後編 ——ボト……。——クちゃ……。
席に戻ると、二人はマックフルーリーを食べていた。私のも用意されている。そうそう、クッキーが好きなんだよね。サトオちゃんわかってるう。
その出来る旦那にティックちゃんを渡して、ボトルちゃんを手に抱える。
席に着いてからおや? と思う。
「良いんだっけ?」
私が指をさしてそう言ったのは、カナミが自分の赤ちゃんにフルーリーを食べさせていたからだ。まだ離乳食ってレベルでもないだろうし、そもそもこんな冷たいお腹壊しそうなもの、いいのかな。
「この子、好きなのよねえ」
「えっと」
言葉に詰まった。彼女が幸せそうだったから。赤ちゃんも笑顔だ。じゃあいいのかな。ほら、子育てに正解はないというし、大体からして私が帰ってくる前に旦那がこの光景を見ていないはずないし、もしもダメだったら止めてくれるはずだよね。
と言うか、どういうわけか、彼女の子供が少し大きくなっているように思えた。この短時間で大きくなる? 子供の成長は早いとは言うけど、これはその多分に漏れる。
そのせいなのか、私の手に居るボトちゃんが小さく感じた。果たして彼女の赤ちゃんが大きくなったから私たちの子供たちが小さく見えるのか、私たちの子供たちが縮んだからカナミの赤ちゃんが大きく見えるのか。それはよくわからない。
もう16時を過ぎている。そろそろ干してきた洗濯物が心配なのだけれども、彼女は大丈夫なのだろうか。アサルトライフルトークが止まらない。
相当ストレス溜まってるんだろうなあ。暇とかそう言うのじゃあなくて、言わないとやってられないって言う感じかな。彼女はシングルマザーだ。どうして別れたのかとかそう言う話を聞いたことはない。向こうが言ってこない限り聞いていい問題じゃあないと思っているし。家事も仕事も一人で全部やって、彼女は物すごく偉い。とっても偉い。私は旦那が家事をやってくれるから物すごく助かっていて、だからそんなに偉くない。私と彼女を比べると、世間的に見ても彼女の方が圧倒的に偉いんじゃないだろうか。うーん、なんか悔しいな。私だってズルしているわけじゃあないのに。だって考えてみれば離婚するのは別に彼女らの問題であって、彼女が一方的に被害者ってわけでもないんだろうから。ああ、でも暴力で別れたとかなら話は別か。その辺りもわからないからちょっとモヤモヤする。モヤモヤするけど聞くのも悪いし。こういうときに頑張ってる度数を表すメーターとか、被害度数を表すメーターが欲しいよね。そうすれば、自分のメーターとカナミのメーターを比べられるじゃない。とか言って私の方が圧倒的に頑張ってなくて超絶幸福の方へ振り切れていたら最悪だよね。もう目も当てられない、と言うか表を歩けない。
その、偉いシングルマザーのカナミは、なおもまだしゃべり続けていて、時計を見ると18時を回っていた。あと4時間か。頑張ろう。
「夕飯でも食べない?」
「そうね」
「あなたもいい?」
「そうだね」
また旦那に注文に行って貰った。
しばらく待っていると——というか彼女の話を聞いていると、品物が運ばれてくる。旦那はいつも決まってテリヤキを頼んで、私はフィレオフィッシュを頼む。カナミはビッグマックを頼んでいた。さすがに偉いわね。なんて、器の小さいことを言ってみる。あれ? って言うかまたしてもうちの家計から捻出されてない? とかもっと器の小さいことを考えたけれど、『シングルマザーで愚痴製造機になってる彼女を救うためには、それくらいのことは出し惜しみしちゃあいけないよ』って視線で旦那が私に訴えかけてくる。いやいやこんな微妙なシーンでの以心伝心嬉しくないんですけど。プロポーズのときに散々ボタンを掛け違えて、別れる寸前までいった夫婦がこんなどうでもいいような場面でファインプレーする必要ある?
まあいいや。これ以上怒っても仕方ないし。
旦那がテリヤキを頬張ると、——クちゃ……という性的な音が響いた。彼は別にクチャラーではない。けれどテリヤキとか、汁っ気のあるものを口に入れたときにそう言う音をさせる。それがたまらないと言うのは、私だけだと思うから誰にも言ったことがない。今のは特に良かったなあ。
——ボト……。
あ、しまった。旦那の方を見ながら食べていたせいで落としてしまった。行儀悪いなあ。そう思いながらも、私はよくこれをやってしまう。癖なのかな。これ以上は零さないように、気を付けよう。
みんなが食べ終わると、またカナミの声がマックの店内に響いた。
21時45分。営業終了のBGMが店内に鳴り響く。このBGMは私に安らぎをもたらすものだった。安堵のためか、カナミの赤ちゃんが物凄く大きくなっているように見えた。比較対象物が無いので、どれだけ大きくなったとは言えないんだけれども。
22時、本当にギリギリまで粘って、店を出た。
いやー、本当に長かった。およそ10時間にも及ぶ専守防衛、本当にお疲れさまでした。なにより一番頑張ったのはサトオ君。別に友達でもなんでもない、嫁の友達にずっと付き合わされたのに、ずうっと笑顔で居てくれたんだから。彼を労うためにも、明日の夕飯は麻婆豆腐で決まり。
二人は手を繋いで、両手をぶんぶん振って、まるで小学生みたいにスキップをして家路に付いた。なにか忘れている気がしたけれど、それよりも解放された晴れやかな気持ちの方が強くてそんなことどうでもよくなっていた。
ペットボトルとスティックのりと乾かない洗濯もの 詩一 @serch
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