CSO13―初めての宝箱!
「やるねー、カリンー。やっぱやると思ってたよー」
集中の糸が解けた私の後ろからテトテトとやってきたのは、あの尻尾のない白猫のような親友。私は彼女のほうは振り向かず、
「ねぇ、とーこ。それより言いたいことがあるんだけど」
――と、すごんで背中で怒りを見せる。が、
「んー? そこの宝箱見るよりー?」
「うっ、ぐぬぬぬ······」
つくづく、この親友は私の弱点というものを知っている。こんなハッピーバースデーみたいなプレゼントを、私が開けずに本当は我慢出来るわけなんてないのだ。
――ということで。
私は「絶対、話すからね?」と何度も彼女を指差してから一緒に宝箱へ向かった。ちなみに彼女は「はーい」と、悪意は見られないものの、だが、反省のない笑顔だった。ったく······。
「さて······」
私達の目の前、消えた魔方陣の中心――モンスターが居た場所には膝丈ほどの宝箱。鍵の掛かっている様子はなかった。流石に戦利品であろうから、びっくり箱なんてことはないだろうが、果たして何が入っているのだろうか――そんな疑問は浮かんだ。
「じゃあ、開けるね」
「うん」
頷いた彼女を見てから宝箱のほうへ顔を移した私は、ボールほどの重みしかない蓋をそっと持ち上げる。
「ん?」
中には小さな――結晶のような瓶と、水滴のような形の付いたイヤリングがあった。まずはその小瓶を手に。それをしばらく眺めていると、
「――っ!?」
その瓶が粒子となり、私の身体に吸い込まれるようにして消失。同時、私の目の前に出現するウィンドウ。
*
使用すると装備の破損を60%回復。
(※二度目の取得からは、自動でこの表示はされません)
*
どうやら、このアイテムの説明のよう。
そして、その説明を読んだ私は、
「修復!? すぐ使わなきゃ······」
手に入れたばかりのそれを迷わず即使用。
「はぁ、よかった······」
アイテムは、インベントリから《使用》ですぐに使えた。使用すると、スライムにボロボロにされてしまった私の服は瞬く間に、あの初めて種族を選んだ時のように、身体から現れた飛び交う青い粒子によって無事修復されたのだった。
「別にそのままでもよかったのに」
「よくないから」
不満でもなければおちょくるでもない、日常とさして変わらない会話だった。
「ちなみに、カリンのは初期装備だから、完全に壊れても戦闘しなければ十分後には再生されるんだよー?」
「えっ?」
それを聞いた私は「ちょ、ちょっと待って」と、彼女の言う意味をよく吟味。そしてちゃんと理解するとガクリと項垂れた。少しの恥ずかしさを草むらに隠れてやり過ごせば、折角、手に入れたアイテムを使うまでもなかったのである。故に、
「それ早く言ってよ······」
安堵は一気にという落胆へ。
「うう、もったいないことした······」
「いいじゃん、もっかい倒せばー」
「嫌······今日はもうあのヌメヌメはいい······」
私は途方に暮れるが、親友のほうは「んー、私はあのヌメヌメが気持ちいいと思うんだけどなー」とやや心配になる発言。しかし今は、それに突っ込む気力もない。
そうして、心で溜め息を吐く私は「いま何時だろ······?」と思うとメニュー画面をオープン。
「時間は、っと············えっ!? もう六時前!?」
開いたメニュー画面の右上の隅を見て驚愕。彼女の家に来たのは四時前だったのだが、私が悲しみを話す時間を覗いても一時間半は経っている。キャラを作ってここまで来て、スライム一体を倒す、たったそれだけなのに。そこまで私は夢中になっていたのかもしれない。
「今日泊まってけばー? 学校どうせ明日休みだしー」
「えー、無理だよー。この前もお母さんに『泊まりすぎ』って怒られたんだから」
「別にうちはいいんだけどねー」
「そういうわけにはいかないって。ただでさえ世話になってるのにこの前なんかお土産もらって、お母さん『冬子ちゃんにはどう御礼したらいいか分かんないよー』って頭抱えてたんだから」
補足だが、私の家は普通の家庭である。そんな私が彼女と同じややお高い学校に通えてるのは、至ってどこにでも居そうな平凡サラリーマンである父親の努力と、私の不屈の根性の賜物と言えるだろう。
しかし、それはさておき。
財閥の娘である冬子は『どうせお母さん達いつも出張ばっかだしさー』と言って泊まりや食事を一緒にとよく誘ってくれるのだが、たまにくれるお土産なんかが、持ち帰った後に、目玉が飛び出るほどの代物だったと知ることは家族共々しょっちゅうなのだ。
父は「貰えるものは貰っておこうよ」と気楽に言うが、倹約家で義理がたい母は口から魂が抜けそうになるほどだ。私はどちらかと言えば父よりの考えであるが、ともあれ、この辺りだけは親友の彼女と感覚の違う部分。
「んー、そっかー。残念だけど、それじゃあ仕方ないね。鈴華のお母さんにあまり迷惑かけちゃ悪いし」
しかし、彼女の偉いところは、決してそれを鼻に掛けないこと。私達の事情もこうしてちゃんと汲んでくれる。偏見かもしれないが、金持ちというのはふんぞり返って偉そうなイメージが私にはある。――が、彼女は強引ではあるもののそれがない。ただただ、一緒に居て楽しいからという理由で私と居てくれるのだ。もちろん、私が彼女と居る理由も同じだ。
「大人も大変なんだねー」
「そうだねー」
冬子に同調して“まぁ、もしかしたら、自分で稼げるようになれば許してくれるのかも“と、心に少し思った。しかし、高校生の私達に、そんな生活を可能にするだけの稼ぎを得うる都合の良いものなど無いだろうとも思った。
「とりあえず、今日はログアウトしよっか。呼び方も戻っちゃってるしー」
「あっ、そういえば······」
時間を見たせいか、すっかり現実と仮想がごっちゃになってしまっていた。冬子は敢えて合わせてくれたのかもしれないが、ともあれ、ここでこれ以上現実の話をする必要もないだろう。
「じゃあ、またあっちで話そっか」
「うん、そうしよー」
そして彼女は、画面を開くとそのまま「またねー」と手を振る。周りに粒子に囲まれながらそれを見て手を振る私は、湯船に浸かるような心地よさを足元から感じながら、まったく、という気持ちで微笑ましく溜め息をついた。
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