第5話 待ち人は来てしまいましたが
窓の外を眺めながらずっといらいらいらいらいらと足を踏み鳴らしているリリカさんを見ないようにしている私。全く気にもとめていないという風のリヴェルさん。
「ん、ん、ぬほ」
妙な声を上げ始め、ぐいっと四本足で立ち上がるリヴェルさん、眼光鋭く、髭がぴんと立ち、窓の外を見つめるのだった。どうやらおいでのようだ。
「来たな」
「来ましたね。わずか28分。どこにいたんですかね」
「聞いてみればよろしい」
「いやですよ。できれば話したくないですよ」
「ねぇねぇさぁ、来たってなに? どこ? ちょっともうここにいるの?」
一人パニクっているリリカさんはきょろきょろと辺りを見回す。刹那、店の頑丈な本棚が吹き飛び、そして店の壁に大きな穴が空き、粉塵が舞い上がった。ゲホゲホとむせっているリリカさん。さすが女盗賊頭、怪我はないようだ。
「私を呼んだのは誰だ」
未だ晴れない煙の中から低く、刺々しい、そして禍々しい女の声がする。こういう登場の仕方やめてほしいんだよな、とは思いながら。
「はいはい、私です」
「その声は、…」
煙が一気に晴れていく。
「サッドちゃん! 会いたかったよぉぉぉぉぉ」
さっきの声はなんだったんだと思うような愛らしい声を上げてそのメルヘンチックな服装を身に着けた13歳ぐらいの少女が私に抱きついてきた。まるで傍から見たら親と子供である。いや、それだと自身をおっさんと認めることになる、訂正しよう、兄と妹である。
「ひとまずこれ片付けてくれる。毎回毎回お店を半壊させるような登場の仕方されるとさ」
「はいはいはい、ちょちょいのちょい。でさ、」
そのロリ少女は呪文を唱える様子もなく会話を続けるので、
「だから直してから、」
「直したし。だから」
見てみると壁も、棚も、そこに陳列していた商品も舞い上がったホコリも何もなかった状態に戻っていた。これまたしれっと高レベルなことをやってくれる。
「なんでもっと頻繁に呼んでくれないの? 私達あれほどまでに愛し合った仲じゃない」
殺気を感じ私はその場から飛び退いた。野生の勘が働いたと言ってもいいだろう。見遣ると私が今まで立っていた場所に的確にダガーが突き刺さっていた。
「リリカ・シュタンゼルさん、なにをしているんですか?」
「ごめんごめんごめん、外したわ。次は当てる」
床に刺さったダガーを引き抜き、いつもは見せない獲物を狩る目で私を見るリリカさん。
「いやいやいや、当てるじゃなくて刺さるですからね。悪いんですけど、この床も直しておいてくれます?」
「もう直した」
確かに彼女が言うようにもう床には傷一つなかった。
「確認したい。このつるぺた少女は誰?」
「私も確認したかったんだよね、こちらのちんちくりんな小娘はなに?」
「ちんちくりん? 私のことか?」
「他に誰かいたっけ?」
このままだとお店が半壊どころじゃない、全壊いや、町が危険だ。半径100メートル以内にお住まいの人には避難して頂く必要が。
「まあ待て二人共」
今までどこで何をしていたんだと思うほどに存在を忘れていたリヴェルさんが口を開いた。私が作ったお手製のキャットタワーの最上階から見下ろしながら。
「あれれ、リーちゃん。そんなとこで何してるの。降りてきなよ」
「断る。お前にもふもふされると痛いんだ」
「じゃあこうするまで」
そう言うなり身体がふわりと浮かんで少女の胸元にゆっくりと移動していくリヴェルさん、だったが。
がしっ!
リリカさんが宙を移動するリヴェルさんのしっぽをがっちり掴んでいた。
「このお店で勝手なことしないでもらえるかな」
「…サッドに言われるならわかるけど、なんでこの小生意気そうな、実際小生意気な娘に言われないといけないの? ねぇねぇねぇ」
「それは私にもわからないんですよ」
「もう照れちゃって。私の名前はリリカ・アイスレイク。サッドの妻にして、このお店の影のオーナーよ」
「いつからそうなったぁぁぁ」
「前世から?」
刹那、危険を感じた私は店の床を転がりながら、それ、をかわした。粉塵すら舞い上がることはなかったが、見ると、店の床、地面、天井、空、壁が一直線に斬られていた。えぐい、久しぶりに会った人間にやることかねこれが。
「この子が言っていることが事実だとすると私はサッド、殺さないといけなくなる」
「えーと、どうしてそうなる。この子が言ったのは事実無根だから。手も出してないよ。だから落ち着きましょうよ。リヴェルさんが苦しそうなんで離してあげてください」
「え? あ、ごめんリヴェル」
リヴェルをぎゅーーーーっと抱きしめて、そのふくよかな胸元で窒息死しかかっていた猫に憐れみはこれっぽっちも感じはしなかったが、このままここに一人にされるのは絶対的に嫌だ。
「さてとちゃんと紹介しますね。こちら盗賊の頭をやっているリリカ・シュタンゼルさん。道具の素材を集めてくれたりします。で、こっちの、あの、もう攻撃態勢を解除してもらってもいいですか?」
いくつかの術がすぐに発動するのが見てわかった。恐らく私の回答次第によって、この場にいる者が全員塵になる、そんなのが発動する予感がした。
「こちら大賢者アウォラ・ナシバールさん」
「え、待って、アウォラ・ナシバール? え、信じられない。だって彼女生きてたらひゃくに」
動きが見えなかったので説明は省きたいんですが、リリカの首筋には彼女の武器であるダガーがアウォラさんによって突きつけられていた。多分年齢のことを言われたくな、以下略。
「アウォラだよ。ということでよろしくね、きらりん」
「なにか拾って変なものでも食べました?」
「ひどいにゃ。かわいらしさいつもより120%増量キャンペーン中なのに」
「それがかわいいって言ってる男はちょっと頭わいてるんですよ。すみませんがいつもの姿に戻ってもらってもいいですか? ひゃくにじ」
間髪避けたが、すっと右頬を血が伝うのを感じた。右目でちらりと見遣ると、ダガーが壁に見事なまでに刺さっているのが見えた。
「アウォラさんはうちで取り扱いしたくないタイプの商品が持ち込まれて、置いていかれた場合の緊急買取先なんです」
壁に刺さったダガーを抜き、リリカに返しながら説明をした。
「あっちの部屋で着替えてきてもいい? このまま元の姿に戻るとあられもない姿になっちゃうからん、てへってぷろぷろー」
「ドラッグでもやってるんじゃない?」
「あるいは、いや、それはないか」
アウォラさんが奥の部屋に消えて、一瞬ドアの下から光が漏れ、再び私達の前に姿を表した時のリリカさんの驚愕の顔、記録出来ないことが悔やまれる。漆黒のドレスに身を包み、つるぺただった胸はリリカさんと同じぐらいに成長していた。
「なぁに、見惚れちゃった私に?」
「そんなことないです」
「そんなことあるって言っておけよ」
リヴェルさんが私の足元でそんなことを口にした。あなたが呼べと言ったんじゃないですかとは思ったが、実際ああいうアイテムはアウォラさんに託す必要はあっただろう。何事もなく我々が無事に生きた状態で彼女には帰ってもらわなくては。
「これなんですが」
私はカウンターに置いていかれたままの宝石をひとまず触れることなく、アウォラさんに示した。彼女は宝石の上で十字を切ると直接触って一通り確認した。その感想がこれだ。
「ふぅん、つまらないわね」
「えーと、価値はあまりないってことですか?」
「だってこれは呪いのアイテムとかじゃないもの、ただのトラップアイテムよ」
「トラップアイテム?」
「例えば人をダンジョンに誘い込み、迷わせるアイテムとか、一見して宝石と効果が関連づかないしイメージにあわないから呪いだとか何とか言う人もいるみたいだけどね」
「じゃあ、うちで扱っても特に問題なさそうですか?」
「禍々しい赤色は好かんぞ」
「リヴェルさんは黙っててください」
「いや、これにはもう商品価値はないな。一度発動してしまっている。この手のものは一回きりの使い捨てよ」
「そうなんですか。残念」
「発動ってもう誰か使っちゃったってことですよね。普通に燃えないゴミとかに出せばいいんでしょうか」
「それは町役場の人に尋ねてよ。私ゴミの専門家じゃないから。ただここ、見える、この中にいるじゃない」
私とリリカさん、そしてリヴェルさんは顔を寄せ合ってその宝石を見つめた。確かに何かがいる。まるで虫のような。いや、これは、人、まるでそう、魔道士のような男が、その宝石の中に見えた。
「今何を思った?」
最初に口を開いたのはリヴェルさんだった。
「いや、面倒なことになったなぁと」
「この人って、この宝石持ってきたあのおっさんじゃない?」
そう、この宝石を当店に持ち込み、そして忽然と姿を消した彼。どうしてそんなところにいるんですか。助けるとか雑貨屋の仕事じゃないんですよ。まったく。
前世で魔王を倒すまであと一歩でしたが今は善良な市民です 吉岡克眞 @kouteiketchup
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