048:放課後の惚気話
文化祭の期間が明け、いつも通りの生活が戻ってきた。ひと息つく暇もなく三週間後には中間考査が控えており、どの学年でも授業の進度は容赦無く早く、休日を二日挟んだにも関わらず心なしか校舎全体がどんよりと疲弊している。
放課後、凛の教室へやって来た蓮音。
残っている生徒は疎らだったが、お目当てだった凛は席に座っていて、その周りを数人の女子に取り囲まれている。ちらりと上履きの靴紐の色を見る。黄色なので二年生だ。
彼女達の用が済むのを待とうと思った蓮音だが、タイミングよくお喋りが終わったらしい。二年生の女子たちは凛に手を振って騒ぎながら教室から出て行った。凛もひらひら手を振り返して彼女たちを見送り、ついでにドアの付近に立っていた蓮音とちょうど目が合う。
「へえ、凛くん女の子のあしらい上手くなったじゃん」
「まぁな」
春先は他学年に絡まれようものなら、まともな会話を拒否して雑にやり過ごしていたというのに。
「昨日だったんだって?誕生日」
凛の机には、校内の自販機で買ったと思われるプリンや菓子パンがいくつも並んでいた。
先程の女子たちも多分、今日になって誕生日のことを聞いてわざわざ買って渡したのだろう。クラス内ならまだしも、他学年にまで一日で生年月日が拡散するのだから人気者は恐ろしい。
「おめでとう」
「ありがと」
凛は机の上の食べ物の山からパンをつまみあげて蓮音に放る。
「ダメでしょ、女の子は凛くんに食べて欲しくて…」
「いや要らんもん」
その罪悪感の欠片も感じさせないカラッとした非情な言葉も、悪気はないのだと分かる。
先程のお喋りに付き合ってあげていたのはその証拠だ。
蓮音はクスッと笑うと、受け取ったメロンパンの袋を開けて一口齧る。
「なーんか最近、株上げてきてるよねぇ。前より物腰柔らかになったって評判」
「結局こうするのが後々楽なんだよ。誰かみたいに誰彼構わず仲良くしたくてやってる訳じゃない」
「冷た!…ってかそれ僕のこと?やな感じ〜」
今までの凛はつむぎとばかり親密で、その他大勢に対しては最低限の愛想はあるものの、少し冷たい態度を取っていた。近寄り難い印象が定着すれば面倒ごとを回避する利点はあるが、当然つむぎに陰口の矛先が向く訳で。
「こんな無慈悲な男が、思いやり満点の僕よりモテるんだもんな」
「お前は胡散臭いんだよ」
「素で接してくれんのは親友だからだし、まぁ悪い気はしないや」
「親友?」
本気で嫌そうな顔を見せてくるところは相変わらずだ。
「常時無表情のくせに、そういう感情だけ顕著になるのやめてよね!僕にも優しくして」
「俺の優しさはつむぎの為だけにあるの」
「…凛くんて案外惚気るタイプなんだ」
茶化すような言葉を無視して凛は頬杖をつくと、独り言のように呟いた。
「一昨日の夜、日付変わった瞬間に誕生日祝われてさ。それ言う為に帰るの渋ってたんだなーって。言葉が見つからないけど、こう、心臓がギュッと」
凛は左手を握る仕草をして見せた。その横顔に浮かぶ表情は、蓮音が今までに見たことのない類のもので、思わずじっと見入ってしまう。
恍惚している、というのだろうか。欲情…は言い過ぎかもしれないけれど、それに近いような。
「凛くんのその顔ヤバい」
「え。キモかった?」
スンと元の無表情に切り替わる。
「違うよ、そんなんじゃなくて…」
その時、パタパタとした足音と共につむぎが教室へ戻ってきた。
「何話してたのー?」
「つむぎちゃんの、っ」
凛から強めの一撃を腹に入れられ、蓮音は言葉を打ち切る。
「私の…?」
「何でもねーよ。帰ろ」
凛は笑みを浮かべて言う。
つむぎの後ろから、緋凪が顔を見せた。
「わぁ何それ、貢ぎもん?」
「いる?一人じゃ食べきれないんだけど」
「モテ王子からの施しなんて屈辱〜」
そう言う割に、緋凪はマンゴープリンをひょいと取る。続けて、教室の離れたところで会話していたクラスメイトたちに呼びかけた。
「おーいそこの男子、取り放題だってよ!」
「うぇーい、貰う」
「俺おにぎりがいいんだけど〜」
「ないよ、つべこべ言うなよな」
凛はパンの袋やプリンを適当に寄越した。
「本当にいいの?サンキューな」
「俺が感謝される筋合いないけどね」
あっという間に机の上の食べ物は売り切れてしまった。
「お前はよかったの?」
凛はこっそりつむぎに呟く。
「うん、私は」
「そっか」
凛はつむぎの頭をくしゃっと撫でた。
その慈愛に満ちた表情を浮かべているのを横目で見ながら、蓮音はただただ凛にとってのつむぎの存在の大きさを実感したのだった。
幼なじみに落とされそう 久遠 よひら @kuon_yohira
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