エピローグ

第26話 【夜明け】

 ……もう手足の感覚がない。

 自分が何をしているのか、それを考えるほどの思考すら持てない。

 ただ目の前に見えるものを斬ったり、砕いたり、塀の外へ押し出したりと……ただただ生き残りたいという執着だけが、疲れ果てた体を突き動かしていた。


 そして時間の感覚などとうの昔に忘れて、また一体のオークを盾で突き飛ばした時のことだった。


「クハ……ッ!」


 階段の方で、魔物の侵入をずっと防いでいたセルゲイが大きくぶっ飛ぶ。


「大丈夫!? 傷は!?」


 即座にイリスが駆けつけてくる。

 僕のすぐ近くに倒れた彼を見ると、あばらの方に大きな斬り傷が出来ていた。


「クッ……構わねぇ……ッ。それよりも、このままじゃ階段が持たねぇ……頼むっ!」


 セルゲイは苦悶の声を出しながらも、はっきりとした声で答えを返す。

 だが彼の言葉が終わると同時に、すべての終わりを告げるが聞こえてきた。


「…………マジか」


 呆然として呟くエダンの声。

 その時、全員が戦うのを止めて、その音がした方へ視線を向ける。

 その先には、フォルザの壁に向かっていたはずの巨人が再び舞い戻り、こっちに近づいてくる姿が見えていた。


「あれに構わないで! 今は目の前に集中して!」


 その淀んだ空気を切り裂くイリスの怒声に、皆がハッとなって目の前の敵に視線を戻す。

 またも展開される屋上での攻防。

 だが、確実にその死の足音はこっちに近づいてきていた。


「くっ……もうお終いだ……ッ!」


 志願兵の間で絶望の声が漏れてくる。

 結局、今すぐ目の前にある敵に斬り殺されるか、それとも少し後で巨人にすり潰されるかの二択の状況。


 ……だったら僕は、もう少しでも生きていたい。

 ここまできて、死にたくはない。その一心で武器を振るう。


「ハ、ハハ……ここまでか」


 傷口を手で押さえて、セルゲイがもう壊れた外壁まで近づいた巨人を見上げて乾いた笑みを漏らす。


 ――そして、その時だった。

 遠くの地平線の先から、微かな光が映し出されてきたのは。


「…………! 朝日だ……朝日が昇ってくるぞ……ッ!?」


 網膜を焼くその光の粒に、皆が戦いを忘れ、目を細めながらも地平線から登ってくる太陽を見つめる。

 そして戦いを忘れたのは、僕たちだけではなかった。


「魔物が……退いていく……」


 急に動きを止めた魔物たちが、慌てた様子で屋上から出て行く。

 その一部は階段ではなく、塀を飛び越えて地面に墜落していた。

 砦の中を埋め尽くす魔物も、その周りにいた魔物たちも、目の前まで迫ってきた巨人も、一様に波が引いていくように死者の森方向へと遠ざかる。


 ――その姿を、僕たち志願兵の全員が呆然と見つめていた。


「……助かった、のか?」


 誰か知らないその言葉を皮切りに、一気に歓声が飛び出る。


「助かった!! 俺たち、生き残ったんだ――ッ!」


 互いに肩を組んで、抱き合いながら涙を流す志願兵たち。

 僕は力の入らない足を引きずって、塀を背にしてその場にへたり込んだ。


「………………」


 そんな僕の隣に、イリスも腰を落として荒い息を整える。

 そして、這い蹲りながらもエダンがこっちに向けて手を振ってきた。


「よう……二人とも、ちゃんと生きてるんだな……へへ。ルシちゃんも無事かい?」

「……はぁい……なんとか」


 その声に、倒れたオークの死体から、その下敷きになっているルシが顔を出してくる。

 そんな炭と汗で汚くなった4人が、互いの顔を見回していく。


「ハ、ハハ……ッ」


 なぜか知らないが、自然と乾いた笑い声が口から出てくる。

 それが感染して、僕たちは仲間の顔を見ながら理由もなく笑っていた。


「朝、か……」


 顔を上げて、もう大分高く登ってきた太陽を見上げる。

 その光が今はなによりも暖かく感じて、僕は気を失うようにして眠りについた。






 ##########


「…………んッ」


 急に襲ってきた眠気に抗えず、気絶するように眠っていた僕は、耳を打つうるさい音に目を覚ました。

 目を開けると相変わらずここは本城の屋上で、イリスもルシもエダンも、みんな死んだように寝息を立てていた。


「あぁ……なんだ……」


 聞こえてくる蹄の音に、他にも眠っていた志願兵たちが一人、また一人と目を覚ます。

 僕も、自分の肩にもたれて眠っているイリスを揺すって起こした。


「おい、起きろ……何か来たぞ」

「う、うぅ……な、なに……?」


 重い目蓋を開けて、イリスが顔を上げてくる

 エダンとルシも、周りの騒動に目を覚ました様子だった。


「なんだありゃ……帝国軍か?」


 塀から頭を出して外の様子を探っていたエダンが、その馬に乗った黒一色の集団を見て顔をしかめる。

 そしてその一団も僕たちを発見したらしく、まっすぐ本城の方に馬を走らせてきた。


「今さらオメオメと……」


 志願兵たちが各々不評不満を口にする。

 昨日の夜、急にいなくなった帝国兵たちに皆が腹を立てていると、階段の方からその帝国兵たちが屋上に姿を現した。


「なんだよ、今さらどの面下げて出てきやがった!」


 なじる志願兵の声を無視して、その帝国兵たちは僕たちをゆっくり見回したあと、ようやく口を開けてきた。


「昨夜の生き残りは、これで全部か」

「そうだけど……あなた達は、誰?」


 イリスが一歩前に出てきてそう答え、その帝国兵を睨む。


 僕も疑問だった。目の前の彼らはどう見ても、元々この第7砦にいた帝国兵たちではない……じゃ、いったい彼らは誰なんだ?


「……そうか。全員拘束しろ! 今からフォルザの壁に連行するっ!」


 その声と同時に、後ろで控えていた帝国兵たちが一斉に僕たちを襲ってきた。

 そのあっという間の展開に、疲労しきっていた僕たちはあっさり制圧されていく。


「くっ……ッ」


 ……またこうやって、自分のあずかり知らない何かに巻き込まれて、どこかへと流されてしまうのか。


 ――頭を殴られ朦朧としていく意識の中で、僕は最後に、そんなことを思っていた……。




##########



《辺境の歌》1部の話は、これで完結となります。


 今まで《辺境の歌》の話を読んでくださった方々のおかげで、ここまで続けることができました。

 今まで誠にありがとうございました!


 今後の予定としては、いつもの投稿時間と同じで、

 10月19日(月曜日)午前11時から、以前、投稿していた物語、《悪魔との対話》の、第2部の話を投稿していこうと思います。


 ジャンル的には現代ファンタジーで、女性主人公の物語となっていますので、ご興味のある方はぜひご一緒してくだされば嬉しいです!


《悪魔との対話》

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054897161828

 (詳しい話はその都度、近況ノートにてお知らせできるようにしておきます)

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辺境の歌 冬野未明 @Hmimei

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