第2話 いい人ですね、いえ、いい猫ですが
「ドラゴンを倒す武器が欲しいです」
少年は私がじっと黙っていたからだろう、あるいは聞こえなかったと思ったのか、同じことを二度口にした。それでも口を開かない私にしびれを切らしたのか、
「あ、あの、僕は」
「ははははははははは」
少年が話を続けようとしたのをリヴェルさんが遮るように大きな音で笑った。それは非情にまずいですよリヴェルさん。
「いや、いやいやいやいやいや、え、えーと、ドラゴンをなんだって?」
「倒す武器です」
「あー、もう、ほら、こういうこと言って、ドラゴンを倒す武器だってさ」
「なんなんですかこの猫は。無礼です」
「すみません、うちの猫が。リヴェルさん。もう黙っててください」
「いんや、黙らんよ、こんなに楽しい気分なのはいつ以来だろう。ドラゴンかぁ」
夢見る少女のような声色で「ドラゴン」と口にするリヴェルさんを私は薄気味悪くすら思いながらあとで美味しいキャットフードでもあげようと思ったりもした。
「ドラゴンが出たってこと?」
町を守る警官としては無視もできなかったのか、その少年に声をかけたポー。
「はい、僕の住んでいる村の側には洞窟があって、そこに身を隠しているって父さんが」
「お父さんが見かけたってことかな」
「でも、嘘つきだって村の人が。そんな洞窟にドラゴンなんているわけながいって。それで村の人間が数人洞窟に向かったんです」
「で、帰ってこなかったと」
少年は首を横に振った。
「帰ってきました。そして父さんは嘘つきだと罵ったんです。でもそんな嘘つくような人間じゃないんです。なんのメリットもないんです。だから僕悔しくて」
「それとドラゴンを倒す武器とどういう関係があるのかな?」
私は一度キッチンに戻りお皿に注いだミルクをリヴェルさんの足元に置き、私は瓶に残った僅かなミルクを口にしながら聞いた。
「倒さなくても、倒さなくてもいいんです。でも手ぶらでそんな危ない場所行けないじゃないですか?」
「そういうことはプロに任せておけばいいんじゃないのかね。ドラゴンが相手となると我々警官もただ後方から見守るぐらいしか出来ないよ」
「だから、いるかどうかだけでも確かめられれば、」
「やめときな坊主」
「ちょ、リヴェルさん」
ちょこんとカウンターから軽やかに飛び降りると、少年に歩み寄りながらリヴェルさんは口にした。
「もし倒さなくてもいい、そんなことを思ってドラゴンに近寄ったら、死ぬぞ」
「でも僕は」
「死んでいい生命なんてないんだよ。親父が悲しむだろう」
リヴェルさんが命の話をしているのを聞いて、あなたがそれを語るかと思ったには思ったが本人、この場合、本猫か、はいたって真面目なようなので特に口を挟まなかった。
「ドラゴン狩りを専門に扱う冒険者がこの近くまで来てるらしい」
「ポー、君には珍しい。そんな情報を提供してくれるなんて」
「誰がただでと言ったかな。これについてはサッドからもらうから」
「なんで私なんですか」
「そりゃあ、この少年からはもらえないだろう」
「でしょうけど」
「その人達はドラゴンを退治してくれるんですか?」
ポーは少しだけ考えてから視線を落とした。
「いれば退治はしてくれるだろう。もし依頼をするのであれば大金を渡しさえすれば、ね」
「大金……そんなお金、村をひっくり返したって出てこないですよ」
暗い表情のまま俯く少年の肩に手を置くポー。
「わかったならもう村にお帰り。もしドラゴンが本当にいたら、きっと私の耳にも届いているはずだから」
「じゃあ、やっぱ父さんは」
「それはわからない」
少年はポーの手から離れ、そのまま外に出て行くようだったが、不意に立ち止まり。
「あの、ドラゴンを倒す武器はないんですよね?」
また振り出しに戻った。私は少しだけ考えてひとつ提案をした。
「ドラゴンを倒す武器というのはねあるにはあるけど、君には使いこなせない。武器というのは人を選ぶんだ。そして武器が倒すのではなくね、その人が倒す力を有しているから武器はそれにちょっと力を貸す、ただそれだけなんだよ。言っちゃ悪いけど君はまだ力がない。武器は売れないよ」
「そうですか、わかりました」
「だけどね、ドラゴンに見つからずに済むマントと、ドラゴンが吐く炎に3回は耐えられる盾なんてものがあるんだけど、どうかな? いるかいないかを確認できればいいんだよね?」
今まで落ち込んでいたように見えたのは全て幻だったのかと思えるほどに表情に明るさを取り戻した少年。
「おいくらですか?」
「マントが22万、盾が35万」
今表情が凍りつく音が聞こえたような。どうやら気のせいではなかったらしい。少年はピクリとこめかみを引きつらせながら白目をむいていた。
「おいおい、そんなに高いのか、それ?」
「高いに決まってるじゃないですか、相手はドラゴンですよ」
「そんなお金この少年が持っているとは到底思えないね。持っていたとしても心は痛まないかね」
「はっはー、残念なことにこいつは商人なのさ」
まるで商人が悪い、とでも言いたげなリヴェルさん。過去に何かしらの因縁があるのかもしれないが今聞いたら必殺の猫パンチが飛んでくるだろうからそっとしておこう。臭いものには蓋をしろ理論である。
「警官の仕事というのはそこに住む人間の安全を守ることだよね、ポー」
「ん? そりゃあそうだけど。…おい、おいおいおいおい、待って、嫌な予感しかしないんだけど」
「いやぁ、このドラゴン対策の道具さ、効果があまり信用できなくてね、いつか試そう試そうとおもってはいたのだけど、いやぁいいところに」
「そういやお前、警官だったな、なんでいつも警官の制服コスプレして歩いてんだって思ってたけどよ」
「リヴェルひどい…つーかサッド、あなた私に実験台になれって言ってるでしょ」
「リヴェルさん、私は悪党でしょうか?」
口にたくわえた髭をぴーんと伸ばしたリヴェルさんは口角を上げて笑った。
「大丈夫、この世には善人と悪党しかいない」
「だそうです。がんばってくださいね」
ポーはやれやれと言いたげに肩をすくめながらも、心のどこかでこうなることを予知していたのか、それ以上騒がしく文句を言うことはなかった。私はリヴェルさんを連れて店の奥へと向かい、扉を前に立った。
「さぁ仕事ですよ、リヴェルさん」
「はいよ」
「魔王城保管管理局へ通達、サッド・アイスレイク並びに魔王リヴェル・ガープラの名のもとに保管庫を解錠せん!」
何重もの術式によって封印している扉が解錠されていく。同時にこの世界の片隅にある町の雑貨屋と魔王城が時空間の隔たりがなくなっていく。つまりはこの扉を開けば中は魔王城のとある部屋という話だ。
「魔法というのはなんて馬鹿げた代物だろうと思うことがあるよ」
「それを言うなら魔力で発動する魔法で我々魔族と戦おうとした過去の戦士、勇者、そして魔道士に対して無意味なことをと思っていた私がいる」
「馬鹿げたことをと思いながら相手してくれていたのか?」
「まあ、そんなことを思いながらも、だ。でもな当たればなんだって痛いんだぞ」
リヴェルはそこは理解してほしいものだなと言いたげに髭をぴくぴくと動かしていた。
「では行きましょうか、魔王」
「その名で呼ぶな。次呼んだら、1年ぐらい風呂に入らんぞ」
「それは嫌ですね。じゃあ開けますよ、リヴェルさん」
「いつでもこいだ」
私はその扉の取っ手に手をかける。魔王城に向かう時、いつもフラッシュバックのような映像を見せられる。そればっかりは嫌になる。
「大丈夫、私がいる」
リヴェルさんはそう言って開け放った扉から中に続く暗闇にひたひたと足を踏み入れていく。あなたがいるからなお悪い。この映像、記憶は、あなたと私を結ぶ、辛く、そして痛いものだから。
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