うそつき

「うぅひく。うぅ」


 小さい頃のあたしは、彼女の手を握りながら涙を流していた。


「どうしていなくなっちゃうの……」


 彼女の手を冷たく、既に弱弱しくなっており、あたしは必死にその手を握りしめていた。そんな彼女の表情は悲しげであり、でも少しだけ嬉しそうだった


「真矢、私を心配してくれているの? 嬉しいなぁ」


「だって春が来たら死んじゃうなんて聞いてないもん。なんで消えちゃうの! たぶんこれは好きって感情だもん。なんで消えちゃうの、やだやだやだ!!」


 あたしは泣きじゃくり、醜いほど騒ぎ立てながら感情を吐き出す。すごく恥ずかしいことを言っていることも自覚せず。


 だけど彼女はそんなあたしを見てより一層の笑顔をくれた。そして言葉を呟く。


「消えないよ、だって教えてくれたよね。今日の四月一日は起こることすべてが嘘になるんだって。消えることもきっと嘘になる。だから大丈夫だよ」




★★★★★★★★★★




「もう四月が来ちゃったんだ」


 その日のカレンダーを見ながら、あたしは憂鬱になり、ため息を吐いていた。


 あたしは春が大嫌いである。とりわけ四月の始まりが。


 その理由は小さい頃のトラウマ、初恋の人を目の前で失ったからだ。視界が見えなく無くなる程泣いたのを覚えている。声が枯れるまで泣きじゃくったのを覚えている。


「もう何回目なんだろ……」


 そうぼやきながらあたしは自分が寝ていたベットを見つめた。そこにはきれいな黒髪の女性がすやすやと寝ている。そしてしばらくすると女性は自然と目を開き、そしてこちらを見て微笑んだ。


「おはよ」


「……おはよ」


 あたしは暗めに言葉を返してしまう。すると彼女はそれで何かに感づいたのか自身の体を見渡した。


「あぁ、もう来たんだね」


 彼女の寝ている布団は、すでに水たまりが出来ており、そして彼女の足はまるで氷のように解けてきている。いや、既に全身がそうなっているのだ。それを見て目から涙がこぼれてくる。


「う、うぅ……」


「またそんな顔する。私は雪女なんだよ、冬が終わったら消える宿命なの」


 あたしはそんな彼女の言葉を聞いて、すぐに側に駆け寄る。そしてまた感情を爆発させた。


「何が宿命なの……!! いつもいつもこの日が来たら消えて、あたしを悲しませる」


「そうだね」


「また会ってもあたしとの記憶は消えて、あたしだけがまた、うぅ……」


「そうだね。ごめん」


「ごめんですむなら……うむ?」


 怒ろうとした途端、不意に彼女はあたしの唇を奪った。もちろん冷たいが、それでも温かった。


「記憶が無くても、真矢と会う度に心がポカポカして、すごく愛しくなる。きっと私は心の底から真矢が好きなんだと思う。まぁ勝手に記憶を消して自分勝手だけどね」


「……そんなことない。あたしも取り乱してごめん」


「ふふ、それだけ思ってもらえて本当にうれしいよ」


 そして彼女はまたにこりと優しい顔を見せた。思わず胸が高鳴る。


「そう言えば真矢が教えてくれたよね。四月一日なんだって嘘になる。今の私は消えるけど、真矢が大好きな自分は次も消えないよ。だってエイプリルフールだから、消えることは嘘になるんだもん」


「うん」


 彼女の最期の言葉を聞いて、あたしは目を閉じて再び唇を重ねる。そして次に目を開くと、既に目の前から彼女は消えていた。


「本当に……、いつもいつも」


 びしょぬれになった布団の布をぎゅっと強く引っ張る。そしてわたしは大きく口を広げる。


「あんななんか大嫌いだ、馬鹿ぁぁぁ!!!」


 あたしはこの日、初めて嘘をついた。

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キミイロに染まる フィオネ @kuon-yuto

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