最終話 「あ、あの……」 小さく声が上がる。

 トイレから戻って、お土産コーナーに向かう。

 結構広いコーナーで探すのにちょっと時間が掛かった。


 声を掛けようとするが、うららが誰かと話している。

 知り合いでもいたのか?


「いいじゃん行こうぜ」

「嫌です」


 あれ? これってもしかしてナンパってやつだろうか。

 冷え切った言葉で拒絶をする麗だが、二人組の男はなかなか諦めない。


「嫌ですって!」

「だから、いいだろってさ!」


 そこで、二人組の男は麗に手を伸ばした。

 その時にはもう俺の体は動いていた。


 その手が麗に届く前にさっと立ちふさがる。


「あ? なんだお前」

「この子は今日もこれからも俺の貸し切りなんで、ほか当たってもらえます?」

「ちっ。彼氏いたのかよ」


 興ざめだというように、二人組の男はどこかに歩いて行った。


 俺は申し訳なく思ってすぐに麗の方に振り替える。

 麗は俯いてしまっていて、こちらと視線が合わなかった。


「ごめん麗……。迂闊だった……」

「う、ううん。大丈夫……」


 そう言ってきゅっと俺の腕を掴んでくる。

 すごく怖い思いをさせてしまったようだ。


 俺は、頭を撫でながらしばらくそのままでいた。


「あ、あの……」


 そう思っていたが、麗から小さく声が上がる。


「ん?」

「いつまでも顔上げれないから……撫でないで……」

「なに?」

「顔が真っ赤で上げられないから撫でるのやめてって言ってるの!」

「はい! ごめんなさい!」


 勢いよくこっちを見た麗の頬は真っ赤だった。

 少し瞳に涙も浮かんでいる。


 俺はすぐに手を離し、反対側を向いた。


「土産、選ぼうか……?」

「うん……」


 土産を選んでいる間、麗が俺の腕から離れることはなかった。


 そして俺は心優みゆへの、麗は七海ななみちゃんとかえでちゃんへの土産を選んだ。

 そのままレジに向かおうとするが、麗が立ち止まったせいでぐいっと後ろに引っ張られる。


「うごっ!」

「あ、ごめん」


 なんだか出会った時のことを思い出したが、あれは忘れよう。

 首が締まりそうになったことなんて忘れよう。


「どうした?」

「なんか、お揃いのストラップでも買わない?」

「お、お揃い」

「いや?」

「とてもいい考えだと思う」


 そんな近くで上目遣いなんてズルい。

 たぶん演技じゃないってところがとにかくズルい。


 俺たちは、何かいいストラップがないかとお土産コーナーをもう一度見て回る。

 やがて、俺たちは同じところでぴたっと止まった。


 思わず目を合わせる。

 どちらからともなく笑顔が零れた。


 選んだのは青いイルカとピンクのイルカのペアだ。

 これを二人で鞄に付けようと言ってレジに向かった。


 琴羽ことは千垣ちがき姫川ひめかわさんと祐介ゆうすけにはお菓子のお土産を選んだ。

 そして俺たちは、帰りにバスに乗って松舞まつまい駅に向かう。

 今度は二人とも酔わないように、なんとか頑張って外を眺めていた。

 麗を窓際に座らせたので、俺は麗越しに景色を眺める形になった。


 ついつい麗の方に視線がいってしまい、また酔いそうになったのは内緒にしておく。

 恥ずかしいから。


 バスを降り、二人で歩き出す。


 時刻は五時を回り、すっかり辺りは夕日に赤く染め上げられていた。


「なんだかもう懐かしいわね」

「あの時のことか?」

「そうそう。二人でアクセサリーショップ行ったわね」

「バスから見えたぞ」

「あ、ほんと?」


 帰りは反対だったから見れなかったのだろう。


「まさかあんたと付き合うとは思わなかったわ」

「それは俺もだよ」


 お互いに笑い合う。

 あんだけ言い合ってたのに……。今もそこそこ言い合ったりするけど。


 学園祭のキャンプファイヤーでお互いに告白して、お互いに振って。

 そして俺からまた告白して、おっけーをもらえて……。


 噴水が見えてきて、そこで二人で立ち止まる。


「あの時麗を探すの大変だったよ」

「仕方ないじゃない。ショックだったんだから」


 祐介と姫川さんに会ってなかったら、もっと言えば、千垣が学校の誰かに高台の話をしてなければ、俺は麗を見つけることはできなかっただろう。

 ありとあらゆる奇跡が奇跡を呼んで俺は麗を見つけることができた。


 その後も琴羽と心優が助けに来てくれて、おじさんとおばさんもよくしてくれて……。


 もうあれから一か月近く経ってるんだと思うと驚きを隠せない。


「キューピッドになったのが康太こうたでよかったわ」


 麗はこんなことを言った。


「言うほどキューピッドしてなかったけどな」

「そんなことも言ってたわね」


 思い出したようでくすくすと笑っている。


 結局心優や琴羽に意見を求めてそれを麗に伝えたりしてただけなんだよな。

 もちろん俺が考えたものもあるけど、全部実行したのは麗自身。

 ただ俺は、アドバイスしてただけみたいな感じなんだよな。


「あたしたち二人のキューピッドになってたのかもね」

「それはなんか変な話だな」


 思わず笑ってしまう。


 俺が恋のキューピッドをしてるつもりだった相手と、俺自身がくっつくようにしていたなんて、そんな策士みたいな。

 そんな悪い男っぽいようなことはしていない。


「でも、一番のキューピッドはキャンプファイヤーだったかもね」

「かもな」


 校長の合図で始まり、校長の合図で終わるキャンプファイヤー。

 その間に踊り続けることができた男女は、絶対にくっつくと言われている伝説。

 その伝説通り、俺と麗はカップルになったわけだ。


「天使の祭典悪魔の選別……か」

「なにそれ?」

「そのキャンプファイヤーのこと。千垣が教えてくれたんだが、くっつく二人は恋のキューピッド……天使が祝って、くっつかない二人はトラブルが起こる……悪魔が選別するんだとよ」

「へぇ~面白いわね。それにしても、紗夜さよちゃんって物知りね」

「あいつは情報屋だからな」

「ふふふ。なにそれ変なの」


 別に料金を払っているわけでもなんでもないけどな。


 俺たちはなんとなく、噴水に近づいていく。

 水の音が耳によく響いた。

 夕日に照らされて麗の金髪が輝きを増す。


 どこか赤みの帯びた顔をし、麗はこちらを向いた。

 俺も麗の方に向き合う。


 瞳がなんだか潤って見え、色っぽく見えてくる。

 麗は、そんな俺を見つめた後、静かに目を閉じた。


 俺は思わずゴクリと喉を鳴らす。

 俺は、荷物をそっと地面に置き、麗の肩に手を添える。


 少しぴくっとした麗だったが、何の抵抗もなくきゅっと目を瞑っている。

 俺は、少しずつ、少しずつ麗に顔を近づけた。


 まつ毛が長いなとか、唇柔らかそうだなとか、そんなことが浮かんでくる。

 もう呼吸すら聞こえてしまうような距離。

 俺は、目を瞑って自分の唇を麗の唇に優しく重ねた。


 初めてのキスはレモンの味がすると聞いたことがあるが、俺にはよくわからなかった。


 そっと離れ、目を開ける。

 麗も目を開け、こちらを見つめた。


 俺は、黙って荷物を拾う。

 それを確認した麗は、俺の空いている方の手に、自分の手を差し出した。

 俺は、麗の手を取る。

 そうして二人で、駅の中へと歩き出した。



※※※



 電車の中で、隣り合って座っていると、肩に少し重みが掛かる。

 どうやら麗は眠ってしまったらしい。


 電車にバスと、結構移動が多かったので疲れてしまったのだろう。

 お互いに乗り物酔いをするというハプニングもあったし、俺も少し疲れた。


 俺はちらっと麗を見る。

 規則正しく呼吸をする麗は、幸せそうに眠っていた。


 俺は自然と笑みを浮かべて、そのまま電車に揺られた。

 もちろん麗のかわいい寝顔ばかり見ていると、また酔ってしまう可能性があるのであまり見れない。

 ちゃんと景色と交互に眺める。


 もっと麗を見たい。でも酔ってしまうとまた麗に迷惑を掛けてしまう。

 そんなことを考えながらずっと電車に揺られた。


 後十分ほどで踊姫おどりひめ駅に着くというところで隣から声が聞こえた。


「んん……」

「おはよう麗」

「おはよぅ……」


 寝ぼけているようで、目を擦っている。


 そして、キョロキョロと辺りを見渡す。

 もう一度俺を見ると、ハッとしたように目を見開いた。


「ごめん、寝ちゃってた……」

「全然いいよ。かわいい寝顔見れたし」

「うぐっ……」


 麗が照れて頬を真っ赤に染める。


「康太、今すぐ寝なさい」

「もうちょっとで着くっていうのになんてこと言うんだ」


 自分が攻められると弱いんだからまったく。


「写真撮ってないでしょうね?」

「あ、その手があったかくそ……」

「や、やめてよ!」


 今度こういう機会があったら絶対に写真を撮ろう。

 そして起きた麗に見せつけてやるんだ。


 きっと今よりも真っ赤になる。


「次は寝ないように頑張る……」

「無理だなきっと」

「絶対に寝ないんだから!」


 ちょっとムキになるところもかわいい。

 なんかちょっと子どもっぽい言動なのはまだ寝ぼけているからなのかな。

 かわいい。


「あ、もう踊姫駅なのね」

「ほら、降りるぞ」

「え? 康太も降りるの?」

「いくらなんでも暗いし、さすがに一人で帰らせるわけにはいかないよ」

「あ、ありがと……」


 そうして麗と一緒に踊姫駅で降りる。

 次の電車まで時間はあるが、こんなもの麗の無事に比べたらなんでもない。


 水族館でナンパもされてるし、誰から見たって麗はかわいい。

 この時期になれば暗くなるのも早いし、やはり用心はしておくべきだ。


「今日は楽しかったわ。またどこか行きましょうね?」

「言ってたサーカスとかもありだな」

「もっと遠出になるわね」

「そうだな」


 どの辺ならサーカスやってるんだろうな。

 そもそもサーカスってどこかでやってるのかな。

 あんまり聞いたことない。


「遊園地、みんなで行くのもいいけど、二人っきりでも行こう」

「いいわね。賛成だわ」


 麗となら、どこに出かけても楽しい気がする。


 そんなことを話しながら二人手を繋いで街灯が照らす少し薄暗い道を歩く。

 距離は前よりもさらに近くなり、手を繋いで歩いている今も肩と肩が少しぶつかる。


 とても心地のいい距離感だった。


「着いたわ。それじゃ、また明後日かしら?」

「明日かもしれないけどな」

「ふふっ。そうね。それじゃ」

「おう。おやすみ」

「おやすみ」


 そう言って麗はこちらに微笑みながら手を振って家に入って行った。


 俺は来た道を引き返し、なんだか寂しくなった手をブラブラとさせながら歩く。

 駅に着き、しばらく電車を待ってから乗り込んだ。

 うとうとして寝そうになりながらもなんとか堪え、咲奈さきな駅に到着する。


 辺りはすっかり暗くなっていて、どこのお店も基本閉まっている。

 開いてるのはバイト先のファミレスや、一部の飲食店だった。


 その様子を一目見て、家へと歩いていく。

 一歩踏み出したところで、スマホに着信が入った。


 この時間に着信? 誰だろう。


 そう不思議に思いながらスマホを取り出す。


「誰だ……?」


 相手の電話番号は未設定。

 見たことのない電話番号だった。


 不思議に思いつつも、俺はその電話に出る。


「神城(かみしろ)心優さんのご家族で間違いないですか?」


 やはり聞き覚えのない声だったが、その人の口から心優の名前が出てきて少し驚く。

 それと同時にどんどん嫌な予感が全身を駆け巡り、心を蝕んでいく。


「はい、そうですけど……」


 なんとか絞り出した声は震えていた。


 そうですかという相手の次の言葉を待つ。

 心臓がバクバクと鳴り止まない。


「落ち着いて聞いてください」


 そして、次に相手の発した言葉を俺は聞き入れることができなかった。

 自分の耳を、脳を疑った。

 絶対嘘だと、信じたくなかった。


 だって、その言葉は、俺を絶望させるのには十分過ぎる言葉だったからだ。


「嘘……ですよね……?」

「いいえ、本当です。心優さんは、交通事故に巻き込まれました」



――――――――――――

あとがき


まず初めに、ここまで読んでくださってありがとうございました。

前作も読んでくださった方は、さらにありがとうございます。なかなか今作だけ読むという人もいないと思いますが……(笑)

さて、こちらの話はここで完結となりますが、ご覧の通り物語はまだまだ続きます。

現在執筆中につき、いつ頃投稿できるということを明言することはできません。

ただ、二・三か月後には投稿できるようにしたいと考えています。

前作の最後では、この作品のタイトルである『彼女が欲しかった俺が、日常に変化をもたらすまで。』は決まっていませんでした。しかし、今回は次回のタイトルをもう決めています。

『彼女が欲しかった俺が、不幸に打ち克つまで。』というタイトルで投稿します。

先ほど言った通り、二・三か月後には投稿したいと思いますので、もし見かけたらまた読んでみてください。

改めまして、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

続編、もしくはほかの作品でまたお会いしましょう。


《追記》

続編を公開しました。タイトルは、

『彼女が欲しかった俺が、不幸に打ち克つまで。』です。

もしこのシリーズを気に入ってくださいましたら、チェックしてみてください。

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彼女が欲しかった俺が、日常に変化をもたらすまで。 小倉桜 @ogura_haru

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