第25話 【決死】

 さっきの中央ホールまで戻ると、セルゲイを始め、次々と志願兵たちが本城の中に集まってきていた。


「おっ、姫! 無事だったか!」

「やっぱ早々死なねぇな、姫は!」


 たぶん、僕たちと同じ西宿舎の者なんだろ。

 イリスの顔を見るなり、彼らは嬉しそうな顔で話しかけてくる。

 もっと言えば、それは絶望の中で希望を見つけた人間の顔とも言えるものだった。


「よう。ちゃんと生きてるな、流石だ。……そしてテメェもな!」


 正面入り口の方で他の志願兵たちと話していたセルゲイが、こちらを発見して近づいてきた。

 そして後ろに控えるディンを見て、彼は明らかに顔をしかめてそう付け加える。


「外の状況は? どうなってるの?」

「まあ、芳しくねぇな。一応、内壁の城門に残りの油瓶を突っ込んで火を放ってきた。ここの内庭の前も、倉庫から持ち出したもんで入り口は塞いである。少しは時間稼ぎになるはずだ」


 ――イリスの質問に、セルゲイが状況を説明していく。


 この短時間で志願兵たちを纏めて、それくらいの対策を実行するとは……僕は改めて、目の前にいる中年男を見た。

 ただの冒険者崩れの荒くれ者と思っていたが、やはり一つの宿舎のトップはタダでやれるものではないらしい。


「しかしどうする? もうすぐヤツらはここまで来るぞ? それにあのデカブツまで来ると、この本城もすぐにぶっ飛ぶ。それに……帝国兵の奴らは結局どうした?」


 そしてこっちに質問を繰り出すセルゲイに、今度はイリスが答える番だった。


「帝国兵は、隠し通路にあった魔法陣から逃げたわ。もうここにはないわよ」

「……やっぱりか」


 衝撃の事実のはずなのに、意外と驚くそぶりを見せないセルゲイの反応に、イリスが首を傾げて聞き返す。


「あまり驚かないのね?」

「いや、驚いているよぉ。ただまあ、あのいけ好かない野郎……ゼラドとか言ったか? あいつの余裕そうな面を見てるとな……なぁんか、隠し玉を持ってるんじゃねぇかって思ってはいたさ」


 苦笑いをしてそう話したセルゲイは、またイリスに聞いてきた。


「それでお前さん、これからどうするべきだと思う?」


 イリスは本城のホールに集まった志願兵たちをざっと見渡す。

 それは、傷を負った者までをすべて頭数に入れても、やっと百に届くか否かってくらいの数しかなかった。


「……計画通り、ここに立て篭もって朝まで耐えるしかないわ。ここの入り口を封鎖し、すべての明かりを消して声を殺して隠れる。そこに賭けるべきね」

「入り口を塞ぐのは道理だが、明かりを消して声を殺す……? それになんの意味があるんだ?」


 イリスの話にセルゲイが首を傾げる。

 それをディンが、わざとらしくため息をついて口を挟んできた。


「はあ……だからあなたは脳筋なのですよ」

「なんだと、テメェ……ッ?」


 いがみ合う二人に、イリスが間に入って二人を引き離す。そして話を続けた。


「今夜、紅月の日が始まって魔物の軍勢が現れた時……その動きは一様にフォルザの壁の方に向かっていたわ。まるで、私たちにがいるこの砦には、何の興味もないように」

「あ、ああ……そういや、魔物のほとんどは砦を素通りして行ったなぁ。まあそれでも、この砦の周りが魔物だらけなのは全く変わらないが」


 開戦当時のことを思い出しているのか、セルゲイが顎の下に手を当ててそう言ってくる。


「つまり、魔物は私たちが攻撃を始めたから、その一部が砦に進路を変えてきた……私はそう考えるわ」

「……それだと何か? お前さんはこっちがじっとしてると、魔物たちが俺らを放っておいてフォルザの壁に向かうと、そう言いたいのか?」


 セルゲイがちょっと呆れたような、信じられないといった顔でイリスに聞き返してくる。


「ええ、そうよ。……それとも、他にあの巨人と魔物の群れから、朝まで生き延びる方法があるなら話を聞くけど?」


 イリスの答えを聞いて、しばらく無言で彼女見つめるセルゲイ。

 やがて彼は、ハッと吹き出すように笑って言ってきた。


「クククッ、とんでもないことを言い出すヤツだな! ここにきていきなり隠れん坊を始めようとか、正気の沙汰じゃねぇぞ!」


 急に大声で笑うセルゲイに、ホールにいた他の志願兵たちが何事かとこっちに視線を向けてくる。


「だが……俺は気に入った。その話に乗ってやるぜ、姫さんよ」


 それに構わずもう一笑いしたセルゲイは、イリスを見て頷きながらそう言ってきた。

 そして彼は振り返り、志願兵たちに指示を飛ばす。


「これからここで篭城体勢に入る! 周りからモノを集めて入り口を塞げ! 何でも構うな、部屋を回って使えそうなものは全て持って来い!」


 セルゲイの声に、座り込んで休んでいた志願兵たちが体を起こして立ち上がる。

 そこに、セルゲイが続けて声を張り上げてきた。


「それと部屋、廊下、ここのホールにいる全ての明かりを消せ! 誰もここにいないように見せかけるんだ!」


 テキパキと動き出す志願兵たちと一緒に、僕たちも部屋を回って入り口を塞ぐためのものを持ち出す。

 長テーブルや椅子に、装飾用の絵が入った額縁まで、手当たり次第に持ってきて入り口の扉を塞ぐように積み上げる。


 そして一つまた一つと、松明の明かりが消えていくと、徐々に周りは暗闇に包まれていき、最後は外から入ってくる微かな赤い月明かりだけが残された。


「これくらいで十分よ。……そろそろ最上階まで移動するわ」


 イリスの指示に、周りの志願兵たちも自分の武器を確認して、先頭を歩くイリスに続いて階段を上がる。

 僕たちも、イリスの後ろに張り付いて移動を始めた。


「く、暗くてよく見えねぇ……」


 隣でエダンが、階段の段差に足が引っかかって転倒しかける。

 悪態をつくエダンに、イリスが声を落として言ってきた。


「静かにして。もう喋るのはナシよ」


 そして本城の最上階である5階に到着すると、そこは広々とした回廊と会議室、そしてグスタフの執務室で出来た空間だった。


「……かなり近づいてるな」


 耳を澄ましていたセルゲイが小声でそう呟く。

 

 ……彼の言う通り、もう魔物たちがここに辿りついたんだろ。


 外からの物音は、もう本城の真下から聞こえていた。

 そしてなにより、あの巨人の足音と、それに伴う地響きが格段に近くで感じられるようになっていた。


「窓際には立たないで。物陰に隠れるわよ……!」


 イリスの声に、志願兵たちは各々回廊の柱の陰や、壁を背にして床に座り込む。


 荒い息を繰り返して、外から聞こえる音に耳を集中する志願兵たち。

 僕も座ったまま盾を抱え込んで目を閉じた。

 視界を遮断すると、物音と地響きがより鮮明になる。それが心の恐怖を呼び覚まし、不安を募らせていく。

 

 ――その時、急に周りから一切の音が消えた。


「…………?」


 魔物の鳴き声も、武具が金具にぶつかる音も、巨人の足音までもなくなっていた。

 ……もしかして、退いていったのか? それとも、もう朝日が昇り始めたのか?


 ――そんな淡い期待を、一瞬でも頭の片隅に思い浮かべた時だった。


 僕たちがいた横の壁が吹き飛んで、そこから巨大な腕が一本、室内に入ってきた。


「……くっ……!?」


 瓦礫が吹き飛び、大穴が開いた建物の横から赤い月の光が照らされる。

 僕は漏れそうな呻き声を必死に堪えた。


「…………っ」


 周辺に散らばって物陰に隠れている志願兵たちも、口を押さえて息を止めていた。

 その巨人の腕が、まるで僕たちを探しているような動きで床をまさぐる。

 その短い時間が、あまりにも長く感じられて、瞬く間に口の中が乾いていく。


 ――ササササササッ。


 やがてその腕が床を擦りながら、ゆっくり建物の壁から引き抜かれる。

 そして開いた穴から赤い月光が入ってくると、僕はやっと安堵の息を吐き出した。

 そしてちょっとだけ物陰から顔を出して、風穴の外を見た時だった――。


「!?」


 危うく口から悲鳴が飛び出るところを、間一髪で抑える。

 外には巨大な目玉が一つ、こっち側を覗いて左右に蠢いていた。

 そのグロテスクな光景に、一気に心臓の鼓動が早まる。


 ――カン! ……カン! ……カン! ……カン!


 ……どれくらい、そうしていただろ。

 もう外を見る勇気もなく、じっとその場に固まってしばらく経つと、巨人の足音が再び聞こえてきた。

 そしてその足音と地響きが、段々この本城から遠くへと離れていく。


「はあ~~……」

「た、助かったぜ……」


 極限の緊張状態から抜け出した喜びか、あちこちで深いため息が漏れてくる。

 一歩間違えば、あのまま本城ごと僕たち全員潰されて、瓦礫の下敷きになっていただろ。

 そうやって皆がやっと安心しかけた時、また一難去って一難が訪れた。


「おいっ、鉤縄だ……ッ!」


 叫び出そうとした志願兵の一人が、慌てて声を抑えてそう言ってきた。

 それで全員が、さっき巨人の腕が貫通して開いた風穴に視線を集める。

 

 ――そして、その縁の出っ張りには、確かに鈎が引っかかっていた。


「今すぐ切り落とすぜ……!」


 慌ててその縄を切ろうとする志願兵たちを、イリスが止めに入る。


「ちょっと待って。それはそのままにしといて」

「なに言ってるんだよ、姫さん!? 奴らが上がってきたらお終いなんだぜ……!?」


 抗議する志願兵たちにイリスは答えの代わり、人差し指で自分の耳を指し示す。


「あっ、そうか……ッ」


 それで志願兵たちもハッとなって気がつく。

 未だに聞こえてくる巨人の足音。

 もし騒ぎが起きて、それに巨人が気がづく羽目になれば、あの図体だ……あっという間にここへ引き返してくるだろ。


「奥の方に移動するわよ。できるだ引きつけて、最大限サイクロプスが遠ざかった後でこっちから仕掛けるわ」


 下に魔物がぶら下がっているのか、揺れる縄と軋む鈎を見て、イリスが回廊の奥に向かう。

 その後を僕たちも続くと、セルゲイが周りの志願兵たちに小声で言ってきた。


「姫さんの話は聞いたな? お前ら、動くぞ」


 そして僕たち志願兵は、位置を変えて奥の方に陣取る。

 開いた穴から死角になる場所で僕たちが隠れると、その風穴から次々と魔物たちが姿を現した。


「………………」


 皆が息を潜めて魔物を見つめる。

 オーガやトロールのような大柄の魔物はさすがに縄では支えられないのか、鉤縄から登ってくるのはゴブリンやオークと言ったモノが中心になっていた。

 そして魔物たちは警戒するように徐々に回廊の奥、僕たちのいる方へと足を伸ばしてくる。


「クッ……」


 その緊張感に耐えられなくなったのか、志願兵の一人が武器を握りしめて飛び出そうとするのを、イリスが目配りで制する。


「まだよ」


 それで思い留まった志願兵から視線を外して、再び正面を向くイリス。

 その間にも魔物たちはゆっくり、だが着実にこちらへ近づいてきていた。


「……まだなのか……っ?」


 もう大分死角になる場所が減り、魔物たちは回廊の半分を超えて中に侵入してきた。

 またも上がってくる声に、イリスが首を横に振る。

 息苦しい時間が続く……隠れる場所がほとんどなくなり、イリスと僕は体を抱き合わせるようにして柱の裏で身を潜める。


 気が遠くなる感覚。その反面心臓は一秒ごとにもっと激しく跳ねる。


 ――そして先頭に立つオークが僕たちの真横を通る瞬間、彼女が陰から飛び出て一振りでそのオークを斬り伏せた。


「うああああ――っ!!」


 それが合図だった。

 一気に物陰から飛び出した僕たちは魔物の群れに襲い掛かる。

 そして急に出てきた僕たちに驚き、魔物たちも慌てふためく。


「野郎共! もう一踏ん張りだ! 必ず生き残るぞ!!」


 猪突猛進に敵を斬り飛ばしながら、セルゲイが声高に叫ぶ。

 それに答えて同じく声を上げる志願兵たちと魔物が、回廊の中でもつれ合って戦う。


「くっ! ……はあ――っ!」


 振り下ろされる斧を盾で防いで、そのまま横から突進してくるゴブリンをハンマーで薙ぎ払う。

 後ろから近づく気配に、慌てて振り向いてハンマーを振りそうになるが……それは味方の志願兵だった。


「クッソ!」


 相手も僕をオークか何かと間違えたらしく、慌てて方向転換して他の魔物に斬りかかる。

 わずかな赤い月明かりの中で、剣戟の音と悲鳴、怒声、呻き声、鉄と鉄がぶつかって飛び散る火花が回廊を埋め尽くす。


「ちっ! ヤツら、とうとう嗅ぎつけたようだな!」


 また一体のオークを斬り倒して、セルゲイが周りを見回しながらそう叫ぶ。

 僕も慌てて風穴の方を見ると、そこからまた次々と魔物が這い上がってきていた。


「クハッ!?」


 その時、階段の近くで戦っていた志願兵が二人同時に吹き飛んで宙を舞う。

 何メートルを飛ばされた彼らは、そのまま地面に倒れて動かなくなった。


「まさか、下からっ!?」


 少し離れた場所で戦っていたイリスが階段の方を見て顔をしかめる。

 その階段から、オーガやトロールと言った巨躯の魔物が回廊に上がってきていた。


「おいっ、どうする!? このままじゃ挟み撃ちになるぞ!」


 焦ったセルゲイの怒声――。

 それにイリスが声を張り上げる。


「屋上まで撤退するわ! そこで食い止める! 急いでっ!!」 


 色んな音が飛び交う戦場の中でも、イリスの声はよく通っていた。

 僕たちはジリジリと後退しながら屋上に繋がる階段に向かう。

 そして屋上に上がっていくと、砦の周りの状況が一目に入ってきた。


「……なんだ、これは」


 ――見渡す限りが、すべてが……魔物で埋め尽くされていた。


 そして、一心不乱にフォルザの壁を目指す魔物の行列は……僕に言い知れぬ畏敬のような感情まで呼び起こす。


「ガルム、ぼーっとしないで! 来るわよ!」


 イリスの声に、やっと精神が現実へと引き戻される。

 狭い階段から上がってくる魔物を阻止する志願兵たち。

 だが、すぐ屋上の方にも鉤縄が次々と投げつけられてきた。


「階段の方は後ろに後退して! 残りは壁を登ってくる敵の対処をっ!」


 周りに指示を飛ばすイリスを横目で見て、僕もハンマーを捨てて、オークの死体から斧を拾い上げ、鉤縄を切り落とす。

 地面に落っこちて屍を積み上げながらも、魔物たちは何の躊躇もなく、また新たな鉤縄を投げつけてくる。


 そんな根競べ、意地の張り合い、生きることへの渇望……それが、まだ終わらない赤い夜を染め上げていた。




##########



《辺境の歌》1部の話は、次の話で完結となります。

(10月16日に、最終話が投稿される予定です)


 今まで《辺境の歌》の話を読んでくださった方々のおかげで、ここまで続けることができました。誠にありがとうございます。

 そして最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします!


 今後の予定ですが、10月19日(月曜日)から、

 以前、投稿していた物語、《悪魔との対話》の、第2部の話を投稿していこうと思います。

 ジャンル的には現代ファンタジーで、女性主人公の物語となっていますので、ご興味のある方はぜひご一緒してくだされば嬉しいです!


《悪魔との対話》

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054897161828

 (詳しい話はその都度、近況ノートにてお知らせできるようにしておきます)

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