灰の王

未曾有

炭鉱夫たちの夢



灰。


男たちは来る日も来る日も灰色の岩壁だけを見続けた。




砕けた岩が粉瘤となって口や鼻から入り込むのを、気にもしなくなったのはいつからだったろうか。


ここはガルヴァント王国領、ファールズ鉱山。この村で生まれたものたちは生涯この山の奴隷だ。


人力での採掘には限界がある。間に合わない供給に対策するでもなく監督官は怒鳴りつける。安い賃金は、果たして貰えるかどうかもわからなかった。


炭鉱夫たちはやがて何も考えなくなった。

足を持ち上げる度に、まだ動くことに感謝した。






鉱山を出て枯れた小麦畑の間を通り抜けると、一際大きな領主の館がある。

贅を尽くしたような館内には、領主・マクイーンの笑い声が響いた。


この日は月に一度、王国からの役人が税の徴収にやってくる日だった。


マクイーンはこの日のために何日も前から準備をする。

貴族たちの間で流行っているという高価なワインを買い付け、王国内からシェフを雇う。狩りの誘いを受けるために毎月ごとに剥製を買い増す。館中を掃除させ、塵を残した掃除婦はクビにした。


マクイーンはこのため、この月一回の日のために生きているといっても過言ではなかった。





「このワインはやはりうまいな」

役人は赤くなった顔でグラスを振った。


「ええ、ええ。あまりの人気に売り切れだとかで、手に入れるのに苦労しましたよ」

マクイーンはここぞとばかりに大げさに話した。


「そうか。少し前に流行ったものだが……いまだに人気があるのだな」

「え」


マクイーンが恥で顔を赤くしているのをよそに、役人はグラスを持ち上げ酒を飲み干した。そして、ひとつ咳払いをした。


「ところでマクイーンよ。来月の話だが……」

声色の変わった役員にマクイーンはいち早く反応し、耳を寄せる。


「王国への供給を増やすことになりそうだ。ここだけの話…近々出兵があるようだ」

鉱山の採鉱ペースはいまでも限界だ。そのことをマクイーンは1秒だけ思い浮かべたが、すぐに引っ込めた。


「ええ、ええ。かしこまりました。スグにでもやらせましょう」


「そこでだな……少々…なのだ。出兵前には何かと入り用だろう?懇意にしている伯爵のご子息の誕生日も近くてだなァ……」

マクイーンは役人が言わんとすることをすぐに理解した。


「はい、はい。存じ上げておりますとも……貴族の皆様は社交が第一。わたくしもこのような田舎におりますが、それは感じております」


そう言って使用人へ合図した。すると使用人は赤い薔薇の花束を持ってやってきた。


役人は、テーブルに丁寧に置かれた花束というには少ない薔薇の間から、重々しく光る金の鉱石を見た。



「恩にきるぞマクイーン……お前の王国への異動の話は、来月には答えが出そうだ。楽しみにしていろ…」


その言葉にマクイーンはにんまりと微笑んだ。






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