第3話 止めろと言ってるわけじゃないの。配慮してって言ってるの

 結局、机の上の猫グッズは回収する事になった。

 一体何が悪いのか分からなかったが、日本社会は多数決が結局の所幅を効かせている。

 パソコンも使った事の無いような零細企業でエクセルを使ったらズルイとか間違っているに違いないとか言いだす原始人が会社を動かしているのが多い地方企業なら、その部族のルールに従わないといけない。

 とはいえ、家に持って帰っても妻から昆虫のフィギアを持って帰ったかのように剣のされるだろうから、涙をのんで聖地に寄付することにした。


 猫カフェである。


 大分市では時々出店されては閉店を繰り返す猫カフェだが、今は商店街の片隅にオープンしている。

 職場の帰りに散歩がてらに立ち寄ろう。


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「………猫のイラストは無くなったな」

 あの日以来、ネットでは町にあふれた猫のポスターや人形を取り上げて

『この手の指をデフォルメした部分は奇形児を想起させる。またわざとらしい笑顔にも猫という害獣を隠して幼稚な人間性を持つネコオタどもに媚びている意図が透けて見える』

 などとポスターに文句を付けている人間がいるからだろう。

 そんな屁理屈を言っている暇があるなら、町にあふれるアニメ絵のポスターこそ排除すべきではないだろうか?

 あんな環境セクハラと可愛い猫の絵を同列の問題にするのは変だが、今の世の中では明らかに猫のポスターの方が問題視されている。

 試しにキモオタが好きそうな絵をネットに上げて「このキモい絵を公共の空間に設置する、事業主の常識を疑う」と文書を添付してみたが、全く反応がない。

 逆に以前撮影した猫カフェの絵を上げると

「これはひどいですね。どこのお店ですか?」

「こんな気持ち悪い絵を公共の空間に設置するなんて、常識を疑います。張り替えさせましょう」

「場所を調べてみました。電話番号は097ー○○○ー○○○○で合ってますか?」

 と引くぐらいの早さで反応が返ってきた。

 注目が集まったところで、先ほどの環境セクハラ画像を上げて

「それよりも、こっちの方がひどくない?」

 と聞いてみたところ。

「は?これは架空の人物じゃないですか?」

「絵じゃん!」

「こちらは、現実に苦しんでる人のお話をしてるのですが、それとこの絵は何の関係があるんですか?」

 などの反応が返ってきた。


「いや、猫のポスターも絵じゃないか!」


 あまりにも露骨な差別に、思わず声が出た。

 イラストの女性は良くて猫はダメとか、どういう境界の引きかたをしているのだろうか?


 その後も、論議をしてみたが平行線、いや全員から私だけが罵倒される形で終わった。

 おかしい。

 明らかに変だ。


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 第3話 止めろと言ってるわけじゃないの。配慮してって言ってるの


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 ワンドリンク制の部屋代を払うことで猫たちと戯れることのできる夢の空間。

 猫カフェ。

 課金する事でご飯まで献上できる夢のようなシステムを実装しているステキ空間である。


 1月ほど猫様と接触できなかったために浮かれているが、ペット禁止のアパートに住まざる を得ない私にとって、ここは心のオアシスである。

 ところが、目の前に人間の集団がいて中に入れない。

 集団は年配の女性が主で、店の入り口の前には店長であるマスターがいる。

 個人的に、こうした空間の責任者は店長と言うよりマスターと呼称する方が好きだからマスターと呼んでいる。


 一体何事だろうか?


 まあ、ある程度予想は付いているが会話に耳を傾けてみる。

「アナタ、何でこんな気持ち悪い生き物を外から見えるように掲げているの?恥ずかしくないの?」

 予想通りの言葉にうんざりする。

「マスター。どうしたんですか?」

 俺は集団に割り入って声をかける。知り合いの姿に安心したのか表情を崩して

「いえね。ウチは猫カフェなのに『猫』という看板や猫のイラストを外から見えないようにしろって言うんですよ」

 くるってる。

 あやうく口にしそうになった言葉をのみこむ。ナイス社会人だ。俺。

 すると、目の前の集団は聞き分けのない子供に言い聞かせるように、上から目線でバカにしたように

「別に私たちは、個人であの害獣を楽しむ分には文句を言っているわけじゃないのよ。ただ、ここは駅前だし町の顔に当たる部分でしょ?そんな所でアレを商売に置くなんて、町の良識を疑われるじゃないの。いずれは、あのアニメっていうのかしら?あの絵も撤去してこの町のブランドを守りたいからこうして活動しているの」

 猫様よりもキモいポスターの方を先に片付けろよ。この、無能。

 そんな俺に、中年女は

「止めろと言ってるわけじゃないの。。子供じゃないんだから、特殊な嗜好は郊外とか自分の部屋で楽しんでもらえるかしら?」

 勝ち誇った豚のような表情で目の前の不快生物は満足げに言った。

 まあ、勝ち誇った豚など今初めて見たのだが。


 どうやら豚と人間では価値観は共有できないらしい。

 なので事の是非を争うよりも、社会常識で話をすることにした。

「ところで、貴方たちは集団でデモを行い、道路を占有しているようですが警察から許可はもらっているのですか?」

 と聞いてみた。

「許可?あなた何を言っているの」

 自信満々に答えるが、これは「そんなの当然取っているに決まっているでしょう」という事では無く法律に無知故だろう。

『労働基準法なんて守る必要ないだろう』と自信満々に言い放った前職の社長にそっくりだった。


 デモ活動。


 法律上では集団示威行為の一部に当たる行為には警察への届け出と許可が必要だ。

 脳味噌の足りない連中でも分かるようにウィ●ペディアのページ「デモ活動」のページを見せてやる。

「ソースがウィキ●ディアとかw」とバカにする人間がいたので、根拠となる法律の原文を読み上げてやると頭が追いついてきてないようだった。

 だから分かりやすい方で教えてやったのに

「デモ活動というのは暴動に発展する恐れもある。だから警察に届け出をしないと違法行為で責任者が捕まる場合もありますよ」

 さっさと帰れ。と暗に言う。

 だが目の前の連中はよほど空気が読めないのかしつこく食い下がろうとする。

「これはデモじゃなくて、お店へのお願いをしているだけよ!非常識なお店が捕まらないようにわざわざ大勢で常識を教えてあげてるの」

「それをデモと言うんですが」

 自分たちは正しいのだから何をしても良い、と思っている連中たちは厄介だ。

 なおも食い下がろうとするので

「それに、これだけの人数が道路や店前を塞いでいるんです。不法占拠や営業妨害って知ってます?」

 そういわれて周囲を見るおばさんたち。

 歩行者天国の道幅を半分は選挙している。お店には入れない。


 完全にアウトである。


「だったら中に入れなさいよ!」

 と厚かましく言うがマスターは首を振る

「猫は人間が大勢くるとパニックを起こします。それに大声や騒音に敏感なんです。立ち入りはお断りします」

「それでも入るなら不法侵入で警察を呼べますね」

 と追従する。

「警察」という言葉に善意で参加していた取り巻きたちの顔色が変わる。

「今日のところはこれで勘弁してあげるわ!」

 と捨て台詞を残して豚の集団は去っていった。


「……………大変だね。マスター」

「……………そうですね」

 何かとんでもない事が起ころうとしているのを感じながら俺たちは途方に暮れた。


 猫グッズは全て引き取ってもらえた。

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猫がいなくなる日 黒井丸@旧穀潰 @kuroimaru

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