見知らぬふたり
ひとつき経つと、鉱山の入り口はすっかり見た目を変えていた。
一晩で雪が降り積もり、濡れた土には霜が降りる。
だが鉱山内の景色は相変わらず同じだった。
過労に耐え切れず、遂にひとりの炭鉱夫が岩をばらまき倒れこんだ。
皆が手を止め、男を見た。
手を貸すべきだ、しかし罰を受けるかもしれない。
皆が躊躇する中、ひとりの少年が列から飛び出し駆け寄った。
「父さん!」
少年は父へ手を伸ばしたが、それより先に監督官が彼を掴み、殴り飛ばした。
「おい、何を見ている!作業を止めるな!」
監督官は炭鉱夫たちを怒鳴りつけた。
「お願いです、父を休ませてください!」
「もう3日も家に帰ってないんです……すこしだけ、5分だけ休ませてください…!」
少年は目に涙を溜めながら訴えた。
「黙れ!口答えするんじゃねえ!」
「おい、何事だ」
声の主は領主、マクイーンだ。
ドブのなかにでも入ったかのように口にハンカチを当て、顔を顰めている。
こいつが倒れまして、と監督官が倒れた男を足で踏みつけながら言った。
領主は足元の男と少年を一瞥したあと、
「ふん、使えなくなったのなら早くどかせ。それより作業が遅れているのをどうにかしろ。今日が何の日か知らんとは言わさんぞ」
と言い捨てた。
少年は唖然とした。
頼み込めばきっと受け入れてくれる、なんて生温い希望は微塵に砕け散った。こみ上げる怒りと絶望でピッケルを握りこむ拳に血が滲んだ。
ひと通り注文を言い終えたマクイーンは、それから、と監督官たちに向かって言った。
「今晩、村の若い娘を数人連れてこい。ああ、臭わないように水をかけてからな……」
その日の夜はまさに、月に一度の役人を出迎える日だった。
マクイーンはいそいそと身なりを整える。使用人の「到着されました」の声に焦って玄関へ向かった。
鉄の扉がギィ、と音を立てて開くと、まず一番に外の冷気が飛び込んできた。
「お待ちしておりました!さあどうぞ中へ……」
そう言って顔を上げたマクイーンは首を傾げた。
扉の向こうに立っていたのは、知らない騎士と貴族だったからだ。
騎士は一歩踏み出すと「税の徴収に来た」と告げた。
前に出たことで、この騎士の体格がいいことに気付いた。細身であるのに、その存在は山の様に大きく感じられた。
マクイーンは思わず後退りして騎士を見上げた。
彼の磨きあげられた銀の鎧には紋章が刻まれていた。
それがこんな田舎では目にすることのない『王国騎士団』を示すものだということは、マクイーンにもわかった。
マクイーンは恐る恐る、騎士の肩越しに主人であろう貴族を見た。
その男はただ立っているだけだというのに、そこらの貴族とは比べものにならないほどの品格を醸し出していた。
一本一本がシルクのようになめらかな金の髪に、透き通るような白い肌。
まさに『宝石を埋め込んだ』ようにきらめく、意志の強いターコイズの瞳。
今までこんな人間は見たことがない…とマクイーンは思った。
ふたりが現れた途端、彼が財産を費やして飾り立てた自慢の館が、急に粗末に見えるほどだった。
(『王国騎士団』がなぜ……!?そして『王国騎士団』を従えるこの貴族は一体?)
マクイーンは声が上ずりつつも尋ねた。
「い、いつものお役人は……?」
「彼なら急な仕事が入り、私たちが代わりに来た。彼でないといけない用事でもあるのか?なんの伝言も預かっていないが」
騎士は淡々と答える。
「いえッ。いえいえそんな……長年同じ方だったので、お尋ねしたまででございます」
「そうか。今晩は冷えるな。少し暖を取らせてもらうぞ」
「は、はい!もちろんです、どうぞどうぞ……」
そう返すマクイーンの脳裏に、広間に準備した豪華な食事や酒がよぎった。
(──しまった!あのもてなしはただ役人を迎えるだけにしては不自然ではないか…!)
しかしマクイーンには引き留める言葉が見つからない。そうしている間にも、ふたりは館のなかを進んでいた。
「なんだ、この村は毎回こんなに用意して出迎えるのか?」
貴族の男がテーブルの上に並べられた料理を見て驚いたように言った。
これみよがしに並べられたワインのうちの一本を手に取り、銘柄を読み上げる。
「ふむ。庶民にしてはなかなか値の張るものではないか? なあウィリアム」
「不思議ですね。この村を見て回ってきましたが、こんな酒を飲めるほど潤っているようには見えませんでしたが……」
ウィリアムと呼ばれた騎士が同意して言った。
「おい見ろ、肉もある。確か先ほどの領民は今晩の飯もないと言っていたな」
「はい……領主の暮らしを知ったら死んでも死にきれないでしょうね」
マクイーンの額から汗がたらりと垂れる。何か言わなければ……!マクイーンが口を開こうとしたその時、広間の奥の扉が開いた。
出てきたのは、呼びつけた村の娘たちだった。
マクイーンは青ざめ、娘たちに向かって「出てくるな!」と叫んだ。
娘たちはバタバタと奥へ引っ込んだが、もうすでに遅い。
「ほお、役人のために女まで用意するのか」
いつのまにか椅子に腰掛けていた貴族が、頬杖をついて笑った。
彼の腹の底まで見透かすような鋭い目線に、マクイーンはうろたえた。
「あんたたち一体、何しにきたんだ…!」
狼狽するマクイーンの前に、騎士が立ちはだかる。
「我々は貴方を処罰しにやって来たのだ。──改めて名乗らせて頂こう。私はウィリアム・ガラバッド。王国騎士団に属する騎士だ」
「そして、こちらのお方は我ら王国騎士団が忠誠を誓う存在で、すべての王国民が敬うべきお方だ。つまり貴方に名乗る必要などない」
「な、なんだと……?それは…つまり、その方は──」
すべての王国民が敬うべき……マクイーンの頭のなかに浮かぶ存在は一つしかなかった。
それでも、そんなことがあっていいのか?しかし、もし本当にそうなのであれば、この目の前に座っている貴族の圧倒されるような品格と存在感に納得できる。
もし本当に”王族”なのであれば───
灰の王 未曾有 @miso_umai
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