのまた先代の時代からこの祠はここにある。言い伝えられたことは一つ。中のほにゃらら様を外に出すな。それだけだ」
おばあちゃんは相変わらず苦しそうだった。僕はしゃがみこむと、おばあちゃんに顔を近付けた。
「ふうん。ほにゃらら様が何者なのかは知らないんだ。つまんないの。それで、封印ってどうやってするの?」
おばあちゃんはもう言葉を発するのも苦しそうだった。胸の血だまりがどんどん広がっていく。
「・・誰も封印など出来やしない。新たに釘を打とうと、紐で括ろうと、朽ち果ててしまう。誰もほにゃらら様を止められないんだ」
僕はニッコリ笑った。
「なあんだ。釘と紐しか試してないんだ。馬鹿だね。じゃあ、僕がほにゃらら様を封印し続けてあげるよ」
立ち上がって振り返ると、もう担任の女教師は消え失せていた。ぐるぐる巻きにされていた麻紐が、一本朽ち果てていた。
「さあ、おばあちゃんの番だよ」
僕はおばあちゃんを祠の前まで転がすと、刺さりっぱなしだったナイフを引き抜いた。
「じゃあね、おばあちゃん。・・今までありがとう」
僕は祠に背を向けて歩き出した。
「ま———」
おばあちゃんの声が短く聴こえた。振り返ると、おばあちゃんは消え失せていた。
僕以外の人間がいなくなった裏庭は、不気味なほどに静かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます