第3話 はるか昔のことを思い出してますが

「何が魔王だ。そんなのこうやってこうやってこうだ」

 そう酒場で息巻いているのが魔道士ケミール・ゾワイエフ(37・男)であり私の仲間だ。

「飲みすぎよ。いくらなんでも」

 そう言って酒でも飲んでいる空気感漂わせてミルクを啜っているのが勇者ミレイ・トワイエル(21・女)。

 私はこの二人を旅をしてきた。魔王退治、それが目標であり、ゴールだ。それ以降の人生設計など持ち合わせていない。魔族との戦いも魔王城が近づけば近づくほどに熾烈なものとなり、私達と目的を同じくした他のパーティーが既に命を落としている事も知っていた。

「二人ともそのへんで」

 私の役回りはこのときから変わっていない。ちょっと遠くから眺めながら、時に諌めるという。戦闘時も二人には到底及ばない力でどうしてこのメンバーに加えてくれているのかわからなくなる時があるし、同時にそれは自信喪失のきっかけにもなった。その都度彼、彼女は口にした。

「見てて楽しいから」

「話し相手がいなくなるから」

 どうやら私は戦闘の頭数としては含まれていないらしいことを知って更に憂鬱な気持ちになったものだ。

「間もなく魔王城の敷地内に入る。今夜は無礼講じゃぁぁい」

「お前に無礼講されるいわれはない」

「なんだと小娘が」

「まあまあ」

 きっと明日も明後日も、いやもっと先の先の先も、私達はこうして旅をして、喧嘩して、言い合って、ときに傷つけられて、でも笑って、酒を飲んで、トラブルを起こして、謝って、謝って、謝って、謝りまくって、それでも「今日は楽しかったな」と言い合えるようなそんな日々が続くとばかり思っていた。のにである。


 魔王城にいる敵は私達が今まで戦って勝ってきたそんな相手とはレベル、次元が違った。きっと誰もこの敷地に入ったものがいなかったのか、いやいたとして生きて帰ったものがいなかったからだろうか、そういう情報を得ることはなかった。もちろんのこと、私達もきっとここには今までとは比べ物にもならないほど強い敵がいるとは覚悟していた。しかしその覚悟が、その予想は打ち砕かれた。ああ、無理だ。ここからは生きては帰れない、そう、理解した。

「暗い顔してねぇでなんか楽しい話はないのかよ」

 ケミールは身を潜めながら笑ってそんなことを口にしているが、正直あとどのぐらい生きていられるかわからない。腹に数発の魔弾を喰らって風穴があいているのだ。

「喋るな。とにかく今はここを生きて」

 帰ろうと言おうとして私は黙った。帰れるわけがないとわかっているからその言葉が言えなかった。そして私は気づいたのだ、もうケミールが死んでいることに。

「ケミールの具合はどう?」

「そうですね。もう痛みを感じることはなくなったみたいです」

「…そう」

 ミレイはそう言うなり黙った。それだけで彼が死んだことを悟ってくれたようだ。

「私ね、この戦いが終わったら、故郷にある、父さんが経営している雑貨屋を引き継ごうと思っててね」

「へぇ、それは良い計画だね。時折遊びに行ってもいいかな?」

「もちろんよ、ぜひ来てほしいわ」

「その雑貨屋では何が買えるんだい?」

「なんでもよ。例えばねドラゴンを倒す武器でしょう。闇魔法無力化ベルトでしょ、海の水を一瞬で干してしまうスポンジでしょ」

「ははは、それは愉快だ。そんなものと巡り会えるのは勇者パーティーぐらいだよ」

「だから勇者がやっている雑貨屋ってことでね、使えるものも使えないものもあっていいの。その方が楽しいでしょ」

「お酒も出してくれるの?」

「もちろんよ。ゴブリンが作った秘蔵のお酒とか」

「ああ、あれは本当に美味しい。作り方は絶対教えねぇって言われたけど」

「でも、もしかしたら魔王を倒したぞって言ったら教えてくれるかもよ」

「…ああ、そうだなぁ、魔王か、魔王な」

 ミレイは服についたホコリを払い、まだ遠くにそびえている魔王城を見つめると、

「そろそろ行こうか。待たせてるのも悪いし」

「ああ、行こう。あ、ケミールはここで休んでてくれ。ちょっと行ってくるから」

 私は沈黙しているケミールに声をかけた。墓ぐらい作ってやりたかったが、こんな場所で作るのは、正直ちがうしな。ミレイとともに私は魔王城に乗り込んだ。トラップらしいトラップはなく、ダンジョンのような構造もしておらず、ただただまっすぐ走り続け、出てくる敵を一体一体倒すことの繰り返し。さすが勇者だと思いながらその背中を惚れ惚れしながら見ているだけの余裕は私にもなく、ひたすらミレイの攻撃力を上げる魔法をかけたり、シールド魔法で相手の攻撃を回避したりで神経は削られていった。一瞬でも気を抜けば死ぬ。そうわかっていた。だから気を抜いたつもりはなかった。恐らくそれ以上にこの、魔王というのが斜め上をいった戦いをしてきたということだろう。


 魔族をひたすら倒し、奥へ奥へと進み、一枚の扉の前に立った。そこに魔王がいることはこの禍々しいオーラが垂れ流されているのを感じた者には理解できたことだろう。暑くもないのに汗が頬を伝い、顎から流れ落ちる。背中を冷や汗のような嫌な汗が滝のように流れていくのを感じる。

「いい、行くわよ」

 私は頷く。もう言葉も出てこない程に圧倒されていた。そう、私は圧倒されていたのだ。だから、いや悔いてももう遅い。ミレイが扉を開けた瞬間、前方から放たれた黒い光、私は咄嗟にミレイを押しのけた。首筋に鈍い痛みを感じつつ、私はその場に倒れ込んだ。なんと役立たずな存在だろう。……


 倒れている私に誰かが何かを喚いているのが聞こえた。

「息をしろ、息をしろ、いいか、こんなところで死んだら赦さないからな」

 うっすらと目を開けてみる。なんでミレイは泣いているんだろう。にしても体の感覚がない。息をしろだって、息をしなければ死んでしまうじゃないか。あ、俺もうすぐ死ぬのか。大丈夫だ、君の雑貨屋に行くって言っただろう、私は約束は守る男なんだ、と口にしたつもりだったが私の口からは言葉ではなく血がこぼれた。誰かを残していくことがこんなにも辛いものだとは思わなかったな。

 今一度ミレイの顔をしっかりと見ておこうと思い目を向ける。ミレイはいなかった。どこだ、彼女は…私は気づく。遠くで耳鳴りのようなものをずっと感じていたがこれは、ミレイと魔王が戦っている音だ。剣がぶつかりあい、そして魔法が衝突して生まれる音だ。彼女を守らなくては、助けなくては、残っている力も命もそんなにない。私は手をミレイに向けて呪文を唱える。

 どさっ。その音が呪文詠唱に集中している私の横で聞こえた。恐る恐る目を開く。そこにはミレイがいた。いや、ミレイの頭が頭だけがそこに落ちていた。そんな、そんな、そんな、…身体はどこにやったぁぁぁぁぁ。

「この城までたどり着いただけのことはあるが、ちょっと残念だった。もう少し楽しませてくれると思っていたのに」

 まるで本の感想でも述べるように魔王は口にした。人間をなんだと思っているんだ。命をなんだと思っているんだ。

「さて、お前も間もなくその隣で頭だけになっている少女と同じく死ぬだろう。教えてくれ、お前は俺を恨むか。その少女を救えなかったことを悔いるか。それは未来永劫変わらぬか」

 当たり前だ、彼女にはこの戦いが終わった先の未来があったんだ。勇者という仕事を選んでしまったばかりに、魔王という存在があったばかりに、彼女は普通の人生を歩めなかったのだ。それは私も同じだ。このような魔族と人が争い、命を奪い合うような世界だったばかりに、と血を撒き散らしながら私は喚いた。その言葉が聞き取れたとは到底思えないが私が何を言おうとしているのかは大体察したのか、魔王はただ深く頷くのだった。

「生まれ変わったらまた戦おう、その時はもっと強くなっていてもらいたいものだ、もう少し楽しませてほしいものだ。だから今は、死ね」


 それが私が覚えている、いや思い出した前世の記憶の最後の言葉だ。魔王。今目の前をちょこちょこと歩き、かわいいおしりをふりふりしている猫、それが今の魔王と考えるとやるせない気持ちになる。

「リヴェルさん」

「なにかね?」

「なんで猫なんですか?」

 リヴェルさんは振り返り、目を細めて私を見た。

「その質問もう何百回と聞いたぞ。ボケたのか、ボケてみせたのか?」

「いや、また前世であなたに殺されるのを思い出して」

「だからさ、あれはあれでしょうがなかったって言ってるじゃん。魔王と勇者パーティーがさ、紅茶飲んでスコーン食べて、こちらのケーキも美味しいんですよ、あはははははは、なんて優雅な貴族のティーパーティーみたいなことがやれるかい? やれないよな」

 私はそのティーパーティーを想像してみる。それは無理な話だなぁ。今と違ってあの時代、あの状況じゃ。

「昔話をされるのは嫌いじゃない、が。そこにばかり固執するのもよくないと思うぞ。ほら、さっさとお目当てのものを持って帰るぞ」

「あの、もう一つ聞いてもいいですか」

「質問が多いな今日は」

「ここ、もう少し片付けませんか?」

「はぁぁぁぁ、これだから素人さんは困る。これがもう最高の整理整頓された状態だとなぜわからない。どこに何があるのかわかるようになっているんだぞ」

「じゃあ、死を招く目覚まし時計は?」

 沈黙するリヴェルさん。

「じゃあ、3分だけ分身できるお湯は?」

 沈黙するリヴェルさん。

「じゃあじゃあ、食べても食べてもなくならないフランスパンは?」

 ……

「リヴェルさん、嘘はいけませんよ。嘘を付くと死んだら怖い人に舌をひっこぬかれれるそうですよ」

「な、なぁんだってぇ」

 リヴェルさんは頑張って口元を隠そうとしている中、私はマントと盾を見つける。

「ありましたよ」

「んなことはどうだっていい、嘘つくと舌を抜くやつって誰だ、知ってるやつかな」

「わかりませんよ、魔王とその人の関係なんて。帰りましょう、待ってますから二人が」

「あー、もう意地悪だな、これは2年ぐらい風呂に入らない刑に処す、だな」

「それってリヴェルさんは我慢できるんですか? 臭いですよ、汚いですよ、お店にはもう置けないので外で飼いますよ。ご飯あげませんよ」

「それは困るな」

「でしょ。じゃ洗いましょう。…あ、このマント虫喰ってる、…」

 リヴェルさんが見上げる。私も穴を覗き込む。目が合う。意外と大きな穴である。

「ま、大丈夫でしょ」

「そう、だな。そんな穴ぐらいで効力が半減するとも思えんし、ポーならそれなくてもなんとかなるだろう、ドラゴンがいようが、それ以上の存在がいようが」

 町の警察官として日々活躍中のポー・クロムウェル。ただのサボり常習犯の不良警官ではないことを私もリヴェルさんも知っている。その話はまた別の機会にでも。それよりも私は気づいてしまった一つの事実についてリヴェルさんに問わねばならなかった。

「リヴェルさん。お伺いしたいことが一つ」

「なんだ改まって」

「もしかしてなんですけどね、道に迷ってます?」

 沈黙するリヴェルさん。

「やっぱね。だってさっきから同じところぐるぐるしてるなぁって。もうパンくずないからマントでも引きちぎって道に置いて歩こうかなって思っちゃいましたよ」

「だ、大丈夫だ。そういう迷路のような設計にはしていないんだ、ここは。だからいつかは出られるしいつも出ているだろう、焦るな。焦っている人間がそばにいるとこっちが焦るってものだ」

「あーもう、自信満々に歩いているからついていってるのに。お昼ごはん一品減らしますね」

「ちょ、ま、な、なんでだよ。サッドだってここに何回も来てるんだからそろそろ覚えてもいいだろうにぃぃぃぃ」


 このあと数時間を経て、私とリヴェルさんは雑貨屋に戻ることが出来た。そしてリヴェルさんのお昼ごはんは二品いつもより減っていたそうだ。

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