CSO11―初めてのダメージ!

 スライムは先までの跳ねる移動とは違い、滑るように急接近。一旦身体を翻し走って逃げようとしたが、スペルが弱体化していることによる困惑し、行動が遅れてしまったことによってあえなく私は拿捕(だほ)。足首を絡め取られ、そこから這い上がるように、青透明のスライムのぬるりとした触感が私を襲う。


「いいぃー、気持ち悪いいぃーっ!」


 だが、まるで透明なロープで締め付けるようなそれは、さらに私の身体の自由を奪いながら、腹、胸、肩、腕へと徐々に這い上がってくる。そして終いには、


「ん、んんーっ!」


 触手のように伸びたそれは口の中にまで。なんとかしようとギリギリ動く手をジタバタするもそうしている内にバランスを崩し転倒。水のような無味無臭で、不思議となんとか息も出来るものの、スペルが唱えられなくなっていたためことに焦る。もごもごと《バレスティナ》を叫ぶも、魔方陣さえ現れない。


「んんんーっ!」


 ――と、そこで私は見慣れないものに気付く。それは、私の目の前に映る――メニュー画面と同じ色の中に現れていたピンク色のゲージ。


「ん? んんっん······(ん? これって······)」


 そのゲージは極僅かにだが、スライムが私の身体を締め付けると同時、明滅しながら減少。そして、親友のおかげでゲームの経験浅くない私にはそれが“何か“すぐに分かった。


「むー、んーんっ! んむ、んーむむむむーむっ!?(ねぇ、とーこっ! これ、どうすればいいのー!?)」


 これは『HPゲージ』にだった。つまり、私は今、敵による“締め付け“でダメージを受けているのだ。


「んんー! んんむんー!?(ねぇー! 聞いてるー?)」


 スペルが唱えられなくなり手の内を無くした私は、拘束の中でもなんとか動かせる首を動かし、助けを求めるように親友のほうを見る。


 すると、


「――っ!?」 


 彼女は清々しい程にニンマリ顔。加えて、こちらの視線に気付くと彼女は――、


「ふぁいとー」


 手を振って、笑顔の対応。


「んーんー······(とーこぉ······)」


 私はようやく、さっきの“スペルの所有“は大事なことの一部に過ぎなかったことを知る。そしてまた、これも彼女の“企て“の続きだったのだと。


「あと、同じスペルは連続で使うと効果が下がるからねー。だから、さっき叫んで発動しなかった《来ないで!》ってのはノーカンで、今の《バレスティナ!》が連続で使った扱いになってるんだよー」

「んむむんむーむっ!?(今更遅いよっ!?)」


 スライムにやられていることも忘れそうなほど、親友にその怒りを向ける。――と、そうこうしている内に私のHPは残り四分の三程に。減る量は極僅か――全く減っていかないとはいえ、塵も積もればなんとやらだった。


 ともあれ、


 親友に怒り、呆れたことで焦りもどこか忘れ、スライムに捕まっている私は呑気に、このままゲームオーバーかなぁ? 確かに怪我もしてないけど······。などと、不貞腐れ気味に考えていた。


 だがしかし、そんなことを考えていた時のことだった。


「ん? ――っ!?」


 それは項垂れたように首の力を抜いて、ふと視線を下ろした時のこと。それを見た私はたちまち、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って······と、忘れていた焦りを途端に思い出すように心の声が大きく。


「んむむむんむ、んむむむー!?(私の服溶けてない!?)」


 そう。私の服だけが、スライムにダメージを与えられる度溶けているのだ。主に包まれた部分が。


「そうそう。スライムは簡単に倒せるけど、何も準備してないと初見殺しなのー。装備溶かしてくるし」

「んんむむんむむむっ!?(そんなの聞いてないっ!?)」


 だがしかし、口を塞がれているそんな私の声など彼女に正確に伝わるはずもなく、彼女は後ろで手を組んで、鼻唄が聞こえそうな笑顔で上体を左右にゆらゆら。久々に、あの猫かぶりに恨みを覚えた。


 だが、今そんなことはさておき――、


「んん······んむむんむむむんん······(でも、碌に動けないし······)」


 この現状を対処しなくちゃならない。なんせ、森に仰向けの私は半裸状態。拘束されるたび喘いで、そんなの誰かに見られるなんて恥ずかしすぎる! たとえこれが仮の姿とはいえ、こんな姿誰の前でもしたこともないのだから。好きな人の前でさえもだ。


 ――と、その時、私の目の前に現れるメニュー画面。


 そこに現れた新たなウィンドウには《メッセージ受信》という文字が。差出人の部分は《とーこ》だった。そして、一行程の――開かなくても見れる文頭には、


《メッセージとかメニューはね、行動不能でも念じれば操作出来るんだよー。助けとか······》


 ――と、書かれていた。文頭通り従うとその全容が表示される。


《メッセージとかメニューはね、行動不能状態でも念じれば操作出来るんだよー。助けとか、最悪ログアウト出来るようにね。でも、戦闘中ログアウトすると、その攻撃で死んだ扱いになって復活地点に強制送還するからねー》


 役に立つのか立たないのか分からない内容だった。しかしともあれ、こんなところで裸になってしまうくらいならログアウトだと思う私は『ログアウト』ボタンのあるウィンドウまでを開く。


 ――が、その時、メッセージがもう一通。


《あと、カリン復活地点未設定だから、今ログアウトすると町に裸で転移するから気を付けてー》

《危うくログイン出来なくなるとこだったよ!!》


 そんな文面だけ返した。


 折角、気を張らずに居られる場所を見つけたのにそんなのはあんまりである。この拘束と辱しめからは抜け出したいが、同じくらいそれも嫌である。······ん? あれ、嫌なのか?


 ············。


 そうして、ふと自分を顧みた時、私は気付いてしまった。


 思いのほか私は、このCSOシーエスオー内を心地良く感じているのだ。冬子と“現実“でゲームをしている時のような、そんな飾らない姿で他者と交われる――そんな、期待を持たせてくれるこのゲームに。雰囲気に。


「大丈夫ー? カリンー。手伝おっかー?」


 プレイ時間がまだ短いとはいえ、考えもしないことだった。


「ん? ······むふー」


 私は······思ったよりこのゲームにハマりつつあるのかもしれない。


《とーこ。私にスライムの倒し方教えて》

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