まず一言、名作です。
…暴力的な意味での『強さ』が価値を消失した現代であっても、それを重視する生き方に囚われた格闘という表現は残っています。
もはや本当の意味での戦いの道具でもなければ、極めて例外的な一部を除き、名誉も金も手に入らない過酷な生き方が、格闘=強さを生業とすることです。
日本国内にもさまざまな武道、武術、格闘技が存在するものの…。
競技人口や資本の貧弱さ、閉鎖的で内向きの精神によりガラパゴス化して似て非なる価値観を持っているはずの他者と、共生することさえ難しい。
銃や兵器には勝てないが『実戦的な強さ=最強の力』に憧れ、技を磨こうとも金にも名誉にもならず、邪悪な暴力との混合を拒絶するも、完全な隔離には成功しない。
格闘=強さに生きれば、あまりに得るものは少なく、苦しみと葛藤を抱えることになる。
それでも、好きだからやめられない。
その現実を、格闘家たちの生きざまを使い、現代のファンタジーとして描き切る稀有な名作です。
さまざまな角度からの強さが描かれます。
プロレスの明るさと苦労、柔道の歴史、ストリートファイトの雑さや、生業としての暴力の残酷さ、悲惨な生い立ちの主人公を包むようになる心の強さまで。
格闘ではない範囲にまで及ぶ、強さについての哲学的な追求をしつつも、現代のファンタジーとしての面白味がある。
マニアックな範囲の格闘についても、主人公の対戦と日常的な疑問と発見の洞察で綴られていく描写はエンターテイメント性も高い。
『強さ』とは何か。
それに自分なりの答えを持っている方は、この作品で自分の答えと同じものと、全く異なる価値観に触れられるはずだ。
素晴らしいです。よくぞここまで書き上げた。心から賞賛を送りたいと思います。
物語はペルーの貧民街で両親を失ったひとりの日系人の孤児が日本の一人の総合格闘家によって拾われ、日本へと招かれるところから始まります
そして主人公の少年は類稀なる格闘センスを見い出され表のステージで、そして裏のステージで、素手で語り合う戦いの世界へと繰り出します
この物語が凄いのはその世界観の裾野の広さ
自分で小説を書く上で戦闘やバトルというものについて調べたことがある人ならば、そのバリエーションや流派や歴史や由来、古今東西のその種類の多さや奥行きの深さに圧倒されたことがあると思います
だから普通は自分の認識できるところの範囲内で手を打ちある程度のところで引き返すのです
つまり〝これ以上は私には描けない〟と諦めて……
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実際、小説におけるバトル描写は恐ろしく高難度です
必要とする知識が膨大になり、そこに前提となる世界観の上での文明程度や民族や風習なども絡んできます
さらには、体の動き、武器の取り回し、攻撃手段の駆け引き--それらはすべて【三次元の立体空間】の中で行われます
しかしながら小説とは本来1次元です。文章の始まりから終わりまで順を追って流れていきます
それにバトルというのは本来、小説で描く上では恐ろしく相性が悪いのです
だからこそ【書く人間のセンス】が明確に問われることになります
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物語のテーマとなっているのが【格闘技】
しかもスポーツ格闘技としての断片的なものではなく、我々現代社会の中で存在しうる、そして物語世界として許されうる【格闘バトルストーリー】として恐るべきほどの規模を有しています
ですが本作の作者は一切妥協していません。感服するくらいに
だからこそです。この作品は恐ろしく密度が濃いのです。おそらく当世のライトノベルに慣れきってしまっている人は面食らうかもしれません。
しかしです
昔から小説を読んでいた人にも
これから小説を志す人にも
是非読んでもらいたいのです
小説でここまで描けるという事実を
まずは最初の〝墓守〟の前後篇まで読んでみてください。そしてあなたは思うでしょう。
『この先に何が待っているんだろう?』と……
最後に一言
出版社の皆様へ。お願いだから書籍化してください!! 私はこれを紙の本で読んでみたいです!!