CSO12―初めての勝利!

《おっけーい》


 彼女から返ってきたメッセージは短いものだった。しかし、すぐにもう一通メッセージが。


《じゃあいつも通りヒントだけー。溶ける服の中、カリンはそれを持ってるよー。色々とね》


 私がこんな状態でもそんな遠回しな言い方をする親友だが、それは彼女らしいと思った。面倒くさがりな私はゲームで苦戦するとすぐスマホで攻略を調べてしまうのだが、その都度、彼女は決まって「十回トライしてから見るもんだよー」と口癖のように言うからだ。


《わかった。頑張ってみる》


 しかしただ、それをモットーにしている彼女だが決して強要まではしない。「別にいいけどさー」と言いつつ、上手い具合にこういう形でヒントを代わりにくれるのだ。こういった抜け目ない優しさが、私が彼女の側に居る理由で、ここまでされても彼女を憎むに憎みきれない理由の一つでもあるだろう。


《もしもの時は私がついてるから安心していいよー》

《うん、ありがと》


 そして、目の前に集中するためメッセージウィンドウ等を一旦クローズ。念じて消えた後の景色には、さらに溶けている私の服と、露になりつつある肉体。少しだけメニューを再度開いてHPゲージを確認。半分を切った所だった。


(まだ、時間はある······)


 勘ではあるが、焦らずやれば服が溶け切る前には確実に倒せるだろう。しかし、こんな少し開けた場所では人がいつ通るか分からない。早急に終わらせる必要はある。町に裸で放り出されるのは、このまま死んでも同じなはずだ。


(大丈夫······。私はやれる······)


 そうして、今からの戦闘中――仮に人に見られたとしても動揺せぬよう、また反撃に移るため、スライムの拘束に少しだけ顔を歪めながら徐々に自分を落ち着かせに掛かる。


 目を瞑り、鼻から深呼吸。


 瞼の裏で、水面に浮かぶ一輪の睡蓮。そして、その想像の――私の動揺の如く揺れていた水面や睡蓮は波を沈めていき、やがて完全に凪ぐ。


 そして――、


 その瞬間、私は無我の境地へ。

 同時に、新たなイメージを頭にした。


 水面の睡蓮――その花びら一枚一枚が風にあおられ空へ舞い上がる。舞い上がった――生きた花びら一枚一枚がバラバラとなり、意思をもって吹き荒れるつむじ風の中を飛び交う。


 そして······その風を操るのは私。


「んんんっ!(食らえっ!)」


 目を開き、己の身体の中心から風が外へ舞うように発した。


 その刹那――爆発的なつむじ風が起きたように、胸のネックレスを中心に私の周りを緑が覆った。それは六月の新緑を思わせる“無数の葉“。そして、身体を中心に吹き荒れる風と共に乱舞するそれは、刃の如くスライムを微塵に刻んでいた。


「んっ······はぁ、はぁ······」


 スライムの拘束から解放された私は立ち上がり、口の中の残りも、うぇっ、と吐出。ぺちゃ、と地面へ落ちるスライムの一部だが、全てを吐き出しても警戒はまだ解けなかった。それは、私が吐き出したのも含め、刻まれたスライムが再び一ヶ所へと集まり始めていたから。


「······やっぱ、そう簡単にはいかないよね」


 そして集結した――無数のバラバラの青透明は、元の“一体“へと姿を戻していた。


「けど、今の攻撃で倒せないのなら······」


 しかし、ここまでは親友の言葉から予測済み。

 何故なら、その事を彼女はさりげなく伝えていたから。


 “何が大事“か――を。


「倒す方法は一つしかないよね――このゲームなら」


 スペルの連続使用による弱体化。口を塞がれた際のスペルの不発。それら戦闘で起きる不祥事。そうしたことが起きた時、念じれば解決できる手段がある場合もあること。そして、それ等も大事だが、それ以上に、武器を渡す前彼女がさりげなく言った······。


「たとえ駄目でも、何度だってやるんだからっ!」


 スペルが――“戦闘の要“であることだ!


「ジオグランデっ!!」


 両手を突き出して叫んだ直後、それは幸にも発動した。

 魔方陣が現れたのはスライムの真下。


 二重円に三角が入ったその魔方陣は、まるで見えない巨人が大地を両手で寄せ集めたように瞬時に土の半球を作り上げた。修復を終えたばかりだからか、はたまたその速度に敵わなかったからか、敵は茶色に光った魔方陣の上で、ドオオオォン、という轟音と共にその土の中へ飲み込まれていた。


 土の半球から、空へと昇る白い無数の粒子。

 モンスターが倒れた証だろうと察した。


「私を脱がそうなんて百年早いんだから」


 そっと手を下ろした私は、腰に手を当てて鼻から怒りの長い溜め息。だが、すぐに集中の緊張も解いた。


 それから数秒後、眼前では魔方陣の上に出来た土の半球が、風に運ばれるかのように塵となってさらさらと崩壊。道幅の半分ほどに広がっていた地面の魔方陣も、色を失うように透明となって薄っすら消失していた。そして――、


「ん?」


 そのスペルの残滓が完全に消えた後に残っていたのは、モンスターの影ではなく、膝丈ほどの一つの茶色い宝箱だった。

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