CSO10―初めての失態!
「ねぇー、本当に大丈夫なんだよねー?」
「大丈夫だってー、怪我はしないからー」
あれから彼女には何度も確認をした。しかし、やはり返ってきたのはどれも「私もついてるからー」という清々しいほど裏が見え見えの――だが、あの愛くるしい姿のせいで、普段以上に憎みきれない満面の笑み。それ故、先に、ぐぐぐ······と根負けした私は、いよいよスライムの前へ居たのだった。
「じゃあ戦うよー? スペル撃てばいいんでしょー?」
「うん、そうー。――あっ、でもちょっと待ってー」
すると、
「フロールっ! ルディアっ!」
私と少し離れた位置で杖を掲げるとーこ。しかし、何か変化が起きたようには思えなかった。
「――? とーこ、今のは?」
「んー、おまじない?」
恐らくスペルを使ったのだろうが、私の質問には明確に答えず、彼女はそう言ってはぐらかすと「じゃ、頑張ってー」と揚々に手を振ってみせる。もう一度だけ大丈夫なのか聞き直したが、まるで聞こえてないように彼女は笑顔で手を振ったまま。激戦地への見送りならこちらも覚悟がいくのだが、今はおばけ屋敷にでも放り込まるような気分である。疑念、欺瞞もいいところ。
「はぁ······」
しかし、
「でも、とりあえず――」
私も私で、スペルに関しては謎の部分はあった。だから、
「やってみよっか」
蛇のモンスターを倒せたのは偶然か。
逃げる際の“叫び“は、何故スペルとして扱われなかったのか。
それを確認しておかなければ、今後このゲームを続ける上でふとした際に命取りになるだろう。また、不意に誰かを攻撃してしまう可能性だってある。彼女は“大事なことは後で説明する“と言ったが、私自身でもそれを解消するつもりで戦うのも悪くないはずだ。“習うより慣れろ“という言葉もあるし。
「よし」
彼女の秘め事について考えるのはそれを試してから――そう気を引き締めた私は、スライムの前に強く一歩歩みだして地を踏みしめるように仁王立ち。
「この距離でも攻撃しに来ない辺り、やっぱ“ノンアクティブ“かな?」
こういうゲームには“向こうから攻撃してくる“『アクティブ』と“こちらが攻撃しない限りは襲ってこない“『ノンアクティブ』とがある。つまり、今こうして近くにいても攻撃されないのだから、このスライムは『ノンアクティブ』ということである。
他にもゲームによって、能力値が低いと襲ってきたり、何かを持っていたら攻撃してくるなど、様々な条件がある場合もあるが、今はこれ以上関係なさそうなため置いといていいだろう。
「ちょっと可愛いけど······恨まないでね」
そうして、私は一つ目の確認に入る。目の前で跳ねる青いスライムに向け、一度腕を折り曲げては一気に両手を突き出して。
「来ないでっ!」
――が、しかし何も起きなかった。
「······」
“逃げる時の叫びは何故スペルにならなかったのか“をまずは検証したつもりなのだが、この静けさは中々に堪えた。草原で逃げた時と同様――だが、今回はスペルを放つつもりで叫んだだけに尚更。
「これ、カッコつけて不発した時はキツいかも······」
魔方陣も無ければ音はプスリともせず。そこにあるのは、直前と変わらぬ、嘲笑うかのように気ままにポヨリポヨリと音を立てて跳ねるスライムだけ。虚しく腕を伸ばしたままの私は、少しだけ恥ずかしい気持ちになりながら腕を下ろし、そして溜め息。
「んー」
ただ、その恥ずかしさを代償にした甲斐あって、確認出来たこともある。
「ってことは、手は特に関係ないのかな······?」
てっきり私は、蛇に襲われたあの時は“咄嗟に手を伸ばしていたため発動した“と考えていた。だが、結果はこんな感じ。つまり、発動しない“別の理由“があると推測するのが妥当なのかもしれない。
すると、背後から声が。
「カリンー」
振り向くと、いつの間にか杖を消していた彼女は両手をメガホンのように筒にしていた。
「スペルは、行動が伴えば効果は増すけど、既に誰かのスペルになってると発動しないのー」
なんと、寝耳に水な発言である。それに目を丸くする私は、
「どういうこと?」
「初めて唱えられたスペルは個人に帰属するようになってて、今カリンが唱えた《来ないでー》ってのは、もう既に他の人の保有になってるってことー。そうなると、スペルを唱えたつもりでもスペルが発動しなくなっちゃうのー」
「スペルが発動しない? ············はー、なるほど」
どうしてそんなシステムになっているのか――と思ったが、つまりこういうことだろう。例えば――だが、もし皆が同じスペルを発動出来たとして、一人でもプレイヤーの誰かが“どんな敵でも一撃で倒せるスペル“を見つけた場合、そんなものが仮に掲示板などで触れ回れば、このゲームはその瞬間ゲームとして破綻してしまう。いわば、それを防ぐためとも言える。皆が皆、一つのスペルで攻略出来てしまうわけだから。
「それで発動しなかったわけね······」
ただ、裏を返せば“人の数だけ攻略もある“と言える。その辺りは、突き詰めると奥が深いゲームなのかもしれない。
――と、自分の“疑問“について考えていると、
「あと、スペルを唱えるつもりがない叫びは、AIが脳波を認識してるからどんなものでも発動しないよー。例えば、怖がって叫んだだけだとか、驚いて叫んだだけとかねー」
······なるほど。
所有物の件は聞いたものの、叫んで逃げてもスペルが発動しない理由については、こちらのほうが一番納得のいく答えだった。もし、AIによるこの分別機能が無ければ、さっきは《来ないで!》と叫んだが、もしかしたら《来ないでよー!》では発動してしまうかもしれないのだ。そして、仮にもしそれで発動するなら、逃げるだけでスペルが使い放題である。そんなゲームも面白いが、製作側として『スペルを唱えるゲーム』と提唱してるのだから――当然“可“ではないだろう。“唱える“と“悲鳴“では全く意味が違うのだから。
「じゃあ、私は一応あの時、無意識に攻撃しようとしてたわけか······」
ただ、そう考えると“あの時、発動してなかったら······“と思うと悍(おぞ)ましいものである。思わず身震いする程に。
「出来れば、もう遭いたくないね······」
ともあれそうなると、結果として蛇のモンスターを倒せたのは偶然というわけである。初めて彼女と会った時、何か気になることを言っていた気もするが、まぁ、今はそれはいいだろう。何故なら、そうこう考えている内に――、
「あっ」
目の前にいたスライムが、私達の来た道――つまり、私達から遠ざかるように、そちらへ呑気に跳ねながら移動をしていたから。それを見た私は、
「待って······あっ、そうだ」
しかし、この考えが良くなかった。“ただ叫んでも発動しない謎“や“偶然だった“というそれ等の結論(こたえ)が出たことによる慢心かもしれない。安心感かもしれない。はたまた「カリンー、逃げられちゃうよー」という親友の焦らす声かもしれない。いや、どれもこれも私がミスを犯すための布石だったと言える。
――恐らく、私の後方でニヤリとしたであろう、時々悪だくみを考える、そんな彼女の······。
「バレスティナっ!」
特に何も警戒せず、右手を前に突き出し、そう叫んだ私だが、その瞬間、我が目を疑う。
「えっ?」
掌の先――二重円に中に何も描かれていない魔方陣から現れたその白い光線は、とても、あの蛇のモンスターを包んだような巨大なものではなく、まるで人差し指一本で済んでしまうかのような異常に細い光線。
「えっ、ちょ、ちょ、ちょっ、ちょっと、なんで!?」
焦る私だが、しかしその頃にはもう、その果てなく伸びる光線は相手のその青透明の身体をほんの少しだけ、ポスッ、と貫いて、向こうの景色に正しい色を作っていた。
さておき、少し話は戻るが、相手は『ノンアクティブ』モンスターである。こちらから攻撃しない限り襲ってこないモンスター。つまり裏を返せば、こちらが攻撃すれば襲ってくるというわけである。まぁ、ゲームの敵というのは攻撃すれば攻撃してくるのは常識ではあるが、ともあれ、私がこんな風につらつらと述べているのだから、当然、その私の放った白い細(ほ)っそい光線なんかで相手を倒せているわけもなく、
「あっ······やばいかも······」
こちらの準備も整わずに、戦闘開始である。
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