四 贈物

 日時はもちろんフランソワの誕生日、夜空に牡牛座ヒアデス星団が上がる時刻だ。


 その日、ただ「珍しい動物がいるので見に行こう」とだけ告げ、フランソワを誘ってこの地にやって来た私は、丘の麓に車を止めると、満天の星の下を彼女とともに頂上の遺跡へと向かった。


 幸運にも今夜は雲一つなく、〝悪魔の舞踏園〟と呼ばれる周囲の谷間は草一本生えることのない不毛の土地なので、星空を眺めるのにはもってこいのシチュエーションである。


 以前、下見に来た時は昼間だったため、なんと殺風景な場所なんだろうという印象を持ったが、その荒涼とした地形が夜には良い方向へと働いている。


 また、火山性のガスでも出ていたのか? アーミテッジ博士の資料によれば、かつてはひどい悪臭が立ち込めていたようであるが、今はそれほど強烈ではなく、時折、風に乗って硫黄臭のようなものが鼻腔をかすめるくらいである。


 長い年月の間に薄らいだものか? その程度に収まってくれていてよかった。でなければ、せっかくの誕生日デートが台無しである。


 丘陵部もやはり草木は生い茂っていないため、登るのに苦労することもなく、私達は頂上の遺跡に到着した。


 遺跡とはいっても、古代エジプトのピラミッドのように整然と組み立てられた石造建築物ではなく、円形に立てられた石柱が平たい石を囲むだけの、例えるなら小規模な〝ストーン・ヘンジ〟といったような、そんな素朴な自然石の石組みである。


 表向きにはネイティブアメリカンのポクムタック族の埋葬地と云われているが、以前に考古学調査を行ったところ、出土したのはなぜか白人の骨ばかりだったという……。


 淡い星明りに照らされる、その石舞台の上にフランソワとともに立ち、私は持参した黄金の蜂蜜酒で彼女と祝杯をあげ、魔法の石の笛を吹き鳴らすと、ラテン語版『ネクロノミコン』に記されていたハスターを讃える呪文を唱える。


 ランタンの明かりで金色に輝く蜂蜜酒は、エイモス・タトルの蔵書にあったレシピをもとに醸造したもので、召喚儀式に必要な秘薬もその中に混ぜてある。


 石笛も同様にエイモスの資料を頼りに作成したものだが、アーミテッジ博士の考察によると、どうやらこの遺跡で土着民が行っていた祭祀にも似たようなものが使われていたらしい。


 この儀式を行うに当たり、フランソワには「土地に伝わる、その珍しい動物を呼ぶためのおまじない」だと説明しておいた。肝心なところはぼかしているが、まあ嘘は言っていない。ほぼ真実だ。


 その言葉に、おそらくは僕がふざけて大仰にしているとでも思ったのだろう。彼女もノリよくそれに付き合ってくれて、召喚の儀式は滞りなく進んでいった。


 そうして、その真意を知る由もないフランソワの傍ら、危険が伴うのでおいそれとは口にできない呪文を幾度か唱え終わったその時、星の瞬く頭上の夜空にその変化は現れた。


 ちょうど真正面の天空に煌めく牡牛座ヒアデス星団の方角から、幾筋もの光の線が地上に向かって流れ始めたのである。


 それも10や20くらいのものではない……次第にそれは数を増してゆき、いつしか何百…いや千を超えるまでにも達し、これまでに見たどの流星群も比ではない、大スぺクタクルへと発展した。


「うわあ、すごい!」


「……これは……いったい何が起きたんだ……」


 壮大な天体ショーに目を輝かせる彼女を横目に、私は最初、何が起きているのかもわからず、ただただ唖然とその美しい夜空の光景を見上げていた。


 と、そんな私の脳裏に、唐突にもハスターの声が聞こえてくる。


 いや、〝声〟と呼ぶのは正確ではない。いわゆるテレパシーというものだろうか? 直接脳内にかの者の意思が入り込んで来て、それを私の言語野が言葉に変換して認識したと表現する方が適当かもしれない。


 ともかくも、そのハスターの声・・・・・ははっきりと、私にこう教えてくれた……。


〝我を崇める者よ。望み通り、我が眷属たるバイアクヘーの大群を地球へ送った。彼らは現在、その星に巣くう者どもをすべて滅ぼし、再び地球を我らの支配下へと戻すであろう〟


 ……と。


 そう……あの流星に見えるものはその一つ一つがすべて、ハスターがヒアデス星団の古代都市カルコサより送り込んだ地球外生命体なのである。


 しかも、その目的は、いにしえの騎士道物語に云われるような人間との交流のためではなく、その人間を駆逐し、この地球を旧支配者の手に取り戻すためなのである。


 こんな……こんなはずではなかった……私はただ、フランソワにバイアクヘーを見せてやりたかっただけなのだ……。


 しかし、それはあまりにも幼稚で、浅はかな考えだった……旧支配者の眷属を召喚して、何事もなくすむはずがなかったのだ……旧支配者に関わることなど…いや、それ以前に『ネクロノミコン』を読むことからしてすべきではなかったのである。


 だが、いまさらもう遅い……今、私の目の前では、人類を滅ぼさんとするアルデバランよりの使者が、なおも止まずに降り注ぎ続けているのである。


「……ウォーレス? もしかして泣いてるの?」


 星影の下、涙する私に気づき、怪訝な顔でフランソワが尋ねる。


「ああ。そうだよ……せっかくの誕生日だっていうのに、こんなことになってしまってすまない……フランソワ、君は僕が大罪人になっても愛してくれるかい?」


 無数に飛来し続ける、世にも美しく、そして恐ろしきその光を見上げながら、何も知らずに小首を傾げるフランソワに、私は懺悔の思いを込めてそう尋ねるのだった。


                           (星の降る丘 了)

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星の降る丘 平中なごん @HiranakaNagon

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