番外:孤独なヒーロー・後

 働き始めると、伯母様や父のやや強引な方針に疲弊している人たちが見えるようになった。

 そういう人たちに、紫苑叔父さんが声をかけて、ある時は仕事を肩代わりしてたり、うまく力を抜く方法をアドバイスしてたり……ちょこちょことマメに動き回る姿が主人公を影で支える某敵方の相棒にも見えて、だから紫陽しはるは彼がお気に入りだったのかなと今更思った。

 跡取りにはならないと宣言している彼の娘は、いつのまにか普通のおとなしいお嬢様になっていた。そのうち伯母様に結婚相手をあてがわれるんだろうなとぼんやり思って、碌でもなさそうな顔ぶれに不快感がよぎる。

 それは、彼女のピンチだろうか。


 従兄たちと同じようなやり方でやる気もなく、俺も崋山院を継ぎたいわけでもない。外に出ても崋山院に対抗できるような力をつけたいわけで、ある日こっそり紫苑叔父さんに相談してみた。

 彼は快くいくつかの仕事に連れていってくれた。久我傘下と思われる企業にも、そ知らぬふりで声をかけたりもする。「もちろん、失敗もするよ」と笑うけど、その緊張感が俺はちょっと面白かった。


 もっと近くで仕事を見たいなと思って、だったらついでに彼女をもらっても不自然はないんじゃないか。彼女自身も、他の有象無象よりはたぶん気が合うし、面倒がないんじゃないかと。

 そういうつもりでもいいですかと打診すれば、彼はにやりと笑って「紫陽がいいと言えばいい」と言った。彼女が成人するまでは、動くつもりもなかったし、急ぐつもりもなかった。従兄たちは紫陽など完全に視界の外だったし、彼女に他にそれらしい相手も見えなかったから、まずは仕事をものにしないと、と。


 なのに。

 お婆様の星の相続の件で一気にあれこれが変わった。

 彼女は何一つ変わっていないのに、彼女を手に入れれば崋山院が手に入るような雰囲気になる。

 桐人さんが先走ったせいで、いまさら近づいても、そういう目でしか見られないだろう。

 苦々しい思いを抱えて、いっそ諦めるかと自分を納得させかけた時、存外執着していたのだと気が付いた。どちらが本命だったのか、少し判らなくなる。


 いや。俺は崋山院は要らない。

 紫苑さんに学べれば、それでいい。


 紫陽とのことが枷になるなら、手を出さない。切り捨てる。それが定石。

 それで終い、と仕事だけに意識を切り替えた。

 久我の息のかかった研修先の社長の息子は、単純だがその分扱いやすくて少々気が抜ける。ある日電子メジャーを借りようとして、彼が開いた引き出しの中にニャンジャブラックのアクスタを見つけた。


「……ブラック」

「うわ! って、え? 冨士君、ニャンジャブラック知ってるの?」


 声に出ていたらしい呟きを拾われて、しまったと思ったが遅かった。


「リバイバル……してるよな。昔……」


 見てた、と続ける前に弾丸のような推しをくらった。定時退社を日課としていた俺を近所の飲み屋に引っ張り込んで、閉店まで話し込まれた。

 『にこにゃん』でやってたネタに相槌を打ったのが、二度目の失態だったらしい。そのまますっかり懐かれてしまった。


 縁とはおかしなもので、龍臣と見に行った映画の帰り、並んだ自販機の列の目の前に紫陽がいた。

 振り返られなければ、気付かないだろうと静かに並んでいたのだが、彼女が買った水が最後の一本だったようだ。SOLDOUTうりきれの文字に龍臣が声を上げる。

 馬鹿、とぶん殴りたくなったが、彼はこちらの事情など露ほども知らない。

 振り返った紫陽の視線が素通りして、龍臣に注がれる。

 ああ、気付かないのか。今日は眼鏡もかけていない。ほっとするところだ。

 それなのに、酷くイラついた。

 お茶を買って押し付けて、龍臣を引きずってその場を離れる。


「すげー。すげーいい人だったな! そんで、見ろよ! まぬまぬだぜ! 彼女、マー・タタ姫の生まれ変わりなんじゃ?!」


 ニャンジャマンの幸運を操れるヒロインに例えて、龍臣はうっとりと水を抱きしめた。

 違う。ニャンジャブラックだ。

 小さな対抗心は胸の奥に沈めた。


 縁とは本当に不思議だ。

 名前も交わさなかった二人が、また巡り会うとは。「どうしてすぐ教えてくれなかったのか」と責められて、適当に誤魔化す。

 紫陽だって気付いていなかったはずなのに。

 『恋する男』の行動力は想像の斜め上を行っていて……いや、俺に懐いたくらいだから、想定しておくべきだったのか? ともかく、自分の立場などどこ吹く風だ。

 間に立たされた俺のことも考えろと言いたくなる。

 龍臣ばかりじゃない。紫陽も、紫陽で……でも、俺は彼女のそういうところを知っていた気がする。


 猫を追って飛び石を渡ろうとする彼女を、思わず引き止めた。

 フラッシュバックした過去は塗り替えられたと思う。

 思わず口をついて出た言葉に、彼女はきょとんとした。

 忘れてるんだろうな、って思ってたけど、やっぱり忘れられてて(それも綺麗さっぱり)、少し拗ねた気分になった。


 まあいい。俺がピンチになることはない。

 そのために、実践的な柔術や空手を習ったりもしてるんだし、宣言するものでもない。

 龍臣なら、まあ、悪くはないんじゃないかとも思える。


 別の伏兵がいると知るのは、そのすぐ後だけど、ヒーローって割と孤独だな、なんて、ちょっとだけ思うのだった。




 番外:孤独なヒーロー おわり


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