翼の少年
シェンマオ
第1話
赤ん坊の背には翼があった。
それはそれは小さな翼がピコピコと小さくうごめいている。
やっと思いで赤ん坊の顔を見る事が出来た母親が涙ながらに、我が子を受け取ろうと手を伸ばす。だが、助産師は思わずその手から赤ん坊を遠ざけた。
結局、赤ん坊は自らの母とこれ以降一度も顔を合わせる事は無かったが、それはまた別のお話。
それより大事なのは、赤ん坊の体を調べあげた結果、その翼は他の人に移植する事が可能だという事が判明した。
背からその翼を毟っても、またすぐに真新しい綺麗な物が生えてくるのだ。
そして、毟った翼は他人の背に植え付ける事が出来るらしい。
試しに学者の1人がやってみると、ごく小さな翼だったソレはみるみる大きくなり、終いには絵本に出てくる天使のように大きな翼にまで成長した。
その上なんと、翼は自らの意思で自由に動かす事が出来、上手く風に乗れば空も飛べるはず。という結論にまで辿り着く事が出来た。
人類の進歩だ、人が空を飛ぶ時代が来たのだ。と学者たちは狂喜乱舞する。
喧騒の中心に寝かされ、迷惑そうな顔で鳴き声を上げる赤ん坊を学者の1人が抱き上げ、防音のベビーベッドに寝かした。懲りずに赤ん坊は泣き続けるが最早、誰も気にはしない。
それから数年、何の変哲もない世界にたった1つ。とびきりおかしな事が起きた。背に翼を持った人間が突然現れたのだ。それも、1人や2人なんてケチな数ではない。カラスの群れのような群衆が、何やら自分たちを見下ろしては笑っているのだ。
数年前、とある学者たちが翼の移植に成功したという隠された事実を知らない民衆はそれはそれは驚いた。
新聞は幾枚もの号外を出し、日本中が連夜寝ずの大騒ぎになった。
しかし、さらにその数年後。
あれだけ普及していた電車や地下鉄はあっという間に廃れてしまった。
今でも時折車が走っている姿は見られるが、それも極小数だ。
このご時世、外に出るのに空を飛ばないなんて人間は殆ど居なかった。
買い物に行くのも、学校に行くのも、そして仕事場に行くのも、全て空の上だ。
車を運転しているのは、決まって時代の移ろいを嫌悪するお堅い老人らばかりだ。そして彼らは飽きもせず今日も今日とてアクセルとブレーキを踏み間違えている。
空を飛んでいれば、そんな事故は起きようもないというのに。
最近は飛行船型のファストフード店が出店された。
後を追うように様々な企業がお店を内蔵した飛行船を飛ばしたせいで、みるみる空が圧迫されていったが、そんな事誰もお構い無しで翼をはためかせる。
聞く所によると、日本国会が翼の移植という超技術の教示を交渉に、他国への借金を全額返金したらしい。
それについての新聞が出ていたような気がするが、とうに風に流されてしまった。
日本中が湧き上がっていた。
人類の夢が叶い、大量の負債は無くなり、何処も彼処も浮かれきっていた。
さてこの頃、最初の翼。いや、翼の持ち主であったあの赤ん坊は今や立派な少年となっていた。背に携えていた翼も随分大きな物へと成長していた。
硬い地面の上に2本の足で立ち、その上を小バエのようにビュンビュン空を飛びまわる大人たちを見ていた少年は、隣に自分と同じくらいの年齢であろう少女が座り込んだのに気付いた。
少女の背にはあの翼は無い。少年はその事に深く安堵し、恐る恐る声を掛けた。
君は、飛ばないの?
うん、わたしとばない。だってとびたくないもん。
少年は彼女の隣に座り込んだ。彼の背に大きな翼がある事に少女は気付いたが、それでも尚少女は続けた。
わたしね、あおいそらがすき。
こんな、いろんないろがいっぱいあるそらじゃなくて、あおとしろ。
あとはー……みずいろとおれんじ。
えへへ。いろんないろ、あったね。おそら
少年は寂しげに笑う少女の横顔を見て、思わず目を背けてしまった。
2人の間に微妙な沈黙が訪れる。
どれだけ経っただろう。日は天高く昇り、少年は自分の額に汗が浮かぶのを感じた。
……僕の翼って、何で出来てると思う?
少年の問いに、少女は首を傾げた。
はねでしょ?からすさんのみたいな
少年はかぶりを振った。
違うよ、ロウソクで出来てるんだ。
で、今日はこの国と太陽が最も近付く日なんだって。
彼を保護する学者たちは、それに気付いてとうに空を飛ぶ事を止めている。
夢を叶え、浮かれるのは良いがその末に命を落とすのは馬鹿らしいから。
そして、残された馬鹿たちは恐らくこれから数分で次々落ちていくだろう。
良かったら僕の家に来ない?冷たいジュースを出すよ。
ほんと? いくいくー!
2人は歩いてその場を去った。
果たして明日この国はどうなるのだろう。
同じ過ちを繰り返すこの国は、果たして
翼の少年 シェンマオ @kamui00621
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