呂布奉先

 あの太った親父のいう事を何故聞かないといけないんだ。どうして俺は彼奴と義理の親子の縁を結んでしまったのだ。どうでもいい小間使いまで、親父だからといって俺に頼んでくる。俺は帝の側にいる彼奴と親子になることでもっと意味のある事が出来ると思っていたのに。彼奴は自分だけの下らない用事まで俺に頼んでくる。いや頼みじゃなく命令だ。単なる家臣なら言うことが出来ないような下らない事を命令してくる。この前は引っ越しをするので手伝えと言ってきた。等身大の石像を作ったが誰も運べない。新居に置きたいのでお前が運べと。俺を誰だと思っているのだ。下らなすぎる。俺は帝に刃向かう逆賊どもと戦う将軍だぞ。お前の家来でもなけりゃ小間使いじゃない。


 ふざけるな。ふざけるな。


 彼奴は、常に側に仕えておれと俺にいうが俺は彼奴の護衛をするために生きているのでは無い。彼奴は一人では何もできない只の豚だ。いや豚ならまだ、人が口にすることもできる。役に立つ。彼奴はそれ以下だ、単なる出来の悪いでかいだけの偶像と変わりがない。重くて、気持ち悪くて邪魔なだけだ。あいつそっくりの偶像を想像しただけで気持ちが悪くなる。腹が出過ぎて足元も見ることが出来ないくらいの肥満だ。顔中にいつも汗をかいている。いやあれは汗では無く油だ。醜悪極まりない容貌だ。


 気持ち悪い気持ち悪い。


 彼奴は俺を敵に回したくなかっただけなのだ。家臣にしておくより、養子として親子の契りでも結んでおけば、敵に回ることも無いだろうと思っているんだろう。


 そもそも俺には親子というものが分からない。一番古い記憶にある大人は、本当の親では無かった。俺を奴隷のように扱い、便利に小間使いしているだけの養父だった。馬小屋同然の襤褸のあばら家に住まわせ、家畜の餌のような飯を食わせ、子供ながらに大人のような膂力を持つ俺を良いようにこき使ってきた。自分が何歳なのかは分からないが、背丈がある程度大きくなった時、我慢が成らなくなってぶん殴ってやった。激昂していたためか一瞬のことであったが、力いっぱい殴ったのは間違い無い。そいつは二度と立ち上がらなかった。そいつは俺の事を養子にした息子だと周りの者に言っていた。だから俺にとっての親父というのはそいつのような奴の事しか知らないのだ。。


 苛々する苛々する。


 其の後は、誰に付くともなく無頼の者をまとめて盗賊まがいのこともした。時には護衛のようなこともやってきた。そんな生活を数年したとき、彼奴と同じように敵に回すより仲間とした方が良いだろうと思ったのだろうか并州刺史の丁原が近づいてきた。彼奴と同じように俺を養子としたのだ。丁原は俺を養子としながらも、将として扱ってくれた。その点に関しては彼奴よりはましだったのかも知れない


 なのになのに。


 ただ、丁原は俺を侮っていたので、あまり重要な仕事を与えなかった。もっと俺は戦に行きたいのだ、宦官やら廷臣やらの争いは俺にはどうだっていいのだ。このように悶々としていた時、彼奴がもっと良い待遇を与えてやると言ってきた。彼奴は丁原が邪魔だったので、俺に丁原を除けろと言ってきた。丁原よりはもっと戦に出て俺の力を中原に知らしめてやることが出来ると思っていた。確かに、彼奴が全土の諸侯から憎まれ、討伐されようとしていたときは、俺の力で諸侯を蹴散らす事ができたのだが、それ以降は俺は彼奴に飼殺されている。


 狂ってくる狂ってくる。


 このまま長安に引き籠っていたらおかしく成りそうだ。彼奴は、何を勘違いしたのか相国とかいう大層な立場になった。今までも偉そうだったが、より偉そうになった。ぶくぶくと肥えただけの豚が戦などするつもりなんて有るはずもなく、長安に引き籠って、諸侯どもが共倒れになるのを待っているだけなのだ。彼奴は権力を傘に数多の女官を侍らかせていた。身の周りの世話をするもだけでは飽き足らず、全ての女たちを手籠めにしてきた。その中に俺と同じように、実の親を知らない娘が居た。司徒の養女から女官となった娘だが、俺と同じような境遇から俺と懇ろにになった。娘が言うには、彼奴をこのまま帝の側に蔓延らせることは天下にとって禍であるという事だ。


 やってやるやってやる


 娘が言うことに同意したわけでは無い。そもそも俺は養父達を弑てきた。もうたくさんだ、今まで養子となって俺が思うように出来たことは無い。そもそも俺に親など要らないのだ。そもそも親子の関係など俺とは無縁で不要なものである。これから先は俺に親など要らぬのだ。ならば、そろそろ彼奴を除く時期が来たのだ。これから先は俺が望むように生きてやる。彼奴をやってやる。色々、逡巡をしてきたが、天下の為でもなく、娘の為でもなく、只おれが自由になるために彼奴をやってやるのだ。

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