第19話 「ど、どう?」 思わず本音がポロリと零れた。
土曜日の九時過ぎ。
時間にして九時二十二分。
俺はインターホンを鳴らしてしばらく待つ。
とたとたと音が聞こえてきたかと思うと、扉がゆっくり開いた。
「
「
「おはようございます」
礼儀正しくペコリとした楓ちゃんは、中へどうぞと言ってスリッパを用意してくれる。
俺は、お礼を言ってから入った。
楓ちゃんに続いてリビングに向かう。
「おはよう康太」
「おはようございます! 康太さん!」
「おはよう麗、
麗は何かを書いていて、七海ちゃんは体操をしていた。
平和だな~。
かと言ってうやむやにするわけはない。
俺は七海ちゃんと楓ちゃんに頭を下げた。
「ごめん七海ちゃん、楓ちゃん。麗の誕生日会参加できなくて」
「え、そんなことを言いに来たんですか?」
「え?」
驚いたような七海ちゃんの声に俺は思わず顔を上げる。
楓ちゃんもきょとんとしていて、なんか謝った俺がおかしいみたいな感じに俺もきょとんとなる。
「康太さん、倒れたお友達のところに行ってたんですよね……?」
「うん。そうだけど……」
「なのに参加できなくてごめんなさいって、康太さん真面目ですねぇ……」
七海ちゃんがしみじみとして頷いている。
楓ちゃんを見ると、七海ちゃんと同じくこくこくと頷いていた。
「康太お兄さまは優しいですからね」
「え、どういうこと?」
麗の方を見ると、ちょうど書いていた物が片付いたのか、ペンを置いてう~んと伸びをする。
そしてくるりとこちらを向いて答えた。
「要するに、気にしてるのはあんただけってことよ。そういうとこも好きだけど」
「なっ……!」
さらりと好きと言われてドキッとする。
それより、気にしてるのは俺だけって……。
「お友達が倒れたのに行かなかったらお姉ちゃんじゃなくても怒りますよ」
「七海お姉さまの言う通りです」
二人は少しむっとしながら言葉を揃える。
「「わかったら早くデートしてきてください!」」
びしっと二人に指をさされ、圧倒される。
俺は、無意識のうちに二人を子ども扱いしていたらしい。
すごく立派で大人だな、二人とも……。
「そういうわけで、駅に先に行っててください」
「麗お姉さまはおめかしをするのです」
「ちょっと何勝手に決めてるのよ!」
「いいからいいからお姉ちゃん」
「さ、康太お兄さまは駅に」
「え、あ、うん……」
「あ、ちょ!」
有無を言わせぬ二人に圧倒されたまま、俺は麗の家を後にした。
そして
しばらく待っていると、麗の声が聞こえた。
「お待たせ」
「お……う……」
麗の服装はパーカーにスカートという一見シンプルに見えるものだった。
少し腕を捲って、昼間の暖かさに合うようにしている。
上はベージュ色のパーカーで下は黒いスカート。
靴は白いものを履いていて、鞄は黒いものを使っている。
そこに綺麗な金髪が煌めている。
少し風が吹いた時に気づいたが、俺のプレゼントしたイヤリングも付けてくれていた。
「ど、どう?」
「すげぇかわいい……」
「んえっ!?」
思わず本音がポロリと零れてしまった。
それでも目を離すことができない。
もともとかわいい麗だったが、なんだか今日はいつもよりかわいく見える。
何なんだこれは……。
「あ、もしかして化粧もしてる……?」
「少しだけ……」
「それでいつもかわいいのに今日はもっとかわいいのか……」
「なっ、ちょっと何言って……!」
顔を真っ赤にして手を振る麗がかわいい。
愛おしいってこのことか……。
「もういいから、ほら行くわよ……!」
「あ、ちょっと待ってくれよ!」
先に駅に入った麗は、切符を購入してさっさと行ってしまう。
俺もすぐに切符を買って後を追いかける。
向かう駅は
麗にとっては嫌な思い出もある少し遠い駅。
その駅の噴水近くで
見知らぬ女の人とキスをしている先輩を。
しかしこの駅を選んだのは麗だった。
なんでも、バスで少し移動すると水族館があるらしい。
やたらこの駅にことについて詳しい麗に、俺は任せることしかできなかった。
情けないと思うかもしれないが、あんなにキラキラと嬉しそうに水族館のことを話す麗にどうこう言う気にはなれなかった。
「なんか見たいのとかいるのか?」
「ラッコが見たいわね」
「ラッコ?」
これまたシブいチョイスだな。
「知ってる? ラッコがいる水族館って日本だと六つしかないのよ?」
「え、そうだったのか!?」
全然知らなかった。
どこの水族館にもいるもんだと思ってたけど、そんなことないんだな。
「麗って意外と水族館好きか……?」
「そうかしら? あんまりわからないわね」
キラキラした顔で水族館のこと話してたし、たぶん好きだと思うんだけど。
やがて電車がやってきたので、俺たちはその電車に乗る。
二人で向かい合わせに座り、どこで手に入れたのか、その水族館のパンフレットを麗が持っていたので二人で覗き込む。
いつの間にか麗は隣に座っていた。
「イルカショーも見れそうね」
「前の方で見るとずぶ濡れになるらしいな」
「それはさすがに寒いから勘弁してほしいわね」
実際にずぶ濡れになるということを見たことはない。
俺は出かけることがなかったから。
でもまぁ、テレビで見たことくらいならある。
あれは今の時期に喰らったら寒いだろうなぁ……。
「ペンギンもいるのね」
「なんでもいるな」
結構大きな水族館なようで、たくさんの種類の魚たちが見れるようだ。
なんだか俺もすごく楽しみになってきた。
そのままパンフレットを眺めること数十分。
約一時間くらい電車に揺られていただろうか。
とりあえず松舞駅に着いた。
が……。
「酔った……」
「乗り物弱かったのね……」
電車で酔うってあるのだろうか……。
少なくとも俺は酔った……。
「悪い……休ませてくれ……」
「ちょうどお昼前だし、どこかで休憩しつつ軽く食べましょうか」
ますます情けないと自己嫌悪に陥りつつも、どうすることもできないので麗に付いて行く。
駅内を歩いていると、麗が途中で立ち止まった。
「パン屋があるわね。大丈夫そう?」
「大丈夫……。ありがとう……」
席を確保すると、麗が適当にパンを選んできてくれる。
すごくありがたい。
「ごめん……。ありがとう……」
「いいわよ。気にしないで」
そう言ってふわっと微笑む麗が天使に見える。
ここはまだ天国じゃない。
一口パンを齧る。
ふわっと口の中に広がったパンは、まるでわたあめのようで溶けていくような食感だった。
今の俺には食べやすくてちょうどいい。
ナイスチョイスだった。
「おいしいな」
「これは意外なスポットだったわね。思わぬ収穫だわ」
食べ終わる頃にはすっかり体調も回復し、元気にお店を出ることができた。
「いやぁ……生き返った」
「バスでまた酔わないようにね」
「外眺めてます……」
たぶんパンフレット見てたのが悪かったんだと思う。
あまり出かけないから自分が乗り物に弱いと気づかなかった。
普段の電車だと景色に目を向けてるから酔わなかったんだな……。
俺たちは、水族館行きのバスに乗り込む。
宣言通り外の景色を眺めておく。
途中、麗に案内してもらって行ったあのアクセサリーショップを見かけた。
もう懐かしいなんて思ってしまう。
二十分ほどバスに揺られ、水族館に辿り着いた。
想像してたより大きな水族館で少し驚いた。
もちろんバスで酔ってない。
のだが……。
「ごめん康太……。さすがに酔った……」
「はしゃぎすぎなんだよ……」
今度は麗が酔ってしまったようだった。
踏んだり蹴ったりのまま始まったカップルになってからの初デート。
少し休んで、麗の体調が良くなってから、俺たちは水族館に入館した。
※※※
「ラッコってなんかぷかぷかしてていいわね」
「ただただ水の上でぷかぷか浮いてるのって結構いいよな」
ラッコを見てこんな感想なんてどうなんだろうかとは思うが、実際なんだか気持ちよさそうでいい。
小学生の時とか、プールの時間にある自由時間、よくぷかぷか浮いて遊んでいたなぁ。
「ただこの季節は寒いわね」
「お湯ならいいんじゃないか?」
「ぷかぷか浮けるようなところなんてないけどね」
まさか温泉でぷかぷかするわけにもいかないしな。
「本当に気持ちよさそうね」
「そうだな」
俺たちにはそう見えるだけなのかもしれない。
実際はわからないが、ラッコもラッコでなんだかんだ喜んでそうだ。
人の目はあるが、エサはもらえるし住居も完備。
人間だったらヒモって言われて世間から疎まれてしまうぞ。このラッコめ。
「ほかのところも行きましょうか」
「そうだな」
ラッコばかり見ていても仕方ないので移動をする。
次に来たのはペンギンのところだ。
ペタペタと歩いているペンギンが数羽いる。
「本当に昔は飛んでたのかな」
「どうかしらね。ちょっと見てみたい気もするわね」
「たしかに」
飛べないペンギンしか見たことのない俺たちからすれば、飛んでいるペンギンは実にシュールだ。
「ふふ……」
「どうした?」
「飛んでいるペンギン想像したらシュールでちょっと面白かった」
そこ笑うところなのだろうか。
俺も想像したが、別に笑うほどのことじゃないと思うが……。
笑いのツボがわかりづらい。
「あ、水に入ったぞ」
「ホントだ」
水に入ったペンギンは、すごい勢いで泳いで行く。
あっという間に見えなくなってしまった。
「飛んでたな……」
「そうね……」
飛んでいるペンギンが想像できた瞬間だった。
「いいもの見れたし、次行きましょうか」
「だな」
次はたくさんの魚が泳いでいる大きな水槽だった。
どの魚が何なのか、俺にはさっぱりわからない。
もちろん麗もわからないようだった。
「エイしかわからないわ」
「俺も」
でも水槽の前に、水槽にいる魚の名前や特徴なんかが書いてあるから、ちゃんと見ればどれがなんなのかわかった。
魚同士がお互い食べたりしないもんなのかなと、少し思ったりもする。
そうならないように入れる魚を考えたりしてるんだろうけど、やっぱりちょっと気になる。
「群れになって泳いでいる魚もいるわね」
「実際の海でもこんな感じなんだよな」
群れになって泳ぐのは。自分たちを大きな一匹の魚に見せるためという理由をよく聞く。
海で生き抜くための方法だ。
それをここでも見られるんだよな。
実際の海ならもっと大きな群れなのかもしれない。
「あ、イルカショーの時間だわ」
「まじか。ちょっと急ごう」
時間を確認するともう十分を切っていた。
走るわけにはいかないので、できるだけ急ぎ足で……。
なんとかギリギリ間に合ったが、後ろの席しか確保できなかった。
でも濡れなくて丁度いいかもしれない。
「なんとか間に合ったわね」
「正直焦った」
俺たちが席に着くと、ちょうどイルカショーがスタートする。
お兄さんとお姉さんが、話すのと同時にイルカがリングをくぐったりして鮮やかに水中を泳ぎ回る。
どうやってこんなことをできるようにしているのか、俺にはさっぱりわからないが大変だということはわかる。
イルカたちは、どう思っているのだろうか。
そんなことが脳裏を過る。
「あんなに跳べるものなのね」
「あれ、何メートル跳んでるんだろうな」
とても高い位置にあるリングを水中から跳びあがって見事にくぐる。
それと同時に大きな水しぶきが飛び散り、最前列にいる人たちに降りかかった。
最前列にいる人たちは雨具を着ている。
なるほど、ああすればいいのか。
「今度来るときは最前列に座ろうな」
「いいわね、それ」
とても迫力のあるイルカショーだった。
時間にして約二十分ほどのショーだったが、体感では十分もなかった。
それくらいには圧倒された。
「イルカショーってすごいんだな。なんというか、サーカスってこんな感じなのかなって」
「サーカスも見てみたいわね」
「そのうち行こうぜ」
「ふふっ。そうね」
自然と俺たちは手を繋いで、その場を後にした。
麗がお土産コーナーに寄ろうと言うので、もちろん賛成する。
「クラゲもかわいいわよね」
「ふわふわしてるのがなんかいいよな」
「あたしたちってそういうのに惹かれるのかしらね」
「のんびりしたいってどこかで思ってるんだろうな」
何もない平和な毎日が欲しい。
これ以上の幸運もいらないから不幸もいらない。
ずっとこのまま過ごしたい。
そんなことをずっと思っていた。
その考えから好きな動物なんかも決まるんじゃないかと俺は思っている。
俺と麗は、どこか似ているところがあるから、好みも合うのかもしれない。
「なんとなくだけど、心優ちゃんってクラゲ好きそうね」
「どこかふわふわしてるもんな、心優って」
しっかりしているんだけど、雰囲気がどこかぽわぽわふわふわしているなとは兄ながらに思っている。
でも、芯はちゃんとしているのは誰よりも知っている。
しばらく土産をバラバラに見て回る。
途中、麗が近くにやってきた。
「ちょっとお手洗い行くわね」
「おう。ここにいる」
言われて思い出したが、俺もトイレに行ってなかった。
思い出したら行きたくなるというのが人の心理というもんで、麗が戻ってきたら交代でトイレに行った。
手を洗い、ふと鏡を見る。
どこかにやけたような男が、そこには立っていた。
「幸せそうだな」
いや、それは違ったか。
「幸せだ」
――――――――――――
あとがき
カクヨムの方では初めてあとがきを書きますので、こんな感じでいいのかわかりません。ですが、とりあえずお伝えしたいことがあるので書かせていただきます。
だからと言って別に大してことはないです。
ただ、次回が最終話になります。
だいたいライトノベル一冊分の分量になりますね。
こちらの作品を読んでる方々は、前作も読んでくださっていると思います。
長々とありがとうございました。
改めまして、次回は最終話になります。更新は明日。7月14日です。
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