第23話 そして、ラストシーンへ
土曜の夜と日曜日で、翔太は書きかけの小説をいっきに仕上げた。いや、仕上げようとした。だが、どうしても納得のいくラストシーンを書くことができなかった。
考えてみれば、自分の経験をほとんどそのまま小説にした作品に決着をつけられないのは当然だった。なぜなら、自分自身がこれまでの人生になんの答えも出していないからだ。
バスケからも、春人や成瀬の気持ちからも逃げ出し、かと思えば、逃げた先の異世界でもおなじことをした。そこで受けた期待や好意になんの落とし前もつけずにもどってきてしまったのだ。
何時間も考えつづけた末、翔太は諦めてファイルを閉じた。
いつか思いついたときに最後のシーンを加えるつもりだ。きっとそれは来年のインハイが終わったときになるだろうという予感があった。そしたらまた『カクヨム』に公開しよう。
満足すると、翔太はパソコンの電源を切りかけた。が、ふと思い直し、タイトルを書き換えた。さらに思いつくまま、新たなペンネームを書きたす。
『ラストシーン -君と紡ぐ物語- 植木田亜子』
女性のような名前に意味はない。ただ、ペンネームのアキエダ・コウのアナグラムに漢字を当てはめただけだ。なんせこの作品には、春人や成瀬やイヨのことだとすぐにわかってしまうキャラクターが何人も登場する。
アキエダ・コウ名義でネットに載せて、本人に―――とくに春人に読まれることは避けたかったのだ。
キーボードから手を離し、そのタイトルを俯瞰した。今度こそ満足すると、翔太はパソコンの電源を切った。
「あの、エアルのことやねんど……」
春人がおずおずと切り出したのは月曜の朝だった。待ち構えていたらしく、昇降口に入るなり歩み寄ってきたのだ。
「もう、どうでもいいわ」
いかにも面倒臭そうに、翔太は答えた。
早朝だということがその気持ちに一役買っていたかもしれないが、とにかく本心だった。気遣いや優しさではない。
「どうせあれやろ。ファミレスでおれが小説書いてるって聞いて好奇心で読んでみて、親切心でレビューして、流れでSNSフォローしたんやろ。で、名乗り出るべきかどうか迷ってるうちに引き返されへんようになった、とかそんなしょうもない話なんやろ?」
「よくわかるな……」
「おまえの行動にそんな面白おかしいオチなんかあるわけないと思ったわ……」
ふたりは歩きだした。
階段の踊り場で背後を一瞥し、春人がついて来ていることを確認する。やけにソワソワしているのは、あの告白のせいだろうか……? いやいや、余計なことは考えず、いまはやるべきことだけをやろう。
階段をのぼりきったところで立ち止まると、翔太はおもむろにふり返った。
A5サイズの紙をすばやく鞄から取り出し、それを春人の目のまえに突きつけた。
「え? まさか……」
息を呑む春人に、翔太は言った。
「そういえば」と、不自然な前置きを入れてしまったのはご愛嬌だ。咳ばらいをひとつしてからこうつづけた。「バスケ部の顧問にこれ出しといて」
言うがはやいか、春人は差し出された入部届を乱暴にひったくった。
「やっと戻る気になったん⁉ バスケやる気になったんやな⁉」
「べつにそんなんちゃうけど!」翔太は念を押すと、春人に背を向けて歩だした。「ただおまえに勝った気になられたままなんが嫌なだけや」
「おれべつに勝った気になんかなってへんよ!」
「言っとくけどな、一昨日おまえが勝ち越せたんは、後半おれの体力が持たんかったらや。基礎体力戻ったらおまえなんかに負けへんからな。じっさい、最初の三本はおれが決めてんし―――」
「はいはい、わかってるわかってる」翔太に追いつくと、春人は呆れたように言った。「ほんま負けず嫌いやねんから……」
「ああ⁉ おまえ馬鹿にしてんのか!」
ふたりのあいだにイヨが割りこんできたのはそのときだった。気づいたときには、イヨに入部届を取り上げられてしまっていた。
「アッキーやっぱりバスケ部戻るんや」入部届をひらひらさせながらイヨは言った。やっぱりという言葉が引っかかったが、ほんとうに耳を疑ったのはつぎの台詞だった。「計算通り―――」
翔太の脳は急速に回転をはじめた。一連のできごとに欠けていた最後のピースがやっとうまる予感がしている。
だが、さらなる邪魔が入り、思考は一時中断した。
「え、なに秋山、やっぱりバスケやんの?」
声にふり返ると、長谷川と中島だった。そのあまりに自然な態度に、翔太は喧嘩別れしたままだったことも忘れて訊き返した。
「やっぱりってどういう意味やねん?」
「いや、だって浅野さんが言っててん」長谷川もすっかりいつもどおりだ。「エアルのためにおまえをバスケ部に戻す、とかなんとか……意味はようわからんけど……」
数カ月にもおよぶできごとの謎がすべて解けた瞬間だった。
思えば、イヨははじめからエアルを助けたいのだと言っていた。そして、そのエアル―――春人はずっと自分をバスケ部に戻したがっていた。つまり、はじめから仕組まれていたということだ。
気がついたとたん、全身の力が抜けた。その無駄に。その労力に。たったそれだけのためにどれほど遠回りしたことか―――!
とはいえ、イヨの計画どおりことはすすんでしまったのだから、翔太にとやかく言う権利はないし、本人が当初言っていた、「異世界で人助け」をすることに成功したのだという見方もできなくもないような気がしないでもない。
「つまり成功したってことや?」
「もちろん!」
イヨと長谷川の能天気コンビがハイタッチを交わした。
翔太の苛立ちが爆発したのは言うまでもないだろう。
「お前らなあ! ふざけんなよ!」怒鳴ってから、こんどは春人に顔を向けた。「おれやっぱバスケ部入るのやめるから!」
「ええ⁉ またそんな子供みたいなこと言って!」
「だれが子供やねん!」
「いや、どう考えてもガキやろ」
「ほんまそれな」
突っ込んだのは中島で、すかさず相槌を入れたのは長谷川だった。
廊下に響き渡る翔太以外の四人の笑い声は、予鈴が鳴るまでつづいた。
ラストシーン -君と紡ぐ物語- 植木田亜子 @ccb43601
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