6

「川村! 今日は生意気に抵抗するのかよぉ!」


 真人は脇腹に田代の膝蹴りを受けながらも、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、必死で相手の足にしがみついていた


「うわっ! 鼻水がズボンについた! 汚ねーな、コノヤロー! マジ殺す!」


 真人の耳には田代たちの怒声などもはや聞こえてはいなかった。


 ただ、相川の言った言葉だけを心の中で、何度も何度も呪文のように唱えていた。


「何かが変わる、何かが変わる、何かが変わる……」


「何ぶつぶつひとりで言ってんだよ、こいつ! いい加減離れろよ! もう相川はいねーんだよ! 誰も助けにこねーんだよ!」


 田代の足にしがみつく真人を引き離そうと、林が必死で後ろから引っ張る。


 真人は思った。


 登校しても、彼は毎日のように田代達に苛められた。


 先生も誰も彼を助けてはくれなかった。


 彼に友達はひとりもいなかった。


 授業中に無駄話をする相手すらいなかった。


 一人ぼっちの授業中、休憩時間、給食の時間、登下校。


 それが、真人の学校生活のすべてだった。


「何かが変わる……変えなきゃ……」


「こいつ、今日はマジしつこいじゃん!」


 清里の放った蹴りが、真人の太もも、脇腹に次々と突き刺さる。


 それでもどうして自分は学校へ行っているのか、真人自身にも分からなかった。


 あの日、真人はひとりで屋上へ上がった、そんな現実を終わらせるために……。


 そこへ、相川が現れた。


「やべ! 何か動かなくなったぜ! キヨちゃん強く蹴りすぎで、死んじゃったんじゃね?」


「お、おい! おめーだってめっちゃ絞めてたろ、首!」


「絞めてねーし! うるせーよ! 死んじゃいねーよ! さっさと行こうぜ! だいたい川村のくせに生意気なんだよ! こーゆーポジションだろーが……」


 真人は薄れていく意識の中で、田代たちの声を聞いていた。


 しかし、それもやがて聞こえなくなっていった。


「人生にはいくつも忘れてはいけないものがある、完全な忘れものにしてはいけないものがある……」


 意識を取り戻したとき、真人は駐輪場裏の大きなコンクリートの柱にもたれて座っていた。横には相川が立っていた。 


「あ、相川くん、いつからそこに……」


「悪かったな、遅くなって。引っ越しの準備が長引いちまって……」 


「相川くん、ぼ、僕、今日は、て、抵抗したよ……はは、た、田代くんの足に、しがみついてただけだけど……こ、これで、何か、か、変わるかな?」


「そうか、やったな。これで、きっとすべてが変わるよ」


 相川は少しだけ微笑んでそう言った。


 そして、真人に背を向けると歩き出した。


「相川くん!? どこ行くの? ま、待ってよ! 相川くん!」


 真人は立ち上がって相川の後を追いかけようとしたが、身体が言うことをきかない。


 突然、頭を鈍器か何かで殴られたように痛みだした。


 そして目の前に闇の幕が下りた。


 次に気が付いた時には、真人はなぜか折れた割りばしの塊を握りしめていた。


 ゆっくりと手を開いてみると、黄緑色に塗られた塊の端に「相」という漢字が達筆な字で書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る