ブルータス

 あの禿げ頭は折角の羅馬を台無しにするつもりなのだ。この羅馬は古の賢人たちが成し遂げてきた偉業によって平和を保っているのに、それををひっくり返すつもりなのだ。この羅馬は王を持たない。王を掲げない。そうすることによって保ってきたバランスはあの禿げ頭の人気取りによって崩れつつある。


 そもそもあの禿げ頭は、愚民達に僅かな利益を与えることによって人気を得てきた。愚民達は目先の利益にしか興味が無く、私達貴族のような深淵な考えを持つことが出来なかった。この羅馬は貴族と平民に分けられているが、我々貴族は平民が安らかに暮らせるよう日々、公務に励んでいるのだ。そのことを平民は分かっておらず、単に金をばらまいて、また弁が立つあの禿げ頭を持ち上げる。何んと憐れな事か。


 元老院達はあの禿げ頭を疎ましく思っていた。そもそも自分たちが得ていた利益を禿げ頭に盗み取られていた。通常なら入ってくる利益をその掌握した職権を用いて、その多くを自分の物にしてきたのだ。それで得た金を平民達にバラまいて人気を得てい居るのだからそれは面白くないだろう。


 禿げ頭が行った富の配分というものは確かに世を平和に収めていくためには必要なことだとは思う。貧富の差が甚だしい物になれば、貧しい者は富める者を妬み、いずれ大きな反乱を起こすかもしれない。しかし、それを個人で行っては行けないのだ。しかも禿げ頭は単に裕福な者であるわけでなく、政治家なのだ。政治を行うものが、個人の名において平民に富を再配分するという行為は王そのものでは無いか。


 この羅馬において、王は要らないのだ。一人の人間への権力の集中を防ぐために、それぞれの強力な権力には任期を設け、また不正を行うものは職を辞されるのだ。なのにあの禿げ頭は単なる独裁官にとどまらず、終身という立場に立ってしまった。羅馬市民は、禿げ頭は今まで羅馬の為に戦ってきたり、自らの財を切り崩して発展に貢献してきたりと思ってきた。なのに、結局のところ今まで羅馬の為に行ってきたと思ってきたことは、全てが自分が王になりたいがためであったのだ。

 

 私の祖先はそもそも初代執政官を務めたのだ。もう数百年も前のことであるが、私はそれがもの凄く誇らしいのだ。祖先が羅馬王を追放し、自らはその代わりの王にならず、元老院を設置し王を頂点としない新しい政治体制を作ったのだ。その体制のおかげで羅馬はこの数百年の繁栄を成すことが出来たのだ。禿げ頭はその輝かしい栄光を無に帰そうというのだ。到底許されるような事ではない。


 そもそもあの禿げ頭は俺の親父のように振る舞っていたが、俺は親父だと思ったことは無い。私の祖先は初代執政官を務めたように、私の氏族は栄誉ある家系なのだ。断じてあのような野心を持つような男は私の父であろうはずがない。


 他の元老院達はどうやら自らの手を汚したくないようだ。私があの禿げ頭をなんとか、この舞台から降ろす必要があるようだ。幸いにも、あいつらは向こうから私に近づいてきて禿げ頭の対処を求めてきた。もとよりそのつもりである。どうやら禿げ頭に味方する者はもう僅かなものしかいないようだ。


 今日は議会の招集がある日であるが、先刻より議場で禿げ頭が登場してくる機会を待っている。だいぶ遅くなっているが、虚栄心の塊である禿げ頭は強がってでも議場に顔を出すだろう。その時が、私が氏族の栄光を取り戻す時であり、羅馬が再び輝ける時代を取り戻すのだ。私がやるしかない。

 

 議場がざわつき始めた。私は短剣を握りしめ、意を決して禿げ頭の方に向かった。


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叛逆者列伝 river @Nearco

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