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 私が反抗の意志を見せたからだろうか。あの日から田代たちの私に対する態度は徐々に変わっていった。どこか興味を失ったしような感じで、以前ほど私に近づいては来なくなっていったのだ。


 それから少しずつ、クラスの皆とも話すようになり、私にも友達と呼べる仲間が数人だが出来ていった。そう、何かが変わったのだ。


 あの屋上で彼と話した日から数週間後、相川少年は予告通り親の仕事の都合で再び他県へと転校していった。


 携帯やインターネットが今ほど普及していなかったあの時代、彼に連絡先を聞いていなかった私は、完全に彼との繋がりを失った。


 あれからもう既に十年以上の時が流れた。


 何故、彼は私を助けたのだろうか、友達でもない、しかも虐められていた私なんかを……。


 彼はあの時こう言っていた。


「これが、オレの忘れものなんだよ」


 後悔という名の忘れもの……。


 今となっては遠い昔のことなので、記憶は年々曖昧になっていく。覚えているのは、彼が駐輪場裏へやってきたこと、屋上でガムをくれアドバイスをしてくれたこと。恐らく、田代たちに抵抗したあとに現れたのは、きっと私のみた夢か幻だったのだろう。


 あの経験から、ひとつだけ私の中で沸き起こった感情があった。それは、彼があのとき私と田代たちの間に介入して助けてくれてように、いつか私も誰かのために何かをしてあげたい、誰かに手を貸してあげたい、そんな感情だった。そしてその感情こそが私にあのを引き寄せたのではないかと思う。


 私はデスクに置いてあるスマートフォンに手を伸ばすと、電源を入れてスワイプする。


 大人になった私と、ポニーテールをした女性が並んでスクリーン画面に現れる。


 画面に映っている二人は笑っていた。


 私はひとり微笑みながら、スマートフォンの電源を落とした。そして引き出しから小さな木箱を取り出すと、デスクの上にそっと置いた。


 慎重に蓋を持ち上げた。木箱の中には、古くなって変色しはじめた割りばしの破片が静かに佇んでいた。


 田代たちに抵抗したあの日、駐輪場裏で私が握りしめていた塊だ。


 「相」の字は大分かすれて随分と薄くなっている。


 今現在、彼が何処でどうしているのかは分からない。しかし彼との思い出は、この小さな割りばしの破片とともに、私の記憶の片隅でいつまでも輝き続けるだろう。


 そして、私たちはまたいつの日か、何処かで出会うだろう。場所を変えて、姿を変えて、時代を超えて。


 読者の皆さん、私の短いエピソード、小さな思い出に付き合ってくれてどうもありがとう。


 もし、私がこの大切な少年時代の思い出に名前を付けるとすれば、きっとそれは……。




              -了-



相川少年の忘れ物とは……。「死ぬことの意味」へLet's GO~♬

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忘れもの Benedetto @Benedetto

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