エピローグ:聖夜に願いを

 あの戦いの後。

 雅騎も、御影も。みながそれぞれの生活に戻っていった。


 豪雷ごうらいは再び山に籠もるため、雅騎達とと共に里を離れた。


「孫達をよろしく頼むぞ」


 意味ありげな笑みを浮かべ、彼にそう告げることを忘れずに。


 光里はそのまま里に残った。

 とはいえ、羅恨らこんとの因縁に決着がつき、家族と離れて暮らす理由がなくなった事もあり。銀杏いちょうは彼女も共に里を離れ暮らすよう、手続きを進めていった。


 御影と違い成績優秀な彼女は、三学期から雅騎達と同じ神城高校かみしろこうこうへ転校する事も無事決まり。冬休み前には実家で共に暮らす事になる。


 銀杏いちょうと御影は相変わらず、神麓かみふもと神社じんじゃの奉仕をしつつ、共に暮らしている。

 雅騎も相変わらず、神名寺流みなでらりゅう胡舞術こぶじゅつの門下として、道場に通っては稽古を続けており、今までと変わらず彼女達との交流を続けていた。


 平穏を取り戻したそれぞれの日常は、あっという間に過ぎ去り。

 気づけば、クリスマスイブを迎えていた。


* * * * *


 夜のとばりも下り、街は華やかなイルミネーションに彩られる素敵な時間。

 喫茶店『Tea Time』もまた、クリスマスらしく店を飾り立て営業する中。雅騎は二学期の終業式を終えたその足で直接店に向かい、フェルミナと共にバイトに勤しんでいた。


 この日はクリスマスイブらしく、とにかくケーキがよく売れる。そのため店内営業はせず、ケーキと茶葉の販売に絞り営業を行なっていた。


 売れ筋はシーズン限定、クリスマス仕様のフォンダンショコラに、定番である苺をふんだんの

の使ったホールケーキ。

 特に夕方頃からは予約も含めた受け取り客で店頭は何時にない賑わいを見せ、ケーキを作るフェルミナも、販売をする雅騎もひっきりなしの対応に追われていた。


 そして。

 殆どのケーキが売り切れた頃。少し早めに閉店時間がやってきた。


 店の扉に掛けた札を『CLOSED』に変更し、店頭や店外のイルミネーションの明かりを落とした雅騎が店内に戻ると。


「ご苦労さま」


ねぎらいの言葉と共に、フェルミナが独自でブレンドしたクリスマスティーの注がれたティーカップをカウンター越しに差し出してきた。


「ありがとう」


 カウンター席に座った雅騎はそれを手に取ると、軽く口に含む。

 柑橘系の香りと、シナモンの香り。

 それが心地よさを運びながら、彼の喉を潤していく。

 フェルミナも同じく、自身のカップに注いだ紅茶を一口飲んだ後、


「片付け終わったら、一緒に行きましょっか?」


 雅騎にそう尋ねると、


「そうだね」


 彼も短くそう返事をした。


 二人は銀杏いちょうより、あの一件のお礼も兼ねて、神名寺みなでらでささやかなクリスマスを祝わないかと誘われていた。

 折角の機会だしと、フェルミナと雅騎はその誘いを受けたのだが。日中は店を開けなければならなかった為、閉店後に神名寺みなでらに向かう段取りになっている。


「そういやさ。どうして片谷さんの話を受けたの?」


 更に一口紅茶を飲んだ後。雅騎は突然、そんな質問を彼女に投げかけた。


 毎年十二月二十五日といえば、『店長が彼氏と過ごす』という名目を堂々と謳い、定休日にしてきた。

 勿論フェルミナにそんな相手がいる訳でもなく。半分冗談、半分強がりで毎年休みにしつつ、雅騎とささやかなクリスマスを過ごしており、今年もそれは変わらないはず、だったのだが。


 一週間ほど前。

 佳穂の親友である片谷かたや恵里菜えりなが、この店でささやかなクリスマスパーティーをしたいと申し出てきたのだ。


 佳穂から聞いた話によれば。

 恵里菜と佳穂だけでなく、佳穂の知り合いにあたる御影や光里、そして霧華も呼んでのものらしい。


 その話自体はまだ雅騎にとっても納得の範疇だったのだが。

 問題は、それをフェルミナはあっさり承諾した事。まったく渋りもせず、貸し切り料も取ろうとせずに。


 あまりの羽振りの良さに、雅騎は何処かすっきりしない感情を抱いていたのだが。そんな彼の心情を察したのか。


「たまには若い空気も感じておかないとって思ってね」


 フェルミナは笑顔と共に、そんな無難な答えを返した。


  ──雅騎好みの子を、見定めておかないといけないし。


 無論、内心こんな企み理由がある訳だが。


「あなたも手伝いは程々に、パーティーに加わっていいわよ」

「そんな女子会みたいなのに加われるわけないだろ」

「バイト料はちゃんと出すって言ったでしょ。折角なら楽しんだほうが得よ?」


 呆れる雅騎をなだめるように、フェルミナがにっこり笑って見せた、そんな時。


  カラーン


 閉店時間にも関わらず、誰かが店の扉をゆっくりと開けた。

 二人が思わずそちらを見ると……。


「……夜分に、すみません」


 どこか余所余所しい雰囲気で入ってきたのは御影だった。

 制服の上にダッフルコートを羽織る彼女は、二人の視線におずおずと軽く頭を下げる。


「あれ、どうしたんだよ? 家で準備の手伝いしてたんじゃないのか?」

「その、まあ。そうなのだが……」


 どうにも落ち着かない雰囲気の御影に、雅騎は思わず首を傾げる。


 だが。

 フェルミナはそんな彼女の反応に、一瞬だけ意味ありげに微笑むと、彼に声をかけた。


「雅騎」

「ん?」


 雅騎が視線を彼女に向けると。


「先に着替えて、御影ちゃんと神名寺みなでらさんの所に向かってちょうだい」


 彼女はにんまりとしてそう告げる。


「え? 何で? まだ片付けも終わってないのに」

「いいから。片付けはやっておくし、終わったら私もすぐ車で向かうから」


 困惑しながら理由を尋ねる雅騎だったが、そんなものはどうでもよいからと言わんばかりに圧を掛けるフェルミナ。


 残念ながら、彼にはその意図がさっぱり汲み取れない。

 だが断ろうとすれば、きっと店長命令あの言葉を言われるであろう事だけは理解する。


「わかったよ。まったく……」


 フェルミナの気紛きまぐれに振り回され、やや不満げな顔をしながら、雅騎は渋々バックヤードに去っていく。

 その姿が見えなくなった所で、フェルミナは申し訳無さそうな御影に向け、


「楽しんでらっしゃい」


 そう言って、笑顔でウィンクしてみせた。


* * * * *


 あれから十五分ほど。

 雅騎と御影は店を出ると、ゆっくりと歩き出した

 すっかり夜になった住宅街は、外を歩く人もまばら。


 彼の服装は学校帰りにバイトに行った事もあり、彼女と同じ、コートにブレザーの姿。

 後ろに流すように固められた髪。そんな頭の後ろに両手をやり。器用に手にかばんを持ったまま歩く雅騎。

 御影はその脇を笑顔で並んで歩いて行く。

 それはまるで、先日一緒にサンディーワンに行った時を再現するかのような光景だった。


「しっかし。普段通っているんだぞ。迎えとかいらないだろ?」


 そんな理由で店に来た事を知り、雅騎が呆れた声をあげると。


「べ、別に良いではないか。たまにはそういう日があっても」


 御影はやや恥ずかしげに、理由なき言い訳を返すが……。勿論、語られた理由などただの建前でしかない。


 彼女にとって、今回銀杏いちょうが雅騎達に持ちかけた提案は、渡りに船だった。


 どんな形であっても。想いを伝えられずとも。

 何とか少しでも、クリスマスを彼と二人きりで過ごせたら。


 あの日助けられた後、そんな気持ちをより強くしていた彼女は、家での準備も程々に、雅騎を迎えに行くと言い残し、家を飛び出していたのだ。


 そして。

 念願を叶えた今。


  ──夢ではないのだな?


 御影は湧き上がる喜びを必死に堪えながら、心の中で嬉しさを噛み締めていた……のだが。

 何故彼女はこうも、嘘や隠し事が苦手だのだろうか。

 何処かそわそわとした落ち着きない反応は、彼が見てもすぐ気づく程に分かりやすい。


「……どうかしたのか?」


 突然の歩みを止めた雅騎に、御影は数歩前に出た後、振り返る。

 向けられし瞳は、間違いなく彼女を心配するかのようなもの。


「ななな、何でもない! 何でもないぞ!」


 彼のそんな反応に、思わず御影は両手を振り強く否定する。


「ふーん……。ま、いいけどさ」


 いぶかしむように見つめていた雅騎だったが。それ以上言及はせず、再び歩き出し。御影も釣られるように、改めて並んでを合わせた。


 ただ。

 感情が噛み合わず、微妙になった空気のせいか。

 互いに良い言葉が浮かばず、暫く沈黙が続いてしまう。


  ──け、気取けどられているのではないだろうな!?


 暗がりの中で恥ずかしさで顔を真っ赤にし、俯いてしまう御影だったが。

 雅騎の心は、彼女の想いとは異なっていた。


  ──また、何かあったんじゃないだろうな……。


 実は彼は、御影の反応に不安を感じていた。


 何かを言いよどむ時、何かを隠している。

 それは経験からわかっていた。


 だが、この間のような話したくない事を隠しているかもしれない。そんな事を思い、話そうとしない事を聞いて良いものかと、少し躊躇ためらってしまう。


 だが、それでは何も変わらない。

 何も話さず、お互いを知ろうとしなかった今までと同じ。


 だからこそ。


「話せる時は、話せよな」


 顔を合わせず前を向いたまま。雅騎が真面目な顔でそう口にすると。御影ははっとして、彼を見上げてしまう。


 彼が自分の想いとは異なる何かと勘違いしたのは、その表情に書いてある。

 それは、正直言えば少し落胆するものだったのだが。どこかぶっきらぼうながらも、はっきりと分かる優しさと、思いやりのある言葉だと分かるからこそ。

 彼女の胸は落胆を忘れ、熱くなった。


  ──変わらぬな、お前も。

 

 そう。本当に変わらない。

 何時までたっても。幼かった時から変わらず。

 気を遣い、思いやろうとする。


 だからこそ。


「うむ。分かっておる」


 彼女はにっこりと、幼馴染みに微笑んで見せた。


「そういえば。光里から聞いたのだが」

「光里さんから?」


 歩きながら、何かを思い出したかのか。

 御影は「うむ」と彼に頷くと、こんな質問を投げかけた。


「お前が幻影術師イリュージョニストと名乗っていたではないか。同じ名を冠した有名な手品師が海外にいると聞いたのだが。何か関係があるのか?」


 疑問を口にする彼女を横目でちらりと見た雅騎は、すぐに視線を前に戻す。


「ああ。憧れのその人達にあやかって、職業それを勝手に名乗ってるだけ」

「そうなのか?」

「ああ」


 頷いた彼は天を仰ぐと、突然誰かの真似をするように、こんな事を語る。


「種も仕掛けもあるかもしれません。ですが、それでも皆を驚かせ、笑顔にする。それが我々、幻影術師イリュージョニストなのです」


 どこか誇らしげで、楽しそうに語る雅騎。

 御影はそんな素敵な横顔を、ほうけたようにじっと見つめてしまう。


「その人達がマジックを始める時、最初に必ず言う言葉なんだけど。良い言葉だと思わないか?」


 突然、雅騎が彼女を見ると、屈託のない笑みを見せた。

 その顔に。


  ──本当に。お前らしいな。


 御影は心でそう想い、ふっと笑顔になる。


 笑顔のために、命を懸け。

 笑顔のために、優しさを向け。

 そして。今も笑顔で、心を癒やす。


 とても彼らしい言葉に感じ、短く「そうだな」と相槌を打つ。

 しかし、それだけでは終わらないのもまた、彼女らしさか。


「だが折角なのだ。せめて今日位、雪でも降らせてほしいものだがな。幻影術師イリュージョニスト殿どの


 御影はふざけた調子で、そんな言葉を続けた。


 今日の天気は晴れ時々曇り。

 寒さは十分。空は薄曇り。

 だが残念ながら。とても低い降水確率から、雪が降る可能性は期待できない。


 どうせなら、そんな素敵な夜を共に歩ければ。

 無理だと知りながらも、そんな冗談で本音を隠す。


「人の力で無理矢理雪降らせたって、面白くもないだろ?」

「だがきっとみな、笑顔にはなるぞ」


 先程の言葉を揶揄やゆするように語る御影に対し。


「そういうのは神様にでも祈ろうぜ」


 さすがの雅騎もお手上げと言わんばかりに苦笑し、またも天を仰いだ。


 と、刹那。


「……ん?」


 雅騎が短く不思議そうな声を上げ。


「どうした?」


 御影も釣られるように、空を見上げると。


 ちらり、ちらり。

 静かに。その望みし白き物が、ゆっくりと舞い降りてきた。

 それは夜空から少しずつ降り始めると、その数を増やし。神秘的な聖夜を彩り始める。


「……神様も、乙なもんだな」


 やれやれと言わんばかりに、思わず苦笑する雅騎に。


「神も、捨てたものではないであろう?」


 御影もまた、嬉しそうな笑みを浮かべる。


 そして、二人はそのまま静かな住宅街を抜けると、クリスマス一色の華やかなイルミネーションに照らされし大通りに入っていき。素敵なクリスマスソングが流れる中、駅へと向かう幸せそうな人々に混じるように、姿を消した。


 幸せそうに。楽しそうに。

 まるで恋人達と見間違うかのような、優しい笑みを交わしながら。



                 ~Fin~

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非日常なんて日常茶飯事 第二巻 ~忍の定めに抗いし者〜 しょぼん(´・ω・`) @shobon_nikoniko

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