『サンダルでダッシュ!』

八重垣ケイシ

サンダルでダッシュ!


 なにやら愉快な気分になってくる。


「なんだ? あの髪の色?」

「あれが、異人か?」


 誰もが私を遠巻きにジロジロと見てはコソコソと話している。私が気になって仕方無いという感じだ。

 この島国は長く他国との交流はほとんど無く、こうして私のような外国人を見るのが珍しいのだろう。誰もが私を珍獣のように見る。実際のところ珍獣だと思っているのもいるのではなかろうか?

 不躾な視線だが不快には感じない。彼らの素直な好奇心を私は楽しんでいる。


「変な服だなあ」

「あぁ、なんだか堅そうな服だ」


 私を見てヒソヒソと話すこの国の人達。

 他国との交流の少ないこの国は、独特な文化を育てたようだ。彼らの服の方が私から見ると実に変わっているのだが。


 これまでいろんな国を見てきた。どの国にも独自の文化や風習がある。だが、この国は今まで見てきた国々よりも一風変わっている。


 服装もふんわりとしていて、締め付けているのはベルトのみ。この国では男もスカートを穿くようで、ズボンを穿いている人はいない。

 腰に剣を下げた身分の高そうな男達は裾が広がる長いスカートを穿いている。あれはハカマと呼ばれるらしい。

 女は私から見るとナイトガウンのようにしか見えない服だ。ウェストを絞める太いベルトはコルセットのようで、腹をくびれさせて胸と腰を強調するのは他の国の女性美と同じだろうか? 服が違うと方法論が変わるようだ。


 袖はゆったりたっぷりとして、あれでは何かに引っ掛けそうで不便そうに見える。何の為の膨らみか解らなかったが、この国の人はあのたっぷりとした袖にちょっとした小物を入れたりする。どうやらポケット代わりになるらしい。

 女性が片手の甲で袖を抑える仕草を見ると、そこに目を引くしなやかな色気がある。一見不便な服が綺麗な所作を産み出すというのは、私には驚きの発見だった。


「髪の毛が光ってる」

「キラキラしてんな」


 この国の人は全員が黒髪だ。お年寄りには白髪があるが、私のような金髪の者はいない。

 黒髪しか見たことの無い人達は、私の金髪を見て頭から金属が生えているのか? と小声で話していたりする。その様子がまた、私には可愛らしくも思えてしまう。


 また、この国の者の髪型は独特だ。

 男は何故か頭頂部だけを剃り上げている。この剃り上げた頭頂部が青々として瑞々しいと、健康的ないい男、というのがこの国の美的感覚だという。

 その為に剃り上げた頭頂部に水色の化粧を薄く塗る洒落者の若者もいるという。頭を薄い水色に塗るのが若々しさとは面白い。

 その頭頂部に後頭部から伸ばした髪を整髪料で固めて、黒い棒のようにしてチョコンと頭に乗せている。頭の天辺に炭を乗せたような、なんとも奇妙な髪型だ。


 しかし、誰もが奇妙な髪型を当然としていると、頭頂部を剃っていない成人男子は私ぐらいしかいない。大人になっても頭を剃らない私の方が、この国では奇妙に見えることだろう。

 

 女もまたカンザシと呼ばれるこの国独自のアクセサリーで髪を纏めている。只の飾りのついた串にしか見えないカンザシで綺麗に髪を纏めている。

 如何なる理由でこの髪型になったのか、後でじっくりとこの国の歴史を調べてみよう。


「なんだあの履き物?」

「足を覆っていて、窮屈そうだな」

「あれはクツって言うらしいぞ」

「なるほど、窮屈だからクツか」


 この国の人達は靴を履かない。誰もがサンダルだ。どうやらこの国に靴は履き物として普及してないようだ。

 しかし、そのサンダルもまた独特だ。木でできたもの、ベルトが鮮やかな色をしたもの。中には藁を編んで作られたものもある。この国の人は器用なものだ。


「おい、あの異人の履き物を見ろよ」

「膝の下まで伸びてるのは、脚絆の代わりなのかな?」

「そこじゃねえ、カカトだよ、カカトのところ」

「なんか固そうでしっかりしてんな」

「良く見ろ、作り物のカカトがつけてある」

「ホントだ。なんでカカトを高くしてんだ?」


 私の履いているブーツのヒールのことだろうか? 私が彼らを観察し奇妙に思うように、彼らもまた私を観察して奇妙なところを分析しようとしているらしい。

 彼らは私のブーツをどう品評するのだろうか? 私はそ知らぬ顔を装いつつも聞き耳を立ててしまう。なんだかワクワクする。


「作り物のカカトをつけるってことは、異人の足にはカカトが無いに違いない」

「カカトが無い? 足にカカトが無くてどうやって歩くんだ?」

「だから作り物のカカトをつけて足に履いてるんだよ。きっと異人は、犬とか猫みたいなカカトの無い足をしてるに違いねえ」

「そうか、それで足を隠す変なもんを履いてんのか」

「やっぱ異人は、人じゃ無くてケダモノなんだよ」


 思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。私にはカカトが無いらしい。なんとも可愛らしい想像だ。

 彼らの思う人に似てはいるが、背も高く髪の色も肌の色も目の色も違う私。彼らに似ているところと似ていないところを、彼らなりに探して納得しようと、必死で頭を働かせているのだろう。


 しかし、私の足が猫か犬のような足とは、彼らは想像力が豊かだ。

 そう言えば、前の国から持ってきたワインを私が飲むところをこの国の人が見たことがあった。

 その後、赤いワインという見慣れない物を飲む私を見て、異人は生き血を飲むと彼らが囁いていたこともあったか。


男爵バロン


 私の部下が私を呼ぶ。


男爵バロンべランディス、この町の滞在許可が出ました」

「おお! それは喜ばしい!」

「ですが住民との接触は禁止です。この国の兵の監視がつくことになります」

「この国の騎士ナイトだったな。確かサムラーイとか言ったか」

「なので男爵バロン、大人しくして下さいね」

「なに、そうとなれば監視のサムラーイとお喋りするとしよう。少し見た目が違っても人と人ならば、言葉を交わせば通じ会えることもあるだろう」

「騒動は起こさないで下さいね、男爵バロン


 この部下は心配性だ。その心配性のお陰で守られるので、私は安心していられるのだが。

 ふと見ればこの国の子供たちが遠くから私を見ていた。私が目を合わせ、試しに手を振ると子供たちは、わあ、と叫んで振り向いて逃げていった。私に興味があっても、まだ怖いらしい。


男爵バロン、彼らを挑発しないで下さい」

「ただの挨拶なのだがなあ」


 子供の穿く木のサンダル、――ゲタ、と言うらしい――そのゲタのカラコロという小気味良い音色が、子供と一緒に遠ざかっていく。

 この国の人達は足音でさえも私を楽しませてくれる。


 こうして私はこの国に暫く滞在することになった。


「……信じられない程に平和な町だ」


 これまでいろんな国を見てきたが、なんとも呑気で穏やかな国だ。治安が良い、というのとは何かが違う。

 自宅の扉に鍵をかける人がいない。これはどういうことだと思う。空き巣や泥棒がいないのか?


 宿に泊まれば部屋の戸には鍵も無ければ錠前も無い。

 プライバシーというものが無いのか、異人の私たちを見に来る人が多い。訪れる者が多いのは私には喜ばしいことだが、部下達はハラハラしていた。

 しかし、多くの人が無遠慮に近づいてくるが、私たちの持ち物が盗まれることは一度も無かった。

 

 旅をする上でこの国ほど安全なところは無いのではなかろうか?


 この国の首都は世界でも珍しい百万人都市だ。なのに治安警護に当たる人員は三百人に満たないと聞いて驚いた。


 建築もまた独特で興味深い。木で作られた塔には釘が使われて無いと聞いて信じられなかった。

 この国の人達はひとつのことに拘ることに、何か美学めいたものを持っているようだ。


 私はすっかりこの国のことが気に入った。呑気で、穏やかで、それでいてエネルギッシュな人達。独自の文化が産み出した風習、服飾、建築。実にミステリアスな魅力がある。

 まるでお伽話の妖精が住むような町並み。プライバシーの概念が無いのか、開けっ広げで呑気な人達。

 不思議に感じながらも、何か穏やかな気分になる。この国ではこれを、ワビサビ、と言うらしい。


 様々な物に触れ、この国の人達と話したことを日記に綴る。これは他の国で旅行記として本にしてみよう。きっと多くの人が楽しんでくれるに違い無い。


◇◇◇◇◇


 あれから随分と時が流れた。

 ひとつところに留まることのできない私は、様々な国を旅して回ってきた。

 時代の変化と共に何やら世の中は忙しなくなってきたように思う。


 のんびりと安らげるところへと行きたくなった私は、再びあの国へと行ってみることにした。


 最後に訪れてから二百年ほど過ぎただろうか? 


 再びこの国の地へと足を下ろしたとき、私の希望が失望へと変わっていった。人の暮らしは時代の変化と共に変わるものだが、これはあまりにも変わり過ぎではないか?


 街並みは大きく変わった。

 木造の可愛らしい家が並び、まるで妖精が住むところに見えた景色には、今は味気無いビルばかりが並ぶ。

 他の国でも見たことがあるような、マンションやアパートが目に入る。この国ならではの面白味は、何処へ行ってしまったのか?


 宿泊するホテルもドアには鍵がついている。どうやら二百年前より治安は悪化しているらしい。


 ホテルの中の内装を見て私は愕然としてしまう。


 畳は無くカーペット。床の間も掛け軸も炬燵も無い。他の国でも見たようなベッドがある。随分と様変わりしてしまったものだ。


 街に出てみれば、人も随分と変わっていた。

 人の黒髪と黒目は変わってはいないが、服装も人柄も何もかも変わってしまった。


 キモノやハカマを着て歩いている人がいない。頭頂部を剃っている人がいない。サンダルでは無く靴を履いている人ばかりだ。


 おおらかで呑気だった人達は、今は忙しなく歩いている。誰もが疲れているか、イライラしているように見えて元気が無い。

 電車の中では寝ているかスマホを見ている人ばかりで、つまらなさそうな顔の人ばかりだ。

 エネルギッシュなのは自動車と電車だけ。

 これが、私の愛したあの国なのか?


 あの頃は混浴が当たり前だった大衆浴場は、男女別になっていた。変なところで他所の国の真似をしているように見える。


 この国は、今もまだ世界の中では治安のいい方だが、二百年前に比べて治安も社会も悪化している。いや、これは悪化と言うよりは劣化している、と言うべきか。

 何よりこの国の首都は、世界でも唯一の毒ガステロ事件のあったところとして有名になってしまった。


 かつての私の知る風景を求めて、あちこちと歩き回ってみる。


 古ぼけた寺を見つけ、その境内へと入る。

 そこでようやく私は、ほう、と息を吐いた。

 木造の歴史を感じさせる寺。大きな松の木。ここに来てやっと私の知るこの国の風景に近いものを見つけた。

 なんだか故郷に帰ってきたような、そんな感じがする。


 どうしてこの国の人達は、自分達の国のミステリアスで魅力的なところを、自ら失っててしまったのだろうか?

 トイレについては洋式のウォシュレット付きが便利でいいのだが。だからと言ってこの国の良いところを無くさなくともよいではないか。

 

 もはやキモノも無く、カタナも無く、服も髪型も足に履くものまで、どこか他の国でも見たことのあるようなつまらないものばかり。

 この国ならではの文化も、あの呑気でおおらかな人達も、もういないのか。

 なんてもったいない。


 あぁ、もったいない、という単語もこの国生まれの独自の概念だったか。


 まるで妖精が住むような、お伽の国のような景色も、独自の風習も、もはや失われた妖精郷のように。既に時の彼方なのか。


 大きな松の木に手で触れる。この木は変わっていったこの国をじっと見てきたのだろうか? 長く生きるということは、寂しいものだ。


 目を瞑れば遠くから、カラコロとゲタを鳴らす音が。

 遠い過去から耳に聞こえない音が響いてきたような、そんな気がした。

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『サンダルでダッシュ!』 八重垣ケイシ @NOMAR

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