Episode.2 咽返る魅惑のキャラメル②


2-3 バレンタインの夜、未紅の部屋



 その日の夜、未紅はばんはんもろくに食べず、すぐに自分の部屋に閉じこもった。

 よるおそくに帰ってきたパパに「はい」とチョコをわたしたらうれしそうにしてくれたけれど、すぐに厳しい顔で「男の子にチョコなんてあげてないだろうな。不純異性交遊なんて、まだ早いぞ」と言ってくる。

 とたん、蒼真くんと樹里先輩のことを思い出して「そんなの分かってる!」と言い捨てて、また部屋に戻った。

 なのに、「そうか、そうか。未紅にはまだ早いよな」なんて、パパは嬉しそうにしている。

むすめしつれんして泣いてるっていうのに、パパの鹿!)

 この一か月間、あんなに楽しかったのに。

 朝も、すごくどきどきしていたのに。

(もう、最悪)

 今まで生きてきて、いちばん最低な一日だった。




2-4 バレンタイン翌日、教室にて



 バレンタイン当日は学校全体がさわがしかったけれど、一日つと元にもどる。

 もう女子はチョコをかくし持って緊張することもないし、男子も女子をちらちらと見ながら意識することもない。いつも通りの朝だった。


「リリコ、昨日は本当にごめん!!」

 一時間目がはじまるまでの短い時間。

 生徒たちが教室で雑談するなか、未紅は手を合わせてリリコに頭を下げる。

 リリコが「やだなぁ、未紅ちゃん、昨日から何回も聞いたよ」としようした。

 昨日、未紅は混乱しすぎて、リリコを待たずに帰ってしまったのだ。

(気付いたらかばんを持って電車のなかにいたんだよね……)

 自分でもどれだけショックだったんだとっ込みたくなる。

 いそいでリリコにれんらくしたが、リリコは「気にしないで、明日学校で」と返信してきたのだ。

 そして会った今朝の電車から、未紅はリリコに謝り通しだ。

「ほんとにもういいよ、未紅ちゃん。……それより、どうしてあんなにあわてて出て行ったの?」

「それは──」


(……リリコになら話してもいいよね?)

 自分で自分に問いかける。

 見てしまった、樹里せんぱいから蒼真くんへのチョコレート。

 それでいてしまった、不安な気持ち。いやな気持ち。

(ぜんぶリリコに話したい。そうしたらすっきりできる気がするもの。……話そう!)

 かくを決めて話しかけたとき、教室がざわついた。


「あれって」「なんで文系とうに!?」「かっこいい!」

 女子生徒を中心に声があがる。

 なんだろう、と未紅が顔を上げると、リリコが顔を赤くして「うそ……」とつぶやいていた。

 リリコの視線が向かっているのは教室のとびら付近だ。

だれか来たの?)

 つられて、未紅も目を向ける。

 そこにいたのは。


「────見つけた」


 蒼真くん、そのひとだった。



(蒼真くんがうちのクラスにいる!? なんで?)

 おどろきすぎて、未紅は声が出ない。

 なのに。

 つかつかと蒼真くんが教室のなかに入ってきた。

 そして話しかける。


「あのさ」と。

 


(蒼真くんが私に話しかけてる……!)

 あの蒼真くんが、どうして未紅に話しかけているのか。

 理由が全く思いつかないし、現実とは思えない。

(まつげ、長いんだ)

 未紅としてはそんなことしか考えられない。

 目の前に、蒼真くんの整った顔が近づく。

 間近で見ても、蒼真くんはやっぱりかつ良くて。

 きれいな黒いひとみに、未紅が映る。

「バレンタイン、ありがとう」と、やわらかい低音が未紅の耳にひびいた。


「え……」

(受け取ってくれたの?)

 しかも、お礼をわざわざ言いに来てくれたっていうんだろうか。

 未紅には信じられない。なにもかも。

 だけど。


 蒼真くんは未紅の混乱なんて知らない顔で、照れくさそうに目をせた。


「……良ければ俺と付き合ってくれませんか?」


(えええええええええ!)


 声にならないぜつきようをあげて、未紅はこうちよくした。


■□■


(蒼真くんが私に告白? う、うそでしょ)

 信じられない。

 まったく、ぜんぜん、信じられない。

 だって相手は、あの〝蒼真くん〟なのだ。


(スポーツばんのうで成績も良くて学校一恰好良くてファンクラブまであって……

 ……そんな蒼真くんがどうして私に!?)


 もう、何か裏があるとしか思えない。

 未紅の気持ちはきゆうじようしようしたり急降下したりで大変だ。完全に冷静さを失っている。


 だけど、やっぱり他人から見ると未紅の表情は分かりにくいらしく。

 なにも言えずに突っ立っている未紅に、蒼真くんは「ごめん」と傷付いたような顔をした。

 きっとたいていの人が思うように、おこっているように見えたのだろう。

 蒼真くんが言う。

「俺、かってに突っ走っちゃって。いやなら──」

「そ、そんなことない!」


 とっさに未紅の口からついて出た言葉だった。

(言っちゃった……!)

 ずかしくて顔が熱くなる。

(でも……事実だもん、言ってもいいよね?)

 自分で自分に言い聞かせる。


 蒼真くんと付き合うのがいやなんて、そんなわけない。

 そんな女の子、きっとどこにもいない。


(それに私は蒼真くんが好きなんだもの)


 どういうぐうぜんか、せきなのか未紅には分からない。

 だけど、このチャンスをみすみすのがしたくはなかった。


 未紅の言葉に、蒼真くんが目を見開く。

「じゃあ」と、蒼真くんが息を吸い込んだのが分かった。


「俺と、付き合ってください──!」


「……!」

 きっぱりと、まっすぐなまなざしで言われて未紅の胸がいっぱいになる。

(本当に、本当なんだ)

 夢じゃない。

 それがうれしくて、でもやっぱり信じられなくて、もう何もかも限界で。


 はい、の代わりに、未紅はコクコクと首をたてにる。

(声なんて出せない。こんなとき、なんて言えばいいのか分かんないよ……!)

 体中が熱くて何も考えられないのだ。

 すると。


「良かった……!」


(え?)

 ほっとした声で言って、蒼真くんががおを見せた。

 嬉しそうに、幸せそうに。

 とても、楽しそうに。


(蒼真くんのこんな嬉しそうな笑顔、はじめて見た……!)

 どちらかというと、いつも無表情なイメージのほうが強い。

 ときどき未紅が見た笑顔だって、もっと大人っぽいやさしい笑みだ。

 相手をいたわってくれる、いやしの微笑ほほえみ。

(だけど、いまの蒼真くんはまるで子供みたい)

 安心しきって、全身で喜んでいる。

(蒼真くんも、こんな表情するんだ)

 知らなかった蒼真くんの表情。

(それを見せてくれたのは……私が、付き合うことにOKしたから?)


「……っ」


 むずむずと、心臓の反対側のあたりから何かがい上がってくるような気がする。

 もしかしたら、これが〝おもはゆい〟っていう気持ちなのかもしれない。

(嬉しいような、恥ずかしいような)

 自分の存在で蒼真くんがちがう面を見せてくれたのだとしたら。

 そんなにも、蒼真くんにえいきようあたえているのだとしたら。

(……そんなの、ときめいちゃう……!)


 どきどきしすぎて、何も聞けない。



 蒼真くんが「あらためて」と、未紅をまっすぐに見た。

「俺は2年6組、蒼真怜」

「あ、私、2年2組の初音未紅」

 蒼真くんにつられて、未紅も自己しようかいをする。

 初音未紅、と、蒼真くんが未紅の名前をくりかえした。

(蒼真くんが私の名前を呼んでくれてる……!)

 それだけで、夢の世界みたいだ。

 朝のれいが祝福のかねに聞こえる。


「じゃあ初音さん。これから、よろしく」


 誠実そうな声で言われ、未紅はぼうっとした頭で、またこくこくとうなずいたのだった。



<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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