CSO14―私だけの時間!

 日曜の眠れるだけ眠った、清々しい朝を思い出すような目覚め。実際は夕暮れだが、それぐらいの心地よさがあった。


「あぁー、よく寝たー」


 ゲームをしていたのに“寝た“というのも不思議な表現ではあるが、欠伸が少し出そうな具合。だが、やはり目覚めは良く、眠くはなかった。上体を起こし、ヘッドフォンを外して窓の外を見ると夕日はほとんど沈みかけ。


「なかなか楽しかったなぁー」


 色々とハプニングはあったものの、目はスッキリと覚めたものの、まだ夢か現実か分からないようなワクワクとする不思議な浮遊感。視線を下ろすとやはりいつもの自分なのだが、それでもどこか、本当のなりたい自分である“仮想の自分“がここに宿っている気がした。


「ギリギリ暗くなる前には帰れるかな······」


 壁に掛かる丸時計を改めた。

 時刻は、眠っていた時とほとんど同じ時間。


「なんか、現実(こっち)があっちの続きみたい······」


 再び、浮遊感の心地へ落ちる。


 するとそこへ、開いたままの扉を抜けて後ろ手を組んだままの冬子が歩いて部屋に。


「あっ、冬子」

「無事、ログアウト出来たみたいだねー」

「うん、一応ね。······えっ? ログアウト出来ないことなんてあるの?」

「たまにね。魂が残されたみたいにネットの海を彷徨うんだよー」

「えっ、うそ。ちょちょ、そんなの聞いてないんだけ――」

「うそうそ。たとえ停電してもヘッドフォン内の予備電源と緊急装置が働くから起きるくらいは出来るよー」


 相変わらず、人を不安にさせることを言ってくれる――と、目を細めて彼女を見据えた。“あちらの彼女“と“同じ彼女“だ。ともあれ、しかしそんな視線を臆面もせず、ベッド脇の側まで来る彼女は、


「それで鈴華。もう、すぐ帰っちゃうよね? もし良かったら持っていってもらいたい物があるんだけどー」

「ん、持ってってもらいたいもの? お土産ならしばらく受け取れないよ? さっきも言ったけど、もらったばかりだしお母さんも――」

「分かってる分かってる。だから、今日はこっち。――はい」

「えっ?」


 思わず目を丸くしてしまった。


「無線とパソコンはあったよね? 初期接続用インストールデータはそれに入ってるから、それ入れるだけでいつでも家で出来るよー」

「えっ、いや、でも······」

「ヘッドフォンは私のだけど使って。私は兄の予備のやつ使うからさー」


 私の手の内に入れられた物、またその上にやや強引に乗せられた物は『CSO』と書かれたUSBメモリとヘッドフォンだった。ヘッドフォンは当然、直前まで私の脚の上にあったもの。


「鈴華、思ってたより楽しんでたでしょー? だから、その時はこれあげようと思ってたんだー」

「そう、なの?」

「うん。だから私も、また鈴華と一緒にゲームが出来れば嬉しいから、これで“win-win“ってことでー」


 そして、むふー、と笑った彼女は「うぃんうぃん、うぃんうぃん」と何度も言っては、こちらに見せた両手のピースを閉じたり開いておどけてみせる。


「冬子······」


 お土産だと私の家族に気を遣わせてしまうから、彼女なりに考えてくれたに違いない。彼女はwin-winと言うが、貰えるものは貰っておく精神の私でさえこれには頭が上がらない。だって、本当に“なりたい自分“を側における私には貰い過ぎなぐらいだから。果たして、私は同じだけのモノを私は返せるのかと思うくらいに。


 ······そして、それはすぐには無理だろう。だから、


「冬子、冬子」

「ん? なにー?」

「ちょっと来て」

「――?」


 彼女に唆されたスライムの件など、温かい心地ですっかり上書きされてしまっていた。


「あっ! ちょっとー、まだ根に持ってんのー?。撫でても何も出ないからーっ!」


 笑顔の黒い髪の彼女だが、耳もないふわりともしていないツヤのある髪の彼女だが、それでもやっぱり、胸に抱えたこの小さな頭を、いつまでも大事にしたい――と、私は心から思った。





 翌日のこと。

 携帯に冬子からのメールが。


『じゃあ、先入って待ってるねー。場所はあの町の噴水でー』


 それを自分の部屋で見た私は、机の上に置いておいたヘッドフォンを持ってベッドへと向かった。時間はまだ朝の10時だが、私の目はしっかりと冴えている。


 しかし、これから私は眠るのだ。


「起きたばっかで寝るのも変な感じだけど······まっ、いっか」


 これまでの土日は、私にはどうしようもない寂しいばかりの時間だった。だがこれからは、その寂しさも側で見ていてくれた親友との時間になる。そしてまた、もしかしたら――だが、あちらの理想の自分で過ごす内に、こちらの世界の私も少しずつ変わっていくのかもしれない。


「そしたら、少しは見直してくれるかな······?」


 なんて、まだまだどちらも手放し切れない欲張りな私は、ちょっとだけしんみりと笑ってから、ヘッドフォンを付けて、微笑むように目を瞑った。

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Cast a Spell Online 浅山いちる @ichiru_asayama

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