第101話 間話 春日山城の長尾為景

 ――越後国えちごのくに春日山かすがやま城。


 越後国春日山城は、長尾ながお家の居城である。

 今日は、長尾家と甲斐かい武田家の婚姻を祝う宴が、春日山城で催されている。

 冬で雪が降っているにも関わらず春日山城の大広間には、越後の国人衆が沢山訪れていた。


 両家の婚姻を祝う宴……といっても、武田家からの出席者はいない。

 この宴は、長尾家の威勢を越後国内に見せつける為に開かれたのだ。


 大広間の上座には、長尾家当主である長尾為景ながお ためかげが座り上機嫌であった。


「では、はじめるとしよう! 皆も知っての通り、当家は甲斐の武田家と縁を結ぶことになった。我が娘のあやが、甲斐武田家の当主武田晴信たけだ はるのぶ殿に嫁ぐ。春になり雪が溶ければ輿入れだ。今日は皆に祝って欲しい。では、乾杯!」


「「「「「「おめでとうございます!」」」」」」


 祝いの宴会が始まった。

 朱塗りの漆器に注がれた酒を、越後の国人衆が喉を鳴らして飲む。


「これは旨い酒だ!」

「旨いだけではなく、澄んでいるぞ!」

「本当だ! 器の底が見える!」


 越後人は酒が好きだ。

 宴で供された酒に、越後の国人衆が好意的な反応を示す。

 長尾為景は酒を飲むために下を向きながらニンマリと笑った。


 長尾為景は越後の守護ではない。

 下剋上をなし得、越後国守護を傀儡とし越後国の実質的な支配者となった。

 だが、立場はあくまで守護代しゅごだいである。

 長尾為景が越後を治める大義名分は弱い。


 だから国人衆を力で支配する必要があるし、国人衆の支持が必要だ。

 宴に招かれた越後の国人衆は、甲斐武田家から提供された酒を旨そうに飲んでいる。


(まずは良し!)


 長尾為景は、早くも手応えを感じていた。


 越後国人衆の中条藤資なかじょう ふじすけが長尾為景に話しかけた。


「長尾殿。随分と旨い酒だが、どこで手に入れなされた?」


「これはのう! 武田の婿殿がワシに贈ってきたのだ! 旨いであろう?」


「ふむ……なかなかですな。武田殿とは干戈かんかを交えましたが? 遺恨いこんは?」


 中条藤資は体調不良を理由に信濃しなの侵攻に兵を出さなかった。

 表向きの理由は体調不良だが、中条藤資は様子見をするために参戦しなかったのだ。


 長尾為景は、中条藤資の探るような視線を感じながらも、いつもの調子を崩さずに機嫌良く答えた。


「ないない! 婿殿はさっぱりした気性でな。弓矢を交えるのは武家の習いと気にしておらん」


「ほほう。それでこたびの婚姻でござるか?」


「うむ! この酒は婿殿の気持ち。甲斐武田家は越後と争う気はないということよ。存分に飲まれよ!」


「ありがたく。おめでとうございまする」


 中条藤資は、揚北衆あげきたしゅうの一人である。

 揚北衆は、越後北西に住む国人衆を指す。

 この揚北衆は、長尾為景に度々反抗している

 中条藤資は、親長尾であったり、反長尾であったりと腰が定まらない男だ。


(だが……揚北衆の中では、一番切り崩しやすい男でもある。この雰囲気だと味方につきそうだな……)


 長尾為景は酒と料理を勧めながら越後国人衆の掌握に努めた。

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