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第102話 間話 冬の農民 西山村の与作が普請で稼ぐ
第102話 間話 冬の農民 西山村の与作が普請で稼ぐ
◆―― 作者より ――◆
西山村の与作視点の間話です。
農民を百姓と表現しています。時代を考慮してです。
差別の意図はありません。ご理解のほどお願いいたします。
◆―― 以下、本文 ――◆
「父ちゃん! 行ってらっしゃい!」
「おう! 良い子にしてろよ!」
俺は子供の見送りを受けて家を出る。
俺は与作。
甲斐国の西山村に住む百姓だ。
腹の大きな女房と男の子が二人いる。
武田のお殿様が普請をやっているから行け!
――と村長から言われた。
朝早くに家を出て釜無川に向かって歩く。
まだ、辺りは暗い。
冬だから寒いな。
途中で同じ村に住む若い男衆と合流した。
五人で話しながら歩く。
「ああ、普請か……」
「面倒臭いな……」
「タダ働きで嫌になるぜ……」
まったくだ。
前のお殿様は死んじまって、若い殿様に変わった。
新しい殿様は色々良くしてくれた。
井戸を掘ってくれたり、年貢の掛からない畑を作れとお布令を出したり……。
おかげで今年は日照りが酷かったが、何とか乗り切れた。
あれ?
新しい殿様は良い殿様じゃないか?
俺は村の男衆に新しい殿様の話をしてみた。
すると村の男衆も、良い殿様だと言い出す。
「うーん、武田のお殿様は良いお殿様か……」
「だな、だったら少しくらいは手伝うか……」
「そうだな。ちょくら普請をやるとするか……」
「しかし、釜無川で何をするんだろう?」
俺の疑問には誰も答えられなかった。
釜無川は、よく水が溢れる川で、水が溢れると沢山人が死ぬ。
今は冬で水が涸れているだろうが……。
偉い人の考えることはわからない。
まあ、とりあえず釜無川に行けばわかる。
俺たちは早足で普請が行われる釜無川へ向かった。
釜無川に着くと、お侍様が見たことのない机や椅子に座って帳面をつけていた。
一人一人名前を聞いて帳面に書いているみたいだ。
俺の番になった!
「西山村の与作です」
「うむ。西山村の与作だな。ご苦労である。普請は、もう少し先でやっておる。指示に従ってしっかり働くように」
「へい」
「この普請では、昼メシが出る。遠慮せず食べろ! 旨いぞ!」
「メシが出るんですか!?」
「御屋形様のご配慮である。腹が減っては体が動かぬからな。感謝して食べるように」
「へへ~」
昼メシが出るのか!
こりゃありがたい!
「帰りに日当を受け取るのを忘れるな」
「日当……?」
「何だ? 聞いておらんのか? この普請は銭が支払われる」
「銭がもらえるんですか? 賦役だと思ってました!」
「違う! 違う! 御屋形様はちゃんと銭を払うぞ。毎日仕事が終ったら銭を払う。それが日当だ。そのためにこうして帳面をつけているのだ」
「ありがたいです!」
そっか!
この普請は『雇い』なんだな!
俺たち五人は、帳面をつけていたお侍様に指示された現場に向かって歩いた。
「ええ!?」
「うわ!」
「何だあ……こりゃ……」
「化け物が動いてるぞ!」
「ひええええ!」
俺たちは普請の現場についたのだが、見たこともない大きな生き物が動いているんだ!
でかくて長い腕を振り回して釜無川のそこをさらってる!
俺たちが腰を抜かしていると、お侍様がやって来た。
「怖がらんでもよい。あれは、パワーショベルというカラクリだ」
「ぱ、ぱわ?」
「パワーショベル」
「パワ? ショベ?」
「うむ。あのカラクリで、釜無川の底を掘るのよ」
お侍様の話では、パワショベというカラクリを武田の殿様が持ってきたらしい。
あのパワショベを使って、釜無川の水が溢れないように、川底を掘って、掘った土で堤を築くそうだ。
「この普請が終れば、暴れ川の釜無川も大人しゅうなるぞ! ワハハハ!」
お侍様は、楽しそうに笑った。
確かに釜無川の水が溢れなくなれば、俺たち百姓が溺れ死ぬことがなくなる。
ありがたい話だ。
「それであっしらは、何をすればよいですか?」
「石を拾って、分けてくれ」
「石?」
俺たちは仕事場に割り振られた。
仕事は簡単だ。
パワショベが、川底の土を掘る。
掘った土をダンプという車が運ぶ。
ダンプが運んできた土を、平地に広げる。
俺たちは土の中から、大きな石と小さな石を拾い集めるのが仕事だ。
小さい石は、戦の時に投げる石。
大きな石は、城に使う。
――とお侍様が教えてくれた。
ありがたいことに、軍手という手袋と安全靴という革で出来た履き物を貸してくれた。
おかげで仕事がしやすい。
おまけに『へるめっと』という兜も貸してくれた。
転んで頭を打つと大変だからな。
新しいお殿様は、俺たち百姓にも優しいんだな!
「メシだぞ! 集まれ!」
夢中で働いていたら、あっという間に昼メシだ。
お侍様の指示に従って歩くと、良い匂いがしてきた!
普請場中の百姓が集まってきてる。
物凄い数がいる。
こんなに沢山の人が集まっているのを見たことがない。
「順番に並べ! 器を受け取って先へ進め!」
メシを配るお侍様が声を張り上げている。
デカイ木の器に汁が注がれた。
味噌汁かな?
俺たち西山村の者で固まってメシを食う。
川原の適当な石を見つけて腰を下ろした。
「うめえ!」
「おお! 底に飯粒が詰まってるぞ!」
「これ! 白飯じゃねえか!」
「贅沢だな!」
俺たちは驚いた!
出て来た昼飯は、味噌仕立てで、大根、芋、菜っ葉がタップリ入っている。
そして底の方に白飯が詰まっていた。
かき混ぜて、木のサジですくって口に運ぶと味噌の美味さと白飯の甘味とピリッとした味がする。
「なんか体が温まるな!」
「ああ、温かい汁はありがたいな!」
「なあ、肉が入ってるけど……」
本当だ!
肉が入ってる!
食べて良いモンだろうか?
俺たちの村は山間にあるので、鳥や猪の肉を食う。
滅多にとれないのでご馳走だ。
だから、肉を食べるのは気にならないが、これは何の肉だろう?
肉の種類によっては、坊主に怒られるかもしれない。
「それは猪の肉だ。力が付くから残さず食べるのだ」
俺たちに声が掛かった。
きれいな服を着たお侍の子供が立っていた。
十二、三歳かな?
近くにいたお侍様が走ってきてひざまずく。
「これは! これは! 御屋形様!」
「よいよい! みなの者! そのまま食事をいたせ!」
御屋形様?
えっ!? じゃあ、この子供が武田の新しいお殿様!?
俺たちは驚いた。
土下座しようとしたが、武田のお殿様は『昼飯を食え』、『メシを食いながら話せ』と言う。
大丈夫かな?
無礼だと怒られないかな?
武田の殿様は変わってる。
俺たち百姓に一生懸命話をするんだ。
「米にこだわるな。食える物を畑で育てろ。蕎麦、粟、稗、芋、野菜、何でも良い。土地に合った食物を育てるのだ」
「釜無川の水は抑える。万一水が溢れたら高台に逃げろ。武田の城に逃げろ」
「金を払うから普請に来い。普請に来た日が多いと褒美に暖かい着物や敷物をやる」
「子供が産まれて育てられなかったら、武田家に預けろ。口減らしに殺すな」
武田の殿様は色々話をしてくれた。
どうやら、武田の殿様は、まだ若いけれど色々俺たちのことを考えてくれているみたいだ。
西山村も貧しいからな。
子供が産まれても、そのまま土に埋めて殺すこともある。
口減らしだ。
口減らしするくらいなら、武田の殿様に預けた方が良さそうだな。
武田の殿様の話が終った。
武田の殿様は、他の村の連中の所へ行ってまた話し始めた。
一生懸命だな。
俺はメシを食べ終わると、近くのお侍様に聞いてみた。
「すいません。あちらが武田のお殿様ですよね? 何で俺たちみたいな百姓に話をするんですか?」
「うむ。御屋形様は、民百姓のことを常に考えておられるのだ。今回の普請も民を思ってのことだ」
「ありがたいことです」
お侍様は誇らしげに話し出した。
このお侍様は、戦に行って武田のお殿様と一緒に戦ったらしい。
越後国の長尾ってヤツらが、隣の信濃国に攻め込んで来て、武田の殿様たちが助けに行ったそうだ。
戦には勝って、長尾ってヤツらとは和平を結んだんだと。
「それで長尾家から嫁をもらうことにしたのだ。そこで、この甲斐国から信濃国と越後国を街道で結ぶことになった」
「ははあ。花嫁様がお通りになるのですね?」
「そうだ。だから普請は沢山ある。この釜無川の普請もあるし、街道の普請もあるのだ。普請には銭と食事が出るから、村々から人を誘って普請を手伝ってくれ。稼ぎ時だぞ!」
「へえ。がんばらせていただきます!」
そっか。
遠い越後から花嫁さんが来るのか。
そりゃ道を立派にしなくちゃだな。
俺たちは、午後も頑張って仕事をした。
冬は日が落ちるのが早い。
ボチボチ暗くなって来たところで、今日の仕事は終りになった。
また、お侍様が帳面を持って座っている。
順番に並んで、今日の銭を受け取るのだ。
俺の番が来た。
「うむ。西山村の与作であるな。ご苦労である。御屋形様から銭と握り飯が出ている。受け取るように」
「へえ。ありがとうございます」
銭は二十文もらえた。
一日で二十文なら悪くない。
続いて握り飯をもらう列に並ぶ。
きれいな服を着たお侍の娘が仕切っていた。
「家族の分もあるぞ! 女房や子供にも食べさせるのじゃ! しっかり食べて冬を乗り切れ!」
どうやら家族の分も握り飯をもらえるらしい!
ありがたいな!
周りでひそひそ声が聞こえた。
「あれが恵様じゃ!」
「おう! お殿様の姉様じゃろ!」
「馬に乗って、バッサバッサと敵兵を斬ったそうだ!」
「弓も上手いらしいぞ!」
見た目はきれいな娘だが、恐ろしく強いらしい。
なんとも恐ろしい話だ。
なるほど。
恐ろしい娘が仕切っているから、みんなが大人しく列に並ぶわけだ。
俺の順番になった。
前のヤツにならって、家族のことを飯炊き女に言う。
「女房と子供が二人いる」
「じゃあ、握り飯四つだ」
「腹の中にも一人いる」
「おめでたかい? じゃあ、もう一つ握り飯をつけるよ。奥さんにタンと食べさせな」
「ありがとう。そうするよ」
握り飯は、透明でツルツルした不思議な布に包まれていた。
白くて半透明の小さな布袋に五つの握り飯を入れてもらった。
この袋も不思議な袋だな。軽くて便利だ。
暗い道を西山村の面々と家へ帰る。
日が暮れて寒いが、みんなホクホク顔だ。
なにせ銭二十文と家族の分の握り飯があるんだ!
明日も普請に行こうと、西山村の面々と約束をして別れ、家へ着く。
「父ちゃん! お帰り!」
「お帰り!」
チビが二人、俺を出迎える。
女房は大きくなった腹をゆすって、俺を出迎えた。
「あんた。お帰り。その手に持っている物は何だい?」
「武田のお殿様からだ! 普請に銭を二十文くれてな! 握り飯を家族の分までくれた!」
「へえ! 気前の良い殿様だね!」
話を聞いたチビ二人が大喜びだ。
「握り飯! 食べたい!」
「とーちゃん! 食べたい!」
「よし! 食おう! 一人一つずつだ! かーちゃんは、腹の中に子供がいるから二つだ!」
早速、握り飯を食うと女房が驚いた。
「あんた! こんな美味しい握り飯は初めて食べたよ!」
「旨いな! 猪の肉が入ってるぞ!」
チビ二人も握り飯をほおばって喜んでいる。
「父ちゃん! 美味しい!」
「美味しいよ!」
女房もチビ二人も腹いっぱい握り飯を食えた。
冬は食い物がないから一日一食だ。握り飯は、本当にありがたい。
「ねえ、父ちゃん。明日も普請に行くの? 明日も握り飯を食える?」
「ああ、普請に行くぞ! 明日も握り飯をもらってくるからな! 楽しみにしてろ!」
よし! 明日も普請に行って稼ぐぞ!
そして握り飯だ!
ああ……、武田の殿様は、本当に偉い人だ!
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