141.逃避行四
「い……一応、曲りなりに忍びの者を育てている里ですよ?余人が場所を知ることなんてありえませんし、関係のない人に口外することすらも許されていません。本当に極一部の人にしか知ることが許されない場所なんです。」
「でしょうね。そこら辺は
「でしょうねってっ……。」
一瞬言い淀んで、
「どうしてです。そもそもそんな私の里になんて所に行く理由なんて無いでしょう。」
「いえね。元々はあの成瀬のお爺さんに、
全く持って骨折り損のくたびれ儲けですよ、と
言われて
「そう言えば、そんな約束もありましたね。完全に忘れていました。」
「そうですよ。ですから、結局のところ、今でも
「それは確かにその通りですが……。そう言うことで言うと、多分、そのうち里から私に新しい指示でも何でも来ると思います。」
里から指示が来る手段は様々であった。鳥を使って文が届けられることもあれば、街の人混みの中でそっと文を渡されることもある。それはどこに居ようと、必ずに伝えられ、里に自分の居場所が常時知られているのだと思わされることが多い。そう言うことで言えば、恐らくは
事の起こった直後で、今でこそ何も言われていないが、そのうちに何ぞや言い
「ですからねえ」
と、考えこみはじめていた
「
「うええ!?」
今までに無いほどに
「おや?どうかなされました?」
対して
「ちょ……ちょっと待ってくださいっ……。ええっと、里に私を抜けさせてくださいって、直接言いに行くんですか?」
「ええ、ええ。貴女様と一緒に居るにはそうするしかないでしょう?」
「いや……そんなことまでしなくても良いんじゃないですか?任務しながらでも旅なら一緒にできますよ。」
「嫌ですよ。私が行きたい所と、その里からの指示とが違ったらどうなさるんですか?」
「それは……。」
「お互い困るでしょう?それに、これ以上、
「……
聞こえないように小さな声で
「
その表情に僅かばかりの圧を感じて、
「あ……いえ、なんでもないです……。」
しどろもどろに言い繕いながら、それでも
「その……本当に私の里に行かないと駄目ですか?」
僅かに伏せた顔から視線を上げて、まるで怒られた童子が躊躇いがちに機嫌を窺うかのような仕草を見せた
「なんですか?里に行くのに何か嫌なことでもあるんですか?」
「いや、だってそれは……。」
何とも口に出しにくそうに口を拗ねらせて
「だって、何なんですか?」
「だって……絶対に色んな人に怒られますから……。部外者に里の場所を教えて、それも里から足抜けしたいなんて言いだしたら……みんなになんていわれるか……。」
「なんですか、そんなことですか。」
多少呆れるように
「そうは言いますけどね。普通に殺されるかもしれないですよ?私は兎も角、里の人達は怖い人ばかりですから。」
しょぼくれて未だに
「大丈夫ですよ。私が一緒に居ますから。」
「でも、
そうやって、なんのかんのと不満を口にしながらも、それでも
ふうっと、一つ大仰な溜息を漏らすと仕方ないと顔を上げて、どうにも呑気な表情をしている
ただ「それでも」と
「せめて里では大人しくしてくださいね。暴れたりとか、挑発したりとか、何でもかんでも斬り合いに持っていこうとかしないでくださいよ。あと長には、ちゃんと礼儀のある態度をとってください。」
「はいはい。
真面目に言う
そんな
そうして不意に
「そう言えば
「はい?なんでしょうか?」
同じように足を止めて、
「成瀬のお爺さんの屋敷から、貴女様を助け出しましたでしょう?」
「あ、はい……。そう……ですね?」
「何故問うような言い方を?」
「いや、どうして、そんなことを言いだすのかなと思いまして。」
「いえねえ、助け出しましたでしょう。これでも頑張ったつもりなのですよ。だから、ちょっとお礼とかを貰えたらと思いまして。」
「え……、お礼ですか?」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないですけど。でも、何と言うか、私は何も持っていませんよ?お金も僅かしかありませんし、もう殆ど着の身着のままですから……。」
「そうですか?そうでもありませんよ。」
しれりと言って
「え?あ……。」
彼女は頬どころか耳の先にまで肌を真っ赤にする。
「それはっ……そのっ……。」
「折角腹が裂けるほどに頑張ったのですから、これぐらいの
そう言いながら
「いや、その……。」
慌ただしく困惑しながら、赤い顔で
「~~~っっ……。」
「駄目ですか?」
「駄目……じゃないですけれど……。」
どうにも困った様子で、両手を忙しなく擦りつけながら、
「あの……でも、口を吸うだけですよ?」
「分かりました。」
顔の全てを赤く
そうして、ゆっくりと
「んぅ……。」
何度も唇を重ねて、口へと吸い付いて、そうして二人は抱きしめ合う。束の間に息を止めると、ぎゅっと腕の中にある体の温かさを感じて二人は切なそうに目を閉じた。
喉を鳴らして口内に溜まった唾液を飲み込むと、それを合図の様に二人は唇を僅かに隔てさせる。ほんの少しだけ体を仰け反らせた二人は、間近に迫った顔を互いに見つめ合うと、不意にふっと微笑んだ。
それは何ともあどけなくて嬉しそうな表情であった。ただそこに相手がいることが、それだけが嬉しくて仕方のないように、肩を小さく振るわせて目を細めていた。
再び唇を重ねた二人の上空はどこまでも青く晴れ渡り、飛んでいた鳶がくるりと身を翻らせると、高く鳴き声を上げながら山の方へと飛び去ってく。
陽の光は温かく、そして風も凪いだ、穏やかな午後の昼下がりであった。
第一章 了
君に逢うては総てを殺し 春小麦なにがし @ryo_jo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君に逢うては総てを殺しの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます